第63話 ドラゴンバスターズ10

 翌日。


 朝の六時。


 炎剣騎士団は絶望に身を染めていた。


 全長六メートルを超えるレッドドラゴンが眠っているところにハーモニーの炎剣の魔術……焦熱斬撃……高熱による斬撃を撃ちこんで怒らせたからである。


 レッドドラゴンに炎剣の魔術は通じなかった。


 対価とばかりにレッドドラゴンは炎剣騎士団目掛けてファイヤーブレスを吐いた。


 灼熱の吐息は五十人を超える炎剣騎士団の三分の二を蒸発せしめた。


「怯むなぁ! バード王の威光を借り受けた炎剣騎士団がドラゴン一匹に敵わぬ道理などない!」


 炎剣騎士団の副団長が兵士をそう奮起させる。


 しかして力量差は圧倒的だった。


 ドラゴンの鱗……ドラゴンスケイルの前には剣も矢も通じず、ドラゴンの吐息……ドラゴンブレスの前には鎧など無意味に過ぎた。


「…………! …………!」


 炎剣の魔術師……ハーモニーは恐怖していた。


 自らの持つ両手剣を掲げ、


「…………レーヴァ……テイン……!」


 呪文を唱えて剣を振り下ろすと同時に剣閃の延長線上に炎の斬撃を放つのであったが、レッドドラゴンは痛痒すらみせないのであった。


「…………! …………!」


 ハーモニーはあからさまに狼狽えていた。


 ドラゴンがこれほど強力なモノとは思っていなかったのである。


 しかして現実問題としてドラゴンはそこにいる。


 炎剣の魔術……レーヴァテインですら傷一つつかないドラゴンは無謀にも特攻する炎剣騎士団の兵士たちをファイヤーブレスで薙ぎ払い、最終的に一人生き残ったハーモニーへと視線をやる。


 その高貴で侵しがたく威圧的で神々しい瞳に睨まれてハーモニーは身をすくませる。


 桃色の瞳は恐怖に揺れた。


 しかしてレッドドラゴンはそんなハーモニーの気持ちを斟酌したりはしない。


 ただ排除すべき敵と認識して、グアバッと口を開き、ファイヤーブレスを吐き出す。


 ハーモニーは、


「…………レーヴァ……テイン……!」


 と呪文を唱えて持っている両手剣を振るう。


 ドラゴンのファイヤーブレスとハーモニーの焦熱斬撃がぶつかり合い爆発を生んだ。


 その爆発に怯むハーモニー。


 爆発が収束した後、さらにファイヤーブレスを放とうとするドラゴン。


 大きく口を開けてそこから灼熱の炎を吐き出そうとするドラゴンに、


「…………!」


 ハーモニーは狼狽えるばかりだった。


 次のトランスセットまで時間がかかる。


 連発して魔術を放つハイスピードスイッチを会得していないハーモニーにとって炎剣の魔術は一撃必殺が基本だ。


 故にレッドドラゴンのファイヤーブレスに対抗する術をハーモニーは持たない。


 そんなハーモニーの事情など知るはずもないレッドドラゴンは遠慮なく何物をも燃やし尽くすファイヤーブレスを吐いた。


「…………」


 ああ、死ぬんだ……とハーモニーがファイヤーブレスを見て諦めようとした瞬間、


「ハーモニー!」


 と一義の声を聞いた。


 それがどんな意味を持つのかわからないハーモニーは何もわからないまま一義に御姫様抱っこされてレッドドラゴンのファイヤーブレスの圏外へと移動させられた。


「…………!」


 動揺するハーモニー。


 ドラゴンのブレスから逃れられた安心感と、一義に御姫様抱っこされた緊張の中、何も言えずハーモニーは目を見開くのだった。


 どうしてここに、という疑問を発しようとしたハーモニーに、


「言ったでしょ? ピンチになったら助けてあげるって」


 御姫様抱っこをしている一義がキザったらしくウィンクした。


「…………! …………!」


 ハーモニーは恐怖故か、一義の首に腕をまわしてギュッと抱きしめる。


「大丈夫。ハーモニーは僕が守るから」


 ハーモニーを安心させるように一義はそう言って、一義とハーモニー目掛けてファイヤーブレスを吐こうとしているレッドドラゴンを見据え、


「音々……! 漸近境界……!」


 と音々に命令する。


 ドラゴンがブレスを吐く一瞬前に音々が現れて、


「了解したよお兄ちゃん! 漸近境界!」


 と呪文を唱えて漸近境界を張る。


 それは光すら通さないため真っ黒な壁として生まれた。


 飛ぶ矢のパラドックスを具現化した漸近境界の前にレッドドラゴンのファイヤーブレスは沈黙するしかなかった。


 近づきはすれど辿り着けず。


 それこそ漸近境界の本質であり、絶対防御の音々の主たる魔術なのだから。


 何はともあれ一義たちに救われたハーモニーは、


「…………!」


 御姫様抱っこしている一義の首にまわした腕をさらにギュッと強く力を込める。


「怖かったろうね……。あんな凶暴なドラゴンを相手させられて……」


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


「後は僕たちに任せて」


「…………」


 コクコクと頷くハーモニー。


「ビアンカ……殺竜の魔術を!」


 漸近境界に身を隠したまま叫ぶ一義。


 そしてビアンカが現れる。


 場所はドラゴンを中心に、一義たちから九十度弧を描いた場所……即ちドラゴンの側面。


 ビアンカは手に取ったバスターソードを天に向かってまっすぐ掲げ、目を閉じて呪文を唱え始める。


「ドラゴン……」


 パワーイメージを固定化する。


 パワーイメージの世界への投影。


 カッと閉じた目を見開くと、


「バスター!」


 呪文を叫び終え、剣を振り下ろすビアンカ。


 その剣閃の延長線上に巨大な圧力の斬撃が発生し、それはドラゴンの首目掛けて収束し、ドラゴンの首を……、


「そんな……まさか……!」


 切り落とすことは叶わなかった。


 ビアンカの魔術の斬撃はドラゴンスケイルに傷こそつけたもののそれ以上でもそれ以下でもなかった。


「そんな……わたくしのドラゴンバスターが効かないなんて……!」


「どういうことさ! ビアンカ!」


「きっとアレは……中竜じゃありませんわ……! 中竜のドラゴンスケイルならドラゴンバスターで叩き切れるはず……!」


「じゃあまさか!」


「はい……! きっと……大竜……!」


 そんなビアンカの推測通りだった。


 此度のドラゴンは小竜から成長した中竜ではなく、さらに年代を経た大竜なのである。


 そのドラゴンスケイルは中竜とは比べ物にならないくらいの強度を誇る。


 故に殺竜の魔術すら通さない。


 音々が漸近境界を解いて、音々、一義、ハーモニーがレッドドラゴンを見据える。


 そこにあるのは高貴で侵しがたい光をたたえた強者の瞳。


 まるで天が自ら造形したかのような神々しさに一義は尊敬の念すら覚えた。


 しかして現実問題切り札たる殺竜の魔術は通じないのだ。


 音々の絶対防御ある限り負けることはないが勝つこともまた不可能……と思った瞬間、一義は閃いた。


 それを言葉にするより速くビアンカ目掛けてドラゴンがブレスを放つ。


「音々!」


「わかってるよお兄ちゃん!」


 音々がパチンと指を鳴らし、


「漸近境界!」


 ビアンカとドラゴンの間に漸近境界を張る。


 一時的にとはいえファイヤーブレスから難を逃れたビアンカに向けて一義は問いかける。

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