第13話 決闘01

「ご主人様……お起きください……」


「お兄ちゃん……起きて!」


「旦那様、起きてよ」


 三人の美少女が一人の少年を覚醒させるために揺さぶっていた。


 言わずもがな姫々……音々……花々のかしまし娘に一義である。


「ん~……あと五分……いや四分三十秒……いやいや四分十五秒でいいから寝かせて……」


「そういうわけにも参りません……。速やかにご起床ください……ご主人様……」


 姫々は丸まった一義を包んでいる掛布団をバサリと取り上げた。


 入学式が昨日で今はまだ春真っ盛り。


 窓から忍び寄る朝の冷たい風が一義の体に吹きかけられた。


「うう……寒い」


「ご主人様……ダイニングに温かい味噌汁を用意してあります……。それをお飲みになられて温まれば……と……」


「お兄ちゃん、音々と一緒にご飯食べようよ~」


「あたしの選んだ味噌だよ? 美味しいよ?」


「味噌……汁……」


 一義は寝ぼけたままフラリとベッドで立ち上がると、


「ん」


 と感動詞を呟いて姫々に向かって手を差し伸べた。


「あの……なんでしょう……?」


「ダイニングまで引っ張っていって……」


「あ……はい! そういうことでしたら!」


 パァッと花咲くように姫々の表情が華やいで、姫々は一義の手を取った。


 そして、


「では……こちらに……」


 とニコニコ嬉しそうに一義を引っ張る姫々を、


「うぅ……」


「うう……」


 羨ましそうに睨みつける音々と花々だった。


 そして姫々の誘導のもと、無事にダイニングにつく一義。


 一義がダイニングの定席に着くと同時に、同じくダイニングテーブルの席に着いていた金色の美少女ことアイリーンが、


「ふわ……!」


 と驚きを口にして、


「おはようごじゃいましゅ一義……」


 箇所箇所で噛みながら一義に挨拶をする。


「ん。おはようアイリーン……」


 ゴシゴシと眠気に負けそうな目をこすりながら一義は挨拶を返す。


「昨晩は泊めてくださりありがとうございました。それからお風呂に朝食まで……」


「ん。まぁ可愛いは正義だから気にしなくていいよ。もし他に行くところが無ければいつまでもここにいていいからね」


「ありがとうございます。ところで前半はどういう意味でしょう?」


「ただの妄言……」


 くあ、と欠伸をしてからそう結論付ける一義だった。


 そこに、


「ご主人様……」


 と姫々が歩み寄ってきて、


「今日の味噌汁です……どうぞ……」


 と一義の目の前に味噌汁の注がれた椀を置いた。


 カツオの香りによって少しだけ覚醒する一義。


「……いただきます」


 それから「ん~」と唸って、右手で箸をもち、それから左手で椀をとり、味噌汁を口内へと注ぎ込む。


 一義の口内で味噌の味とカツオの香りが融合し、嚥下すると冷めた一義の体を胃から温めるのだった。


 そこで一義は完全に目を覚ます。


 クスリと微笑すると、


「ん。さすがに姫々の味噌汁は美味しいね」


 一義は姫々を褒めたたえた。


「光栄です……ご主人様……」


 嬉しそうに返してキッチンへと戻ると、姫々はキッチンとダイニングとを往復して全員分の味噌汁を用意する。


 姫々と音々と花々とアイリーンの分だ。


 そしてかしまし娘は、


「いただきます」


 と食事を開始する。


 アイリーンもまた、


「主よ。この糧を得られることに感謝を。アーメン」


 と食事を開始する。


 今日の食事はサンドイッチと味噌汁だった。


 和洋折衷というにもちぐはぐでつぎはぎな取り合わせだが、文句は誰からも出なかった。


「…………」


 アイリーンは恐る恐るといった様子で和の国のスープ……味噌汁を見つめ、


「……っ!」


 意を決したかのような表情をして味噌汁を飲む。


 そして、


「ふわ……美味しい……」


 驚愕とともに味噌汁に賛辞をおくった。


「光栄です……アイリーン様……」


 姫々は嬉しそうだ。


「たった数分しかダシをとっていないのに……何でこんなに香り高いスープが出来るのでしょう?」


 不可思議とアイリーン。


「たしかに和の国では大陸西方の牛骨や野菜を長い時間煮込んだ出汁などはありませんが……手間のかかり具合でいえばカツオ出汁の方が幾倍もあるんです……」


「そうなんですか?」


「はい……。カツオ出汁の元となる鰹節は半年もかけて作られるんです……。ですからここでの調理時間とは別に半年もの時間がこの味噌汁に凝縮されている……というわけです……」


「はぁ~。そう聞くと何とも壮大な味のように思えますね……」


「こちらの出汁など煮込んでも十時間でしょう……? 和の国の出汁は数分でとり終えますが、その過程に至るにはとてもとても永い時を必要とするのです……」


「では認識を改めまして再度飲むことにします」


 アイリーンは目を輝かせながら味噌汁に取り掛かった。


「…………」


 そんな姫々とアイリーンのやりとりを見ながら一義はサンドイッチを頬張っていた。


 モキュモキュと咀嚼……後の嚥下。


「お兄ちゃん、タマゴサンドどう!? 音々が今朝市場で仕入れてきたタマゴだよ!」


「うん。美味しいよ」


「えへへぇ……」


 と恥じらいながら微笑む音々。


「旦那様……チーズサンドはどうだい? あたしが今朝市場で仕入れてきたチーズだ」


「先に同じく」


「えへへぇ……」


 と恥じらいながら微笑む花々。


「調理したのはわたくしですが……」


「うん。丁寧に作ってあって美味しいよ。姫々……」


「えへへぇ……」


 と恥じらいながら微笑む姫々。


 全員が朝食を食べ終わった後、姫々はメイド服の上にエプロンをかけて皿洗いをするためにキッチンへと消えていった。


 一義は音々によって外見を整えられて、花々によって王立魔法学院の制服に着替えさせられる。


 それからダイニングで姫々の淹れてくれた緑茶を飲みながら全員の準備を待つ。


 それぞれの私室からダイニングに出てきたのは王立魔法学院の制服に身を包まれたかしまし娘と……それからスーツを身に纏ったアイリーンであった。


 それらを確認し終えて、


「じゃ、学院にいこっか……」


 とダイニングテーブルから立ち上がる一義に、姫々がスススと近寄り、


「荷物をお持ちします……。どうぞこちらに……」


 と両手の平を上に向けて一義に差し出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る