第137話 いけない魔術の使い方06

 ディアナと愉快な仲間たちは護衛の軍隊を引き連れて大名行列の如く王都へ帰っている途中だった。


 明日には王都につく。


 そんな日取りだ。


 特に警戒して護衛されているのは二台のランナー車。


 ロードランナーと呼ばれる化け物トカゲで車を走らせる王侯貴族御用達の乗り物である。


 本来ならば馬車の三倍の速さで走ることが可能だが、そんなことをすれば護衛を突き放してしまうのでロードランナーやその御者は兵士の徒歩のペースを維持している。


 ランナー車の一台には一義と姫々とアイリーンとジャスミンが、もう一台には音々と花々とディアナとエレナが乗っている。


 行きと同じ組み合わせである。


 ディアナとエレナの守護を最優先とするために絶防と金剛が乗り合わせるのがベストだと判断した結果だった。


 兵士に囲まれてシダラから王都まで戻るのは退屈の一言であり、一義たちはカードゲームをしていた。


 ランナー車の車両はランナーライダー……つまり御者の魔術によって宙に浮かされており地面からの振動が伝わらない。


 加速減速で慣性の法則は働くが言ってしまえばそれだけである。


 一義はカードを睨みながらゲームに興じていた。


 と、


「少し気になるんだが」


 何気なくジャスミンが言葉を漏らす。


「何でしょう?」


 これは姫々とアイリーンの異口同音。


 一義はスルーした。


「一義がアイリーンを和の国へと連れ去って月子とやらを生き返らせたら、俺たち……つまりハーレムは意味が無くなるんじゃないか?」


 当然と言えば当然の疑問に、しかして一義は答えない。


「ご主人様……」


 姫々が一義の顔色を窺う。


 一義は瞳だけで肯定した。


 つまり、


「姫々の口からお願い」


 と言ったのである。


 とても一義の口から出せる言葉ではなかったため姫々が代わりに答える。


「ご主人様が月子様を生き返らせるのは物理的にも心情的にも無理です……」


「何ゆえ? 反魂のアイリーンは死者を生き返らせられるのだろう?」


 答えたのは姫々ではなくアイリーンだった。


「死体の保存状態が良くないと私の反魂は上手く機能しません。例えば火葬されて骨だけになったら生前の姿をイメージできないからアウトです」


「そんなものか」


「そんなものです」


 ともあれ、


「月子様の遺体はありません……。塵と消えました……」


 姫々が言う。


「どうやって?」


「ご主人様の能力によって……」


「なるほどね」


 ジャスミンは苦笑しカードをきる。


「そもそも反魂に頼らなくとも死者の復活は夢物語ではありません」


「ほう」


「錬丹術によって生み出される霊薬……仙丹は生者に不老不病不死を、死者には復活の奇跡を与える代物です……」


「大陸西方で云うところの賢者の石か?」


「ですね……」


 ジャスミンの疑問に首肯する姫々。


「とまれ月子様はその取り巻く環境によってお隠れになっても、人間の墓にもエルフの墓にも入れてもらえない特異な存在でした……。故に月子様の護衛であるご主人様は月子様の埋葬者でもあったんです……」


「だから亡くなった月子の遺体を能力で消し去ったのか?」


「然りです……」


「仙丹があるのならソレで生き返らせるわけにいかなかったのか?」


「可能か不可能かでいえば可能ですが……ご主人様には無理な相談です……。先にも言いました……」


「心情的に……って?」


「はい……。ご主人様は心情的に月子様を生き返らせるのを躊躇しています……」


「何ゆえ?」


「月子様に負い目を抱かせないためです……」


「…………」


「月子様にとってご主人様は唯一心を開ける相手でした。故に月子様にとっての救いでもあったんです……」


「…………」


「ですが同時にそれは月子様がご主人様に依存しているともとれる状況です……。生前の月子様はそのことに悩んでおられました……」


「…………」


「ごめんね、と……。月子は鬱陶しいよね、と……。その度にご主人様は否定しましたが……月子様にとってご主人様は依存の対象であり……それ故に負い目の対象でもあったのです……」


「…………」


「仮にです……。そんな月子様を、全てを捨ててでも生き返らせれば月子様は更なる負い目をご主人様に対して持つこと必定です……。それを許すご主人様ではありません……」


「なるほどね」


 ジャスミンは納得したようだった。


「どちらにせよ既に月子様のご遺体はございません……。全ては全き過去のこと……。ならば月子様が生き返るには……それこそ奇跡に頼る他ないのです……」


「…………」


 この沈黙は一義のものだ。


「一義はそれでいいんですか?」


 アイリーンが一義の瞳を覗き込む。


「いいさ」


 あっさりと一義は言った。


「月子には安らかに眠ってほしい。それだけが僕を安心させるんだよ」


 苦悩の残滓が白い瞳によぎる。


 悟ったように口にするにも残滓を拾わねばならないのは宿業だろう。


 それを一義はよく理解していた。


「死者の復活は貴ぶべきものだけど月子にとっては例外だね」


「…………」


 姫々とアイリーンとジャスミンは沈黙を選んだ。


 ランナー車は王都へ向かって進む。

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