第64話 ドラゴンバスターズ11

「ねえビアンカ」


「なんですの」


「なんでドラゴンは動けるの?」


「どういうことですの?」


「ドラゴンスケイルが城壁よりも固いならドラゴンは満足に動けないはずじゃない?」


「それは生物としての鱗ですから柔軟性も持ってますわよ。硬く、しなやか、そして魔術耐性も強い。だからドラゴンスケイルは重宝されるのですわ」


「そっか。しなやか……か。それならいける! 姫々!」


「ここに……」


 姫々が一義の傍に現れてかしずく。


「花々!」


「なんだい? 旦那様」


 花々はフランクに現れた。


「横取りゴールデンハンマーの時間だよ」


「いいのですか……?」


「いいのかい……?」


「良いも何も……他に方法は無いよ」


 ハーモニーを御姫様抱っこしたままで肩をすくめるという器用な真似をする一義。


「そういうことでしたら……」


 と言って頷くと姫々は背中に腕をまわし、そこから巨大なハンマーを取り出した……瞬間……、


「っ……!」


 姫々はハンマーを取り落す。


 地面に落ちたハンマーがミシィと不穏な音をたてて地面に蜘蛛の巣のような巨大なヒビを生んだ。


「…………!」


 ハーモニーが絶句する。


 いったいどれほどの重さがあればそんな芸当が可能なのか。


 理解不能と言う桃色の瞳に映る花々が、その地面に食い込んだハンマーを軽々と持ちあげてみせる。


 そして花々はニィッと凶悪に笑うのだった。


「百トンハンマー……確かに借り受けたよ。姫々」


「百トンハンマー……確かに貸し付けました……花々……」


 そんな花々と姫々の言葉に、百トンという言葉に、


「…………!」


 ハーモニーは驚愕する。


「百トン……ですって……!」


 ビアンカも信じられないという顔をしていた。


「いくら城壁の如き硬さとはいえ生物の鱗……百トンに耐えうるか否か……見ものだね」


 一義は苦笑するばかりだ。


 そして花々が疾駆する。


 その速度は超音速だ。


 空気の壁を突破して、いまだビアンカとドラゴンを遮る漸近境界目掛けてブレスを吐き続けるドラゴンの頭部へと躍りかかるように跳躍した。


 無論のこと、百トンにも及ぶ超重量ハンマーも一緒に。


 そして、


「ハンマー……」


 と呟きハンマーを構えて、


「インパクト!」


 と叫ぶと同時にドラゴンの頭部……その脳みそ目掛けて百トンものハンマーを振り下ろす花々。


「……!」


 唐突な衝撃にブレスを吐くことを止めるレッドドラゴンだったがもう遅い。


「あああああああああああああああああああああああああっ!」


 花々の渾身の一撃はドラゴンを叩き、そのまま地面まで一直線に落下し、ハンマーと地面との間でドラゴンの頭蓋骨ならびにその中身たる脳を薄っぺらく潰してのけたのだった。


 こうして哀れにも異空間結界から気まぐれに現れたレッドドラゴンは人間の欲得のために殺されたのだった。


「「…………」」


 ビアンカとハーモニーはポカンとする。


 それは言葉にすればこういうことになるだろう。


「もう終わり?」


 そしてその感想通り、もう終わりなのだ。


 ドラゴンは死に、一義たちは生きている。


 一義たちはドラゴン狩りに成功したのであった。


 後の作業は簡単だった。


 一トンを超えるドラゴンの遺体も百トンを片手で持ち上げる花々の前には軽い荷物でしかない。


 故に花々にドラゴンの遺体を持たせて拠点とする村へと帰る一義たちだった。


 そして村に着くと村人たちが歓迎するように出迎えてくれて、ドラゴンを運ぶための……ロードウォーカーの引っ張るウォーカー車の準備をしてくれる。


 ずんぐりむっくりしたロードウォーカーの車にレッドドラゴンの遺体を乗せる花々。


 鳥の国の軍隊はどうなされましたかと心配げな宿のマスターの言葉に、ドラゴンによって殲滅されたと軽く答える一義。


 そしてドラゴンを積荷として固定すると、


「じゃ、帰ろうか。シダラに……」


 そう言う一義の袖を……捨てられた雨の日の子猫のような小さな力でクイと引っ張るハーモニー。


「…………」


 ハーモニーは憂いをおびた桃色の瞳で一義を見る。


「あ、そっか。ハーモニーは鳥の国にドラゴンの遺体を持って帰らなきゃいけないんだっけ?」


「…………」


 フルフルと首を横に振るハーモニー。


 そうじゃない、と言いたいらしい。


「じゃあ何だろ? そう言えば僕に惚れたって言ってたよね……。もしかして僕と離れたくない?」


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


 桃色の髪がせつなげに揺れる。


「なんならいっそ霧の国に亡命してみる?」


 そんな一義の冗談半分な提案に、


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


「マジで?」


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


「確かに君なら王宮騎士にもなれるだろうけどさ……」


「…………」


 フルフルと首を横に振るハーモニー。


「騎士になりたくないの?」


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


「じゃあどうしたいの?」


 問う一義に、


「…………」


 ハーモニーはギュっと一義の袖を強く握った。


「あーっと……」


 しばし考えて、それから、


「なんなら僕のハーレムに入ってみる?」


 と提案すると、


「…………!」


 桃色の瞳に喜色をにじませて、ハーモニーはコクコクと頷いた。


「それじゃ決まり。これからハーモニーは僕のハーレムの一員だ。僕に尽くして、僕を愛してね?」


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


「またご主人様は……」


「お兄ちゃん! もう!」


「旦那様らしいね」


「一義はまたそうやって!」


 呆れたように姫々と音々と花々とビアンカがうんざりする。


 こうしてレッドドラゴンに関する一連の騒動は終わった。

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