中学生編「超清純派御嬢様」

 ――十二歳。私立鶴岡学園中等部入学。


 幼女から青春真っ盛りの女子高生まで世話になる者が多い我がお嬢様学園は、進学も基本的にエスカレーター式だ。申し訳程度のペーパーテストに合格すればすんなりと中学生に位を上げることができる。


 だが私は中等部に進学するか迷っていた。家庭の金銭事情を考えれば多額の費用がかかる鶴岡学園にいつまでも居座るのはよろしくない。地元の公立中学校で心機一転するのも悪くないだろう。


 しかし母から「学園の生徒でいなさい」と言われた。

 因みに私がクラスでハブられている事は母の耳には届いていない。つまり気の知れた友達が数多くいるのだろうと思っているわけで、母の見解としては折角の環境を経済的な都合で台無しにしたくないと考えていたはずだ。


 このような状態を踏まえると私が学園を辞めたいと強く訴えたら、辞めたい理由があるのではないかと勘ぐられる恐れがある。母にはこれ以上心配をかけたくなかったし、孤独とはいえ学園での生活も慣れていたので私は中等部への進学を選択した。



 一方、瑛美は地元の公立中学校に通う事になった。

 私と距離を置いてからの彼女はいつも一人で行動していたから、顔には出さずとも寂しさを感じていたのかもしれない。「ごめん」という一言すら掛けられなかった自分が憎い。いつか仲直りできる日が来るかと待っていたけれど、結局瑛美は私から離れてしまったのだ。どこまでも私は|失(・)|う(・)|女(・)であり、哀れなぼっちなのである。



 ◆



 相変わらず孤独な日々を送っていた私だが、中学生になってから新たな居場所ができていた。


 それは部活動。幼少期に習っていたピアノやバイオリンの特技を生かして吹奏楽部に入部したのだ。

 管楽器がメインの吹奏楽にバイオリンは要らないのではと思うだろうが、先輩達に「寧ろ欲しい人員だ」とせがまれて半ば強引に入部させられたのが始まりである。


 幸いにも私の父に関する噂は他学年までは及んでいなかった事から、部活の先輩達の目は暖かかった。

 私がこんな厚遇を受けても良いのだろうかと自問自答しつつ一年が過ぎ、中学二年生になって数日が経ったある日。


「はい、じゃあまずは自己紹介からしましょうか」


 広々とした音楽室の隅に集まる吹奏楽部員。部長の指示によって新入りの挨拶が行われようとしていた。

 私の後輩として入部したのは三名。どの子もお嬢様らしい気品が感じられるが、とりわけ可憐な女の子がいた。

 艷やかな長い黒髪は美しく、背は私より拳二個分ぐらい高い。凛とした顔立ちだが、はにかんだ笑顔はどこか幼い印象を覚える。

 きっと外界の醜さを知らないのだろう。丁寧な所作とお辞儀を魅せた彼女は潤んだ唇をゆっくりと開いた。


「では私から。……堂庭桜です。よろしくお願い致します」

「な……んじゃと……!」


 なんという事だろう。目の前に並んだ新入部員の中で一際輝く黒髪美少女が堂庭桜――つまり瑛美の妹だったなんて。


 彼女については瑛美から聞いていた。しかし名前が桜である点と同じ学園に通っていて年齢が一つ下という事以外は一切話してくれなかった。

 気になっていたが、無理に聞き出すのは変だし、人様の家庭事情に首を突っ込むのは失礼極まりないと思ったので私は敢えてその話題について触れなかった。


 だが瑛美が口を閉ざした理由も彼女を目にすると何となく理解できる。


 要するに自分より優れた妹を紹介するのが億劫だったのだろう。身長も人並みにあるしスタイルも抜群。所作も丁寧で瑛美は|疎(おろ)か私よりも大人びた雰囲気を漂わせている。とても姉妹には見えないな……。


「ご、ごめんなさい! 私、何か大変な粗相をしてしまったのでしょうか……?」

「いや違うぞ。わしが勝手に驚いただけじゃ。気にするでない」

「ありがとうございます。……あの、間違ってたら申し訳ないですがその言い方はもしかして……」


 真ん丸で大きな瞳を開かせながら、こちらを覗き込んでくる。相手は年下だというのに何故か緊張してしまうな。やはり彼女は瑛美に無い魅惑的なオーラがあるのだろう。


「修善寺先輩、でしょうか?」

「え、あぁそうじゃが。もしやわしの事を知ってるのかえ?」

「はい、もちろんです! お姉ちゃんからお話を伺っておりますので」


 私の変わった言葉遣いが有名になって他学年にも広まったのかと危惧したがどうやら違うようだ。それにしても瑛美の奴、私の事を教えていたんだな。一体どんな風に話しているのだろうか。『親友』って言ったのかな……。


「あらまあ、お二人さんはお知り合いなんですの?」


 私達の会話を隣で聞いていた部長が口を開く。そしてその質問に素早く応じたのは桜だった。


「はい! 修善寺先輩は私のお姉ちゃんの友達なんです。色々な事を知っていて達観している凄い人って聞いてます」

「確かにそうねぇ。雫ちゃんはしっかり者だと思いますわ」


 感心する二人の表情を見ると私はつい恥ずかしくなって顔を俯けてしまった。

 瑛美の奴……いくら何でも私を褒めすぎだぞ。


「わ、わしの話はいいから、早く自己紹介の続きを進めてくれないかえ」

「ふふ、そうですわね。雫ちゃんも困ってるみたいだし」


 含み笑いをする部長に促され、一時中断した本題が再開される。

 その時、桜の口が少しだけ動いた。


「先輩……可愛いなぁ」


 独り言のような呟きが聞こえたが……。気のせいだっただろうか。

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