第100話 エレナという王女06

 次の日。


 一義たちを乗せたランナー車は霧の国の王都へと辿り着いた。


 ランナー車が通ると傍の人間がひれ伏す。


 それが一義には不満だった。


 何故庶民の税金でやりくりしている王侯貴族が尊大で、養っている側の庶民がへりくだるのか。


 そう思わざるを得ない。


 もっとも口に出して言うつもりはないが。


 そんなわけでランナー車は王都の大通りを突っ切り王城へと一義たちを運ぶ。


 城壁に連なる門が開けられランナー車が入ると厳重に閉められる。


 そして見事なまでの城内の庭園を横切り、ランナー車は城の扉に横付けされる。


 護衛がペコリと頭を下げる。


「御着き申しました。アイリーン様、一義様、姫々様、音々様、花々様。どうぞ外へ」


 先に護衛が降りて周囲を気配り、それから手を捧げて一義たちをランナー車から降ろす。


 と、


「一義様ーっ!」


 なんて叫びが朗々と響いた。


「…………」


 一義は眉間を押さえる。


「一義様」


 そう呼ぶ声を知っているからだ。


「一義様」


 そう呼ぶ人を知っているからだ。


 紫色の髪と瞳を持ち、紫色のドレスを着て、紫水晶の髪飾りをつけた、紫色の美少女が走り寄ってきていた。


 名をディアナ。


 霧の国を治める女王。


 霧の国を司る陛下。


 即ち国の頂点たる王だ。


 そんな王は、


「一義様ーっ!」


 ともう一度叫んで一義に飛びつき、


「…………」


 一義はうんざりと言った様子でそれを軽やかに回避した。


 慣性の法則が働く。


 跳躍した霧の国の女王ディアナは慣性の法則に従いニュートンをそのままに直進し、音々に抱きついて音々ごとゴロゴロと城の庭園に転がる。


「何するのさ! 女王陛下!」


 音々はもっともなことを言った。


「うう……う?」


 音々に抱きついたディアナは音々から素早く離れ、


「申し訳ありません音々様」


 仕切り直し、


「一義様ーっ!」


 と一義目掛けて飛びついた。


「…………」


 やはり無言で軽やかに避ける一義。


 ディアナはランナー車の護衛に抱きついた。


 ただし鍛えられた兵士である護衛を非力な女王が転がすことなぞ出来なかった。


「うう……」


 と呻いた後、


「何で避けるんですかぁ!」


 ディアナは不満を漏らした。


 無論のこと一義に対して。


 ディアナは一義に抱きつきたくてしょうがないらしかった。


 だからといって素直に抱きつかせる一義ではなかったが。


「東夷に触れると魂が穢れますよ」


 うそぶく一義。


「そんなの迷信です」


「まぁそうだけど」


 そもそも霧の国の女王陛下たるディアナは知らないことではあったが、魂の存在はアイリーンによって否定されている。


 そんなことを暴露する一義でもないが。


 ともあれ、ジリジリと歩み寄ってピトッと一義に抱きつくディアナ。


「えへへ、一義様だぁ……」


 最上の至福のようにディアナは相好を崩す。


 白い髪。


 白い眼。


 褐色の肌。


 そんな亜人に対して好意を寄せるディアナに、老齢の男が歩み寄って言う。


「女王陛下! 東夷……エルフと抱きつくなどあってはなりません! 魂を穢されてしまいますぞ!」


「まぁ気にしたりはしないけどさ」


 今更ではある。


「うるさいですわよ宰相」


 老齢の男……宰相に厳しい目を向けるディアナ。


「差別を助長する言動は慎みなさい」


 ギュッとディアナは一義を強く抱きしめる。


「そもそもエルフを差別するその思考が間違っています。一義様は優れた魔術をお使いになる。それによって鉄の国に対して有利になったのです」


 事実ではあるが一義にしてみれば、


「そんな大層なモノでもないけど」


 というのが本音だ。


「である以上一義様に敬意をはらうのは必定。それでもとやかく言うつもりですの?」


「それは……」


 言葉に詰まる宰相。


「城の皆々に伝えなさいな。一義様をエルフ……つまり亜人というだけで差別する者がいたら極刑に処すと」


「承知しました」


 宰相はそれ以上の議論は不可ととったのか慇懃に一礼する。


「一義様っ」


「何でしょう?」


「ディアナは一義様に会いとうございました」


「それは光栄なことで」


「どうぞいらっしゃいませ。私の友人を紹介しますわ」


 そう言ってグイグイと一義の腕を引っ張るディアナ。


 そんな一義とディアナに続いてアイリーンたちもついていく。


 ぞろぞろと大人数で城の中に入っていく一義と姫々と音々と花々とアイリーンは、ディアナによってディアナの私室に案内されるのだった。

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