第139話 いけない魔術の使い方08

 雷帝アイオンが東夷とキスした。


 それは王都を震撼させた。


 群衆は話題を求めている。


 そういう意味では雷帝の名は少々というには躊躇われるほどのネームバリュー故に話題性十分だった。


 シダラでは一義は悪目立ちする有名人だが王都になるとやや話が違う。


 ミスト女王陛下に招かれた客人。


 そんな程度の認識である。


 当然、


「陛下は正気か?」


 という意見もあり一義も憂慮しているのだが当のディアナは飄々としていた。


 ともあれ、


「アイオンとキスしたって?」


 ディアナにとっては自身の正気より一義とアイオンのキスの方が重大らしかった。


「この国は取り返しのつかない舵取りを行なっているんじゃなかろうか?」


 と一義は時折思う。


 重火、絶防、金剛、反魂、殺竜、炎剣、雷帝、蛇炎。


 それらが一義を慕っているのだ。


 一義の危惧は当然と言える。


 まして、女王陛下が、


「私だってキスしたいのに……!」


 などと一義に抗議するあたり、


「王の権威とはいったい何だろう?」


 と黙考せざるをえない。


 そんな脳内議論は面に出さず、


「あんまりキスばっかりしても有難味が減るからね」


 とディアナにそっけない態度をとる一義。


「むぅ……」


 これはディアナだけでなく一義のハーレムの女の子たちの総意だ。


 一義にキスしてもらうためには、


「そういう空気」


 を創らねばならないことを悟ったからである。


 全員に平等に愛情を注げるほど一義は器用でも律儀でもなかったし、亡くなった灰かぶりが絶対基準として存在する。


 一義の愛を勝ち得るためにはライバルどころか故人を相手取り乗り越えなければならないというのは現実として厳しい壁だ。


 それ故に一義の愛を勝ち得れば、一義の純真な心に直接触れることが出来る。


 一義はソレをこそ恐れているのだが、同時に触れてほしいという感情も事実であり、しかして意地悪く言葉にはしないのだった。


 ふと水着姿のエレナを見る。


 時は夕食後。


 場所は浴場。


 一義とハーレムたちは湯につかっていた。


 一義の視線に気づいたのだろうエレナが、


「何でしょう?」


 と問う。


 桜色の髪を弄りながら照れる様はとても愛らしい。


 結婚を前提に押し倒したい衝動に駆られながら一義は、


「エレナは可愛いね」


 と誤魔化した。


 ハーレムに嫉妬の波紋が広がったが一義は気にしない。


 ハーレムの誰よりも早く一義が会話を制する。


「そういえば……」


 見やったのは音々と花々。


「シダラでは暗殺者に襲われなかったんだよね?」


「うん!」


「そういうことになるかな」


 音々と花々は即答した。


 ちなみに一義が暗殺者に狙われたのだがソレについて語る気は……今は持ち合わせていない。


「敵は王都……か」


 腕を組む。


 エレナが暗殺者に狙われるのは王都でのこと。


 それはわかる。


 だがエレナを狙うにしては不自然な点がある。


 故に目的が何なのかもわからずじまいだ。


「波の国の第二王女を害そうとして何を達成できるというのだろうか?」


 一義の頭上にクエスチョンマークが複数飛び交い悩ませていた。


 もっともこの場で悩んで出る結論ではないが。


「ご主人様はエレナ様のようなお方が好みなのですか?」


 姫々が問う。


 何のことかと言えば、


「エレナは可愛いね」


 という一義の言葉を蒸し返したのだ。


「お兄ちゃんには音々がいるじゃん!」


「あたしとて旦那様に褒められたいがねぇ」


「一義はズルい」


「一義様は罪な人ですね」


 ハーレムの誰もがそう言う。


「あう……」


 とエレナは真っ赤に茹で上がって照れてみせた。


 一義は肩まで湯につかって言葉を探し、


「皆それぞれに可愛いよ?」


 状況を悪化させる言葉を吐く。


「誠意が感じられない」


 というのがハーレムたちの総意だった。


 当然の帰結だ。


「そもそも一義様はこれだけの美少女と一緒にお風呂に入っていることに関して有難味を覚えるべきです」


 ディアナが熱弁する。


「自身の幸福を自覚しないのは罪悪ですらありますよ?」


 答えて一義。


「勝手に罰してて」


「むぅ……」


 閉口するディアナ。


 一義とて理解していないわけではないし有難味も覚えている。


 ただ女の子のご機嫌をとるだけのような安易な発言を控えているだけなのだ。


 そんなこんなで水着姿の美少女たちとお風呂を共にする栄光を一義は堪能するのだった。


 慣れたものと云えば慣れたものだったが。

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