第15話 決闘03

 学院長室は客を座らせるソファ以外は意外に質素なものが取り揃えられていた。


 学院長室でありながら権威という言葉を感じさせない部屋模様である。


 そして唯一高級そうであるソファに一義たちが身を沈ませて、扉の前の老婆とは違う若い秘書に茶をふるまわれ、


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙の後に妙齢の女性であるところの学院長を見ると、


「反魂のアイリーン……直にまみえられて光栄です」


 学院長が先に言葉を切り出した。


「恐縮です」


 とアイリーンは答える。


「鉄の国の宮廷魔術師とこうやってご対面すれば私とていささか緊張します。もしも無礼があった場合はお許しください」


「いえ、気になさらないでください……」


「ありがとうございます。さて……ではこの王立魔法学院に何の用でしょう?」


「鉄の国から亡命してきました。どうか受け入れてください」


「鉄の国から亡命……。なにゆえ……でしょうか……? 宮廷魔術師として遇されていたことに何か不満でも……?」


「まぁ身の回りについては幸福でしたけどね。反魂の能力は人を堕落させるんですよ。今の鉄の国の皇帝は見るにたえません。まぁそんなことはともかく……『気に入らないから亡命してきた』……これでは理由になりませんか?」


「しかして反魂のアイリーンを右から左にというのは……とても行いがたいと思うのですが……」


「亡命の余地は無いと?」


「いえ、私の一存では決めかねる……ということです。ただの亡命者ならともかく反魂のアイリーンともなればそのブランドは強大です。霧の国の王城に話を持っていった方がスムーズでしょう……。特に霧の国でも鉄の国同様に宮廷魔術師になりたいというのならば……」


「いえ、宮廷魔術師にはもう懲りています。私を王立魔法学院の一生徒として遇してはもらえないでしょうか?」


「反魂のアイリーンを学院で保護しろ、と?」


「身の守りくらいは自分でしますよ。ただ……特別でもなんでもない……ただの一生徒としてここに置いてもらうわけにはいかないでしょうか?」


「今あなたを狙っている組織はありますか?」


「ご存知の通りファンダメンタリストです。後は鉄の国も私の失踪に慌てているところでしょうね」


「なるほど……。それならばやはり一度王都へ向かうことをお勧めします。王城にて地位ある魔術師になり、その後に王立魔法学院に派遣……という形をとればいいでしょう。反魂のアイリーンの言葉なら十中八九通るものと思われるのですが……どうでしょう?」


「そうですね……。それが一番ですか……」


「であれば私が先に書状を王都ミストに送っておきますので、頃合いを見計らって王都に向かわれてください。それまであなたは王立魔法学院の客分です。十分に報いさせていただきます。無論のこと護衛もつけますのでご安心を」


「いえ、部屋と護衛は確保できているので安心してください。ね? 一義……」


「え……僕……?」


 ポカンとする一義に、


「他に誰がいるんですか?」


 悪戯に成功した時のような笑みを浮かべるアイリーンだった。


「そちらの学院生に身を預けるということですか」


「そういうことです」


「姫々さん……音々さん……花々さん……ではお願いできますか?」


「まぁ……わたくしは火力で負けるつもりは……ありませんが……」


「音々も超強力な魔術が使えるし……」


「鬼と東夷の危機察知能力は人類と比するのも馬鹿らしいほど鋭敏だしね」


「と……いうわけで……」


 パンとアイリーンは一拍する。


「こちらのことは放任してもらって構いません。王都への件だけ根回しをしてもらえれば、と」


「了解しました」


 真摯に頷く学院長。


「ところで……」


 と、これは一義。


「なぁに?」


 と、アイリーン。


「ファンダメンタリストって何でしょう?」


 一義が問うと、


「ヤーウェ教の原理主義過激派のことだよ」


 アイリーンが答える。


「なんでそんな奴らに狙われるの?」


「私が反魂の魔術を扱えるから」


「反魂の魔術……?」


「つまり死んだ人間を蘇らせることが……蘇生させることができる魔術」


「死んだ人間を生き返らせられるの!?」


 驚愕に目を開く一義とかしまし娘。


「まぁ死体を私の前まで持って来れば……ですけど……」


「……そぅ」


 ハイテンションに水を差されたような……あるいは期待を裏切られたような……そんな微妙な表情で納得する一義。


「でもそれでなんでファンダメンタリストに狙われるのさ?」


「一義はヤーウェ教って宗教を知ってる?」


「ほんの触りくらいなら……。一神教……だよね?」


 ちなみに一義のいた和の国では八百万の多神教の国である。


「そう。巨人の存在があるから正確な一神教ではないんだけど……まぁ一柱の神を崇め奉るという意味では一神教ではあるね。特に大陸西方で普及してる宗教なんだけど……」


「なんでそこの信徒に命を狙われるのさ?」


「神は自らに似せて人を作った。それ故に人の生死の扱いは神の領域であって人が手を出していい範囲を逸脱している……とまぁそういうわけ」


「うーん。別に死人が生き返ったからって神様に怒られるならともかく人に怒られる筋合いはないと思うけどなぁ……」


「私もそう思うけど許せない人ってのはやっぱり一定数いるものなの。今までは鉄の国の宮廷魔術師として保護されてきたけど、フリーになったってファンダメンタリストにばれちゃって……」


「ふーん」


 納得とは違う相槌を打つ一義。


 そこに、


「ご主人様……」


 と姫々が声をかけてきた。


「なぁに? 姫々……」


「ちょうど二コマ目に神学……ヤーウェ教に対する講義があります……。参加してみるのも一興かと……」


「音々も姫々も花々もお兄ちゃんも八百万の神々しか知らないもんね!」


「あたしは自身が神格化してもらってもいいくらいの存在だからなぁ……」


 そう言うかしまし娘の意見を聞いて、


「…………」


 出された茶を飲みほすと、


「じゃあその案を受諾するよ。神学を受けようじゃないか」


 そう決定して学院長室のソファから立ち上がった。


「はい……」


「うん!」


「そうだね」


 それぞれに頷くかしまし娘。


 そこに、


「私も一緒に連れていってもらっても良いでしょうか?」


 とアイリーンが切り出した。


「別に僕はいいけど宮廷魔術師のアイリーンに今更魔法学院で習うことがあるの?」


「私の知識欲は業が深いですから。それに一義と姫々と音々と花々と一緒にいた方が安全でしょう?」


「それもそっか……」


 コックリと一義は頷く。


「では学院長……王都への渡りの件……よろしくお願いします……」


「はい。どうかご安心を」


 アイリーンと学院長がそんな会話をした後、アイリーンを含む混成一個旅団こと一義たちは学院長室を出るのだった。

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