第52話 カウンター11

「おはようジンジャー」


 と目を覚ましたジンジャーに優しげに一義は声をかけた。


「あ……れ……?」


 ポカンとして燈色の瞳をクリクリとさせて、


「私は……いったい……」


 現状把握に悩むジンジャー。


 周囲は暗く、今が夜であることを告げている。


「ここ……どこ……?」


 そう聞くジンジャーに、


「僕たちの宿舎……その僕の私室だよ」


 答える一義。


「そう……ですか……」


 やはりポカンとするジンジャー。


「なんで私は一義の部屋に?」


「覚えてない?」


「何を?」


「ジンジャー……君は覚醒剤に手を出してマジカルカウンターを起こしたんだよ?」


「覚醒剤……マジカルカウンター……マジカルカウンター!?」


「そう。ビッグトロールを投影したんだ。学院の棟は壊れたし死者も出たよ?」


「私は……覚醒剤を……そう……クリスタルを……」


「そ。クリスタル。服用したね?」


「うん……」


「最初に謝っておくよ。ごめんね」


「一義が謝ることじゃ……」


 と言いかけたジンジャーの頬に一義はビンタをかました。


 パシンと一発。


 頬を赤くしてポカンとするジンジャーの胸ぐらを掴んで、自身の方へと顔を向かせ、


「なんでクリスタルに手を出したの?」


 ニッコリと怒気を放つ一義。


「だって……お姉ちゃんに……追いつきたくて……」


「お姉ちゃん……?」


「一義は知らないの? 《雷帝》のアイオンって宮廷魔術師……」


「知らないよ。僕が霧の国に来たのは春の初めだよ?」


「そっか。じゃあ知らないよね」


「察するにその雷帝のアイオンがジンジャーのお姉さん?」


「うん。私の家系は魔術師が多いの。お姉ちゃんの存在もあって魔術の名門の一つにも数えられている」


「…………」


「だから魔術の才能の無い私は実家で疎まれてるの……」


「…………」


 沈黙するしかない一義。


 ジンジャーはポロポロと断続的に涙を流す。


「私は……無能で……無様で……無用で……無力だった……。お姉ちゃんは気にしなくていいって言ってくれたけど……私は私の血筋にかけて立派な魔術師になりたかった……」


「でもその焦りのせいでマジカルカウンターを発動させてしまったんだよ?」


「それでも……それでも私は魔術を覚えたい……。立派な魔術師になりたい……。たとえクリスタルがどんな危険をはらんでいたとしても……」


「クリスタルならもう警察に回収されているよ」


「なら……また買う」


「残念。販売元も僕たちが潰しちゃった」


「そんな! なんでそんなことしたの!」


「だって麻薬漬けになってまで得るほどの魅力を僕は魔術に感じないから」


「それは魔術を使える人間の傲慢だよ! 私にはクリスタルが必要なんだよ!」


「たとえ自滅してもかい?」


「魔術で死ねるならこれに勝るは無いよ!」


「それでお姉さんが悲しむことになってもかい?」


「っ!」


 言葉を失うジンジャー。


「君の傲慢故に悲しむ人の気持ちを踏みにじる気かい? 魔術を使える人間の傲慢だってジンジャーはさっき言ったよね? じゃあ勝手にマジカルカウンターで自滅するジンジャーは傲慢じゃないの?」


「それは……!」


「傲慢でしょ?」


「でも……だって……私は……立派な魔術師に……」


「その気持ちは傲慢じゃないっていうの?」


「……それは……」


「君が魔術師になりたい理由はわかった。でもだからって余所様に心配をかけていいって法は無いよ。君は王立魔法学院の示す形で魔術師になるべきだ」


 そう言うと一義は、紙巻き煙草をポケットから取り出して、口にくわえると、マッチで火を点け、それをジンジャーに押し付ける。


「私……煙草は……」


「覚醒剤に手を出した奴が何を今更……。それにそれは煙草じゃないよ」


「何?」


「薬術煙。煙が解毒作用を持つ和の国の薬。煙草みたいに煙を吸って対処する薬だから安心して吸っていいよ」


「はあ……」


 呆然と呟きながらジンジャーは薬術煙を吸う。


 薬術煙の火のついた先端が赤く光る。


「…………」


「…………」


 しばし一義とジンジャーは沈黙する。


 薬術煙が明滅する光だけがこの部屋で主張をしていた。


 そして一義が言う。


「ジンジャー」


「なんでしょう?」


「ここで暮らしてみないかい……」


「ここって云うのは……」


「僕の宿舎でってこと」


「なんでです?」


「だってここには僕に姫々に音々に花々にアイリーンにビアンカがいるんだよ? シャルロットは……よくわからないけど……。とまれ君が魔術師になりたいなら直接アドバイスができると思うんだ。少なくともクリスタルよりは有益だと思うよ?」


「反魂のアイリーンに……ドラゴンバスターのビアンカが……コーチをしてくれるってことですか!?」


「ま、ぶっちゃければね」


「なんでそんなことまでしてくれるんですか?」


 スーッと煙を吸ってフーッと煙を吐き出しジンジャーが訝しむように問うた。


 一義はガシガシと後頭部を掻くと、


「君が……美少女だから……」


 躊躇いがちにそう言った。


「……ふ」


 ジンジャーはクスリと笑った後、


「あはははは……! ははは……! はあ……」


 ケタケタと笑い、吐息をついた。


「そこまで実直な理由なんてそう無いよ……。しかも嘘じゃない。そうやって姫々さんも音々さんも花々さんもアイリーンさんもビアンカさんも深緑の令嬢も虜にしたの?」


「深緑の令嬢……シャルロットは違うけどね」


「…………」


 ジンジャーは薬術煙をスーッと吸って煙をフーッと吐くと、


「いいよ。一義のハーレムに入ってあげる」


「別にハーレムに入る必要はないよ? ただ一緒に暮らして魔術を少しずつ知っていけばいいんじゃないかなって……。それに……僕は東夷だし。仲良くしても損するだけだ」


「でも一義が私を助けてくれたのだって得しないことじゃない」


「そりゃそうだけど……さ」


 一義は困ったようにガシガシと後頭部を掻いた。


「まぁ……それなら決まり。さっそく夕餉を食べていってよ。荷物は花々に運ばせるから心配しないで。明日からでいいよね? 引っ越し作業……」


「うん。いいよ」


 煙を吸って吐いてジンジャーは頷いた。


 そして薬術煙を吸い終わったジンジャーの腹から「グウ」と虫の音が聞こえた。


「クリスタルの影響で食事を疎かにしてたでしょ?」


「だって食欲わかなかったんだもん……」


 燈色の髪を弄りながら拗ねたように言い訳するジンジャー。


「今日は鍋だから。いくらでも食べていってね」


「鍋って……なに?」


「ああ、そっか。鍋の文化ないんだっけ……西方は……。皆で一つの食べ物をつつくのが鍋だよ」


「不衛生……」


「ぶっとばすよこのやろう」


「冗談だけどね」


「じゃ、いくよ」


 そう言ってジンジャーの手を取ると一義はジンジャーをダイニングまで引っ張った。

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