第53話 カウンター12

 ダイニングにはニラと出汁の香りが充満していた。


「ふわ……いい匂い……」


 と食欲をそそる香りに誘われたように言葉を紡ぐジンジャー。


「あ! 目を覚ましたんだね!」


「意外に早かったね」


「でもこれで……」


「ライバルがまた一人増えましたわね……」


「僕には関係ないけどね~」


 ホッとする音々と花々に、警戒するアイリーンとビアンカに、くつくつと笑うシャルロット。


 そして、


「ご主人様……ジンジャー様……夕食の準備はとうに完了しております。どうぞお席に」


 姫々がそう言ってきた。


「ほら、座ろ?」


「う、うん……それはいいんだけど……」


 ダイニングの席に着きながらジンジャーが問う。


「ここは大奥?」


「僕らの関係をハーレムと定義づけたのはジンジャーでしょ」


「そうだけど……こんなに美少女ばっかり……」


「ジンジャーだって美少女だよ!」


 とこれは音々。


「あ、ありがとうございます、音々さん」


 ジンジャーが躊躇うのは無理もない。


 銀色と黒色と赤色と金色と青色と緑色の美少女が一堂に会しているのだ。


 気後れしない方がどうかしている。


「では……」


 と一義は全員がダイニングの席についているのを確認すると、


「いただきます」


 と言ってパンと一拍した。


「「「いただきます」」」


 とかしまし娘も一拍する。


「「「「主よ。この糧を得られることに感謝を。アーメン」」」」


 西方ハーレムもヤーウェ教の儀式で食事を開始する。


 今日の一義さん家の晩御飯はもつ鍋だった。


「よく昆布や醤油や和酒が手に入ったね。姫々……」


「ご主人様と入学式の日に行った東方系の定食屋さんを覚えていますか?」


「ああ、うん。あそこは良かった」


「そこのルートに頼んで和の国の調味料を調達してもらいました」


「なるほどね」


 納得する一義。


「独特だけど香り高くて美味しいね、このもつ鍋って。和の国は奥が深いなぁ」


 もつを噛みながらシャルロット。


「初めは一つの器を皆でつつくなぞありえないと思いましたが……存外に悪くありませんわね……」


 これはビアンカ。


「うん。美味しいです。さすがは姫々」


 これはアイリーン。


「食事はわたくしの領分です故……」


 謙虚に姫々。


「あ、そうだ」


 今思い出したと一義。


「アイリーン……ビアンカ……付き合ってほしいことがあるんだけど……」


「そんな……私たちにはまだ早いかと……。最初はキスだけで……」


「わたくしはいつでもこの体を一義に差し出す準備は出来ていますわよ? 勝負下着もつけていますし……」


「いや、そうじゃなくて……。なに早合点してるの二人とも……」


 ジト目の一義に、


「違うんですか?」


「違うんですの?」


 首を傾げるアイリーンとビアンカだった。


「違う。アイリーンは王立魔法学院の特別顧問だよね? ビアンカも先輩だ。だから二人にジンジャーの魔術の指導をお願いしたい」


「ああ、そういうことですか。でも……」


「必要ないと思いますわよ?」


 あっさりとアイリーンとビアンカは言った。


「へ? なんでさ?」


「だってマジカルカウンターを発動させたということは魔術の素養が育ったことに他なりませんもの」


「そういうことですわね」


「音々……」


「なぁに!? お兄ちゃん!」


「ライティングの魔術を止めて」


「闇鍋にするの?」


「いいから」


「まぁお兄ちゃんが言うのなら!」


 そんな音々の言葉と同時にダイニングは夜の闇に落ちた。


「ジンジャー。ライティングを使ってみて」


「え、でも私……魔術なんて……」


「クリスタルで高揚した気分を思い出して。強い思念だ。そしてこの暗い部屋を元の明るさに戻す。それをイメージしてみる」


「はあ……では……」


 とジンジャーは集中して、


「ライティング……」


 と呟く。


 同時にジンジャーの手の平から光が生まれてダイニングを炯炯と照らした。


「なんだ。できるじゃん」


「いやいや。今までライティングすらできなかったのに……なんで今更……」


 魔術を使った本人が呆然としていた。


「魔術向きに脳が壊れたんですよ。おそらくクリスタルのおかげですね」


 アイリーンはそう解説する。


「じゃあこれで私は二過生に……」


「そういうことになるね」


 鍋をつつきながら一義。


「特別顧問のアイリーン……」


「なんでしょう一義?」


「ドラゴンバスターたるビアンカ……」


「なんですの一義?」


「ジンジャーの指導よろしく。ファイヤーボールくらい使えるようにさせてあげて」


「「一義がそう言うのなら」」


 頷くアイリーンとビアンカだった。


 そしてもつ鍋をつつく一義たちを放って、アイリーンとビアンカはジンジャーに色々と聞いてきた。


「今までライティングの魔術も使えなかったの?」


「はぁ。まぁ。恥ずかしながら」


「ウィッチステッキは?」


「持っていません」


「ウィッチステッキは持っていた方がいいですわよ? 条件付けは魔術の基礎ですの」


「でもお姉ちゃんは無手でしたから。私もウィッチステッキに頼るわけにはいかないと……」


「お姉さんが魔術師ですの?」


「雷帝のアイオンって知ってますか?」


「雷帝!? ジンジャーは雷帝の妹なんですか!?」


「はぁ。まぁ」


「そのコンプレックスのせいでクリスタルに手を出したんだって」


 横から口を挟む一義だった。


「なるほど……。ですがやはりウィッチステッキは持った方がいいですね。ウィッチステッキを持った方がイメージも固定しやすいはずですし」


「そうなんですか? なんだかウィッチステッキを持ったら負けな気がして」


「未熟者の意地っ張りは一銭の得にもなりませんわよ」


「……はい」


「で、最終的にどんなオリジナルマジックを覚える予定ですの?」


「お姉ちゃんと同じ雷の魔術を……」


「ふむ。まぁたしかに速度、威力ともに十分な魔術ではありますけど……雷なんてその本質を知らなければ覚えるのは難しいですよ?」


「じゃあどうすればいいんですか?」


「とりあえずはエレメントに沿ったシンボリック魔術を覚えるのが第一ですわね。そこから魔術を慣れて、魔術を使う時のイメージを固めていければ理想ですわ」


「出来るようになると……思いますか……?」


「もちろん。大丈夫です。魔術は万民に開かれた学問です故……」


 励ますようにニッコリと笑うアイリーンに、


「あなたが魔術師として大成できるようしっかりとサポートしてあげますわよ」


 太鼓判を押すビアンカだった。


 そうして一義さん家の夕餉は過ぎていくのだった。

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