第122話 剣劇武闘会08

 昼食を終えると一義は姫々とハーモニーを連れて学院に登校した。


 一義は既に四過生。


 いっぱしの魔術師と言える。


 故に講義に出る必要は無く、後は自身の魔術を研究および追求するなり極めるなりして、シダラの戦力となるか王侯貴族に引き抜かれて卒業するかの二択である。


 とはいえ事情が事情である。


 一義は登校せざるを得ないのだった。


 王立魔法学院の制服を着たエルフ。


 それは畏怖の象徴だ。


「逆らう者は皆殺し」


 そんな特性を一義が持っているという噂が当人の耳にも入ってくるくらいである。


 一義は有名税といって気にしていないが。


 王立魔法学院は殺伐としていた。


 王都ミストから派遣された兵士とシダラの戦力である兵士が全力で王立魔法学院を警護しているからだ。


 なにせ霧の国の女王が訪れているのである。


 用心をしくに越したことはなく、一義にも事情は通じているから構うこともなかった。


 一義が向かうのは学院の中央に屹立として建っている特別棟。


 学院長や特別顧問……あるいは王侯貴族を迎えるための施設を擁する特殊な棟である。


 そしてエルフというだけで護衛を顔パスして特別棟に入ると霧の国の女王ディアナの部屋に入る。


 そこにディアナはいなかった。


 いたのは音々と花々とアイリーンとエレナである。


 波の国の第二王女エレナとその護衛……それだけだ。


「あ! お兄ちゃん! やっときた!」


「重役出勤だね」


 音々と花々が真っ先に声をかける。


「まぁね」


 とそっけなく返す一義。


「こんにちは一義」


「おはようアイリーン」


 ずれた挨拶を交す一義とアイリーン。


「……どうもです一義」


 エレナは緊張しているのか桜色の髪を指先で弄っていた。


「ディアナとジャスミンは?」


 一義が確認する。


「図書館」


 花々が端的に答え、それから、


「大丈夫だ。蛇炎騎士団が団長様に率いられて護衛にあたっているから」


 安心させるように言葉を追加する。


「そういえばディアナはビブリオマニアだったっけ」


 心の中でだけそう呟き、付き合わされているジャスミンに同情する。


 ディアナは女王というには少しだけ天真爛漫なところがある。


 それは長所ではあるが短所としても機能する。


 ただ今ディアナを害して有利になる勢力はいないはずであるから一義は心配してはいなかった。


 花々が一義に話題を振る。


「夢見はどうだい?」


「昨夜も発作に襲われたよ。姫々がいなけりゃ死んでたかもね」


「姫々だけズルい!」


 これは音々。


「音々と花々はエレナの護衛だからしょうがないでしょ?」


 空いているソファに一義は座り、その両隣に姫々とハーモニーが座る。


 それから学院長の秘書に紅茶を用意させて、ソレを飲むのだった。


「やはりかしまし娘にしか共有させないんですか?」


 アイリーンが問う。


「そりゃ言葉を尽くしてもあの体験を十全に伝えるのは無理だからね。僕の憂いを共有できるのは記憶を共有しているかしまし娘だけだよ」


 一義の答えはさっぱりしている。


「ですか……」


 金色の瞳が悲しみに揺れる。


 それを見ないふりして一義はエレナに眼差しをやった。


「どう? 危険はない?」


「……はい。……お陰様で」


 エレナは恐縮でもするかのようにボソボソと肯定する。


 一義は夜歩きをしていた自身を襲った刺客については誰にも話していない。


 無意味どころか有害になりかねないからだ。


 将を射んと欲すれば。


 エレナを守る鉄壁の警護は一義という一片を排除するだけで崩れ落ちる。


 そも一義としても暗殺者に後れをとるつもりはない。


 故に憂慮というより楽観として黙っているのだ。


「……一義」


 エレナが思いつめた様子で一義を呼ぶ。


「何でしょう?」


「……デートしない?」


 遠慮がちな爆弾発言を投下した。


 ハーレムたちが戦慄する。


「なにゆえ?」


「……一義の事をもっと知りたい……から」


「じゃあ剣劇武闘会が終わったらデートしようか。明日が剣劇武闘会当日だから明後日はどう?」


「……うん。……構わない」


「それとディアナに言って変装できるよう準備させておいてね。さすがにありのままでエレナを連れて歩けば暗殺者の格好の的だ。一般庶民に紛れるように服とウィッグの用意を忘れずに」


「……はい」


「まさかエレナもハーレムに入るの!」


 音々が激昂する。


「……それを見極めるためにデートするんです」


 遠慮がちなエレナの言葉。


「羨ましいねぇ旦那様?」


「でしょ? かわってあげようか?」


 花々の皮肉にも一義は飄々と返した。


「一義は少し迂闊ですね」


 これはアイリーン。


「まぁ一種の業だと思えば気にするものでもないでしょ」


 あくまで平坦に言って一義は紅茶を飲む。


「……あう」


 エレナは自身の言葉と一義の肯定に紅潮するのだった。

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