第121話 剣劇武闘会07

 数日後。


 その昼。


 一義はようようと覚醒した。


「ん……むに……」


 意識が徐々にではあるが明確になっていく。


 とは言ってもその速度は牛歩だが。


 虚ろな意識の中で何かがあるのを認識する。


 しかして、


「……くあ……」


 それが何であるかまでは認識できない。


 もう一段階意識を覚醒させる。


 ここまできてようやっと一義の意識はクリアになるのだった。


 そして知覚したのは桃色の艶やかな髪。


 寝顔は幼く身長は一義に及ばない。


 花弁のような唇は閉じられ、艶やかな光を放っている。


 まつ毛は長く、しかして瞼は閉じられており一切の情報を遮断する。


 その中に桃色の美しい瞳が収められていることを一義は知っている。


 ハーモニー。


 その美少女……美幼女はそう呼ばれる存在だった。


 元は隣国……鳥の国において王属騎士となり炎剣騎士団を率いる軍団長だったが、とある事情で一義と出会い一目惚れ。


 現在は霧の国の王立魔法学院の特別顧問の地位についている。


 見た目は幼い少女だが、これで大剣を持って焦熱の斬撃を放つ……レーヴァテインと呼ばれる魔術を実現させうる強力無比な魔術師でもある。


 閑話休題。


 そんなハーモニーのあどけない寝顔を見ながら、


「あら?」


 と一義は疑問に思う。


 窓を見る。


 既に太陽は天頂に。


 真昼である。


 姫々には、


「自然に起きるまで起こさないように」


 と忠告をしておいたから寝ることを娯楽とする一義は昼までこんこんと眠り続けたのだろう。


 それはわかる。


 しかし一義は姫々と同衾したはずである。


 いまだ心的外傷の癒えぬ一義はかしまし娘と寝なければ悪夢に苛まれる。


 既に姫々は起きているのだろう。


 それもわかる。


 姫々は例え何時に寝ようと朝早く起きて支度を整える人間だ。


 しかして代わりとばかりにハーモニーと同衾しているのは一義の想像の埒外だった。


 一義はハーモニーに一定の好意を持っている。


 音々と並び幼い少女だ。


 元気溌剌な音々とは対照的に慎ましやかで照れ屋な幼女。


 それはとても可愛らしい。


 過去に軍団長だった人間とは思えないほどだ。


 それは小動物に感じるような好意ではあると一義自身は自認しているが、しかして慕情が混じっていないかと問われれば沈黙してしまうほどには好ましく思ってもいる。


 そんなハーモニーと同衾しているのだ。


 寝ぼけて警察に捕まるようなことをしでかしたのかと不安になるのも当然と言えた。


「落ち着け一義。まだ人類は敗北してない……」


 一義は正確には人類のカテゴリーには含まれないが、それはこの際関係ない。


 白い瞳でハーモニーを見やり、それからペタペタと自身の体を触る。


 寝巻を着ていた。


 そしてそれはハーモニーも同様である。


 少しだけ安心したところに、


「おはようございますご主人様……」


 そんな声がかかった。


 銀色の瞳に銀色の髪を持ちメイド服を纏った少女……姫々である。


「これは違うよ?」


「わかっていますよ……」


 一義の言い訳に姫々は苦笑した。


「ハーモニー様がご主人様と一緒に寝たいと態度を示しまして……昼までなら問題ないでしょうと許可を出しました。当然ご主人様が危惧するようなことは起きてはいません」


「そ」


 安堵してハーモニーを起こすと一義は姫々に従ってダイニングに顔を出す。


 姫々はテキパキと自身と一義とハーモニーの昼食を準備する。


 白御飯に焼き魚……漬物と海藻の味噌汁がダイニングテーブルに置かれた。


 ハーモニーの分は大盛りだ。


 そして食事の開始の合図をした後、三人は昼食を食べ始める。


 ちなみにビアンカとジンジャーは既に学院に登校している。


 一義は食事の合間に言を紡いだ。


「姫々、昨夜はごめんね」


「何がでしょう……?」


 心底わからないと姫々。


「僕の心の弱さ故に面倒をかけた」


「ああ……」


 納得する姫々。


 昨夜、一義は発作ともいえる月子の悪夢を見て姫々に慰められたのだ。


 一義がその件について言っているのだと姫々は了解する。


 そして柔和に目を細めた。


 その銀色の瞳に映っているのは一義と優しさだ。


「気になさらないでください」


 他に言い様もなく姫々は言う。


「でもさ……でも……僕は……駄目だよねぇ……」


 哀惜の感情を吐露する一義。


「それは違います……」


 姫々は一義の哀惜を受け止める。


「ご主人様にとって最も大事な事柄が月子様です……。ご主人様は慟哭するほどに月子様を想っていらしたのでしょう……?」


「…………」


「その悲しみの深さこそ月子様の価値です……。哀惜の底が深ければ深いほど……裏を返せばご主人様は月子様を愛していらっしゃったことの証明です……」


「…………」


「違いますか……?」


「でも僕はさぁ……」


 へこたれる一義に、


「自責の感情……それは痛いほどわかります……。少なくともわたくしと音々と花々にとっては……ですが……」


 姫々はある意味で容赦なく言葉を並べる。


「わたくしたちはご主人様と記憶を共有している……。それは他のハーレムの少女たちには出来ないことです……」


「…………」


「だから痛いほどご主人様の苦悩がわかります……」


「うん……」


「苦しいのですよね……?」


「うん」


「悲しいのですよね……?」


「うん」


「悔しいのですよね……?」


「うん」


「それをわたくしにぶつけてくださる……。それがわたくしにとってはとても愛おしいことなんです……。ご主人様の苦悩のはけ口になれることがとても誇らしいんです……。ですから幾らでも自責して……自傷して……自嘲してください……。わたくしがその苦悩をほんの少しだけ肩代わりして差し上げますから……」


 そう言ってニッコリと姫々は笑う。


 一義は苦笑すると、


「ありがとう……姫々……」


 と感謝する。


「恐縮です……」


 姫々は優しげな口調でそう返した。


 一義の隣に座っているハーモニーが無言でクイと一義の寝巻の袖を握る。


「…………」


 桃色の瞳には機嫌を窺う色が映っていた。


「大丈夫だよハーモニー。ハーモニーのことは大好きだから」


 クシャクシャとハーモニーの髪を撫ぜる一義。


「…………」


 ハーモニーは照れくさそうに双眸を細める。


 それからまた大盛りの昼食を食べ始める。


 一義と姫々もそれに倣う。


 一義と姫々とハーモニーしかいない空間は静かでいい。


 そんなことを思う一義だった。

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