第16話 決闘04

『世界は完成された何かで満たされていた。それは完璧であるが故に体現する必要もなく、すべてが備わっているからこそ存在する必要がなかった。しかし、それは具現化を自らに求めた。自らの完璧さを崩す。もっというのなら、それは自らを二つの括りに大別した。そこからは「ある何か」と「それとは別の何か」が生まれた。後に生まれる人間は、この二つのものに《完全ではないが、より「それ」らしい名前》として前者を「巨人究極の命と究極の力」、後者を「究極の命と究極の知恵」と名づけた。巨人と神は互いを反発し合い殺しあった。ただ本能に任せて戦い、究極の力と究極の知恵は互いの究極の命を削っていった。巨大な体を持つ巨人は、神の知恵がおこす不可思議によって体を削られ、削られた破片は“虚無”に散らばって星となった。神と巨人の戦いは不可思議を超える間も続き、先に動けなくなったのは巨人のほうであった。神は勝ち、巨人は負けた。しかして究極の命を持った巨人は死ぬことはなかった。不可思議を力とする神は、自らの知恵によって巨人を拘束し、深い不動へと誘った。あまりに大きすぎる巨人は、しかし動かぬことでそこに垢が積もった。汗が流れた。巨人の汗は流れ流れて海を作った。巨人の垢は積もり積もって山を作った。そこに大地が出来たのであった。動かぬ巨人の肌の上に大地が作られ、そしてそこには生命が生まれた。植物が、昆虫が、魚が、鳥が、獣が生まれ、彼らは生態系を作っていった。空には巨人の体の破片が虚空に舞って星となり、人のいない世界が出来た。しかし神は嘆かれた。生まれてきた生命は力強く、命に溢れ、しかし考えることをしはしなかった。彼ら巨人の眷属がはびこることを嘆かれた神は、自らに似せた獣を大地へと下ろされた。それが《人》であった。人は獣でありながらも、神様に与えられた命によってものを考え、他の獣達を従えて大地の支配者となった』


「つまり……神の分身として生まれたのが人であって神と同じく知恵を持つ人間だけが魔術という名の知恵を扱えると……そういうわけですね」


 神学の講義の後、聖約書の創世記を復習するためにアイリーンはそう言葉を終えると、項垂れた一義の頭からプシュープスプスとからくりが壊れたときの原理で湯気が噴き出した。


「うーん。一神教は難しい……」


 ちなみに場所は、神学の講義を行なった講義室から、王立魔法学院にある三つの学生食堂の内の一つへと移動していた。


 二コマ目を終えて昼休みとなったこともあって一義たち以外にも多くの学院生が学生食堂に集まっている。


 しかして、


「東夷だ……」


「馬鹿……殺されるぞ。エルフだよ……」


「暗黒の肌をもっている……」


「汚らわしい……」


 と一義は相も変わらず酷い言われ様で一義たちの周りだけは学院生は誰も座らなかった。


 それはともあれ、


「一義は意外と頭良くないんですね……」


 アイリーンはオムライスを食べながらしみじみとそう言った。


「ただでさえ異言語なのにこれ以上何を求めるのさ?」


 小鴨のステーキを口にしながらブスッとした表情で反論する一義に、


「まぁテクニカルタームが多いことは認めますが……」


 ほけっとアイリーン。


「かしまし娘は理解できた?」


「はい……。概ねは……」


「ニュアンスで!」


「大方はわかったよ。真なるものはまだだけどね」


 それぞれ理解力を披露するかしまし娘だった。


「う~ん……一人取り残された気分……」


「何でしたら宿舎に帰った後わたくしがご主人様に講義して差し上げてもいいのですけど……」


「あ、それなら音々がお兄ちゃんに教えてあげるよ?」


「いやいや、ここはあたしが……」


 かしまし娘はそう提案した後、


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙して睨みあい、


「ガルル……!」


「フシューッ!」


「シャーッ!」


 と牽制しあうのだった。


「一義は姫々と音々と花々に好かれているね」


「ま、構造上……ね」


 そう言って一義が小鴨のステーキを食べ終えて、


「ほらほら。僕をめぐって喧嘩しない」


 とかしまし娘を嗜める一義に続いて、


「その通りですわ。こんな男に従うなんて女としての恥ですわよ」


 ソプラノの声が響いた。


「「「「「…………」」」」」


 一義と、姫々と、音々と、花々と、アイリーンが……突然の声に沈黙する。


 五人揃って声のした方を見ると、そこには一人の美少女がいた。


 それは青い美少女だった。


 清らかな水の流れるが如し青い髪と、コーンフラワーブルーも道を譲る青い眼を持ち、王立魔法学院の制服を着た美少女だった。


 ネクタイは紫……それは四過生の証である。


 つまり非シンボリック魔術……オリジナルマジックを修得した優秀な生徒であることを示している。


「えーと……」


 と「どうしたものか」と言葉を探し、ガシガシと後頭部を掻いて、一義は青い美少女に問う。


「どちら様……?」


「わたくしの名前を知りませんの?」


「はぁ……生憎と……」


 正直な一義に、


「これだから大陸東方の田舎者は……」


 やれやれと青い美少女。


「わたくしの名はビアンカと申します。ドラゴンバスターのビアンカといえば魔術の世界では知られている名ですわよ?」


「アイリーンは知ってる?」


「名前くらいは。ドラゴンを狩ることのできる霧の国の魔術師の存在は有名だからね」


「ドラゴン……っていうとトカゲに羽の生えたような……」


 うろ覚えにドラゴンの実像を思い出す一義に、


「そう。それ」


 とアイリーンが首肯する。


「それで? そのドラゴンバスターのビアンカが僕たちに何か用?」


「あなたみたいな汚らわしい存在に用などありませんわ」


「さいですか」


 淡泊な一義。


 いちいち排斥に構っていられないと飄々としている。


「「「…………」」」


 かしまし娘のビアンカを見る視線の温度が下がる。


 惚れた相手を悪く言われることを不快に感じるのは古今東西変わらない。


 そんなブリザードの視線を何するものぞ……ビアンカは銀色の美少女たる姫々を指差して、


「わたくしが話しているのはあなたですわ」


 と言った。


「はぁ……わたくし……ですか……」


 指名されたのが意外かつ不服だったのだろう……戸惑いと不快の声で返す姫々。


「あなた……名前は……」


「姫々と申します……ビアンカ様……」


「では姫々……こんな東夷から離れてわたくしのモノとなりなさいな」


「「「「「…………」」」」」


 あまりといえばあまりの言葉に沈黙したのは姫々だけではなかった。


 そして、


「は……?」


 と姫々が五人を代表して困惑した。

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