小学生編「大喧嘩」

 あれから二年が経ち、私は小学五年生になっていた。


 母に託された「私の幸せ」は未だに見つけることができていない。そもそも幸せとは何だろうか。楽しかった思い出がほぼ皆無な私には探し物の特徴すら分からないのだ。

 やはり道のりは長くなりそうだ……。



 ◆



 ある日。

 普段通り登校した私は教室に入り、自分の机の上にランドセルを置く。

 友達と話す声があちこちから聞こえ賑やかであったが私は一人で黙々と仕度を進める。


 当然のように私はクラスからハブられている。だけど私は全く気にしていないし悲しくも無い。この生活は二年以上続いているし、もはや無視されるのが当たり前なのだ。


 それなのに……。



「雫ちゃん!」


 なんとクラスメイトが私に声を掛けてきたのだ。聞き間違いだと思ったが、確かに私の名前を口にしていた。これはとんでもない異常事態である。


「お主……頭のネジでも外れたのか? 保健室までなら案内してやるぞえ」

「ち、違うっての! 馬鹿にしないでよね!」

「ほっほっほ。今のは自虐ネタのつもりだったのじゃが」

「はぁ!? ったく、分かりづらいのよ……」


 相手の女子は唇を噛み締めながら悔しそうな表情。彼女は私に関する噂を広め、仲間外れにした主犯格だ。

 突然声を掛けられたのは驚いたが、それで有頂天になるほど私は阿呆ではない。きっと何か企んでいるはずだ。


「あと気安く名前で呼ぶのはやめておくれ。はっきり言ってウザいぞ?」

「もぅそんな事言って〜。私達仲良しでしょ?」

「むむぅ、これは精神病院送りかのう」

「……チッ。冗談が通じないわね」


 私に聞こえるように独り言を呟く彼女。別に私は冗談が通じない訳じゃない。わざと間に受けているだけだ。低俗と話すのは労力が要るから大変である。


「で、何の用じゃ? わしを|玩具(おもちゃ)にしても面白くない事は流石に理解しているじゃろう」

「ええ、もちろん。私はただ貴方に聞きたい事があったのよ」

「聞きたい事、か」


 私に纏わる話なら全て知っているはずだろう。今更何を知りたいというのだろうか。

 だがそんな疑問も彼女の一言によって一蹴されることとなる。


「修善寺さんって堂庭さんと仲良かったよね?」

「…………まさかお主!」


 ナイフのように鋭い勘を持っていた私はすぐに彼女の意図を理解することができた。


 こいつは私ではなくて瑛美の情報を聞き出そうとしている。

 それを噂で広められたら厄介だ。


「ねぇ待ってよー。そんな怖い顔しないでさー。私まだ何も言ってないじゃない」

「貴様……瑛美に何の恨みがあるのじゃ……」

「あらあら、私殴られちゃう? なんつって」

「答えるのじゃ。お前は瑛美の何を知った? あいつを貶めてお主に利益はあるのか?」


 唯一の親友であり捻くれ者の私を嫌っているものの理解してくれている、かけがえのない人。そんな彼女が窮地に立たされている。

 私みたいな辛い思いを瑛美にも味わせたくない。私が助けないと……!


「利益? そうだねー。退屈な時間が減ってくれることかな?」

「おのれ……!」


 ニンマリと笑う彼女は正に悪魔の顔。新しい獲物を見つけられて満足しているのか、上機嫌な様子だ。


「で、修善寺さんはどう思う? 堂庭さんの趣味、キモいと思わない?」

「…………ノーコメントじゃ」


 私は一方的に話を切り上げ、仕度の続きを進める。

 それから担任教師が部屋に入ってきて朝のホームルームが始まったのだが、教師の一言に私は戦慄した。


「堂庭さんは体調不良で欠席の連絡が入っていますので、当番の方は帰りにプリントを届けてあげてください」


 瑛美は見た目によらず体は頑丈なのか、いつも健康で授業を欠席することは非常に珍しい。つまり今日休んだ理由は恐らく風邪や発熱などの症状ではない。


 既に瑛美は攻撃を受けているのだ。


 長い一日をやり過ごして放課後になった途端、私は寮舎に向かって駆け出した。



 ◆



「瑛美!」


 ドアを勢い良く開け、|主(あるじ)の許可を得ぬまま中へ押し入る。

 数々のフィギュアやコスプレ衣装が並べられた部屋の中央で、瑛美は体育座りになって縮こまっていた。


「……あたしに何の用? プリントなら昼休みに当番の子が届けにきてくれたけど」

「助けに来たのじゃ。お主が辛い目に遭う必要は無い」


 趣味や個性は十人十色。個人の主観で否定されるなどあってはならない事だし、ましてや言葉の暴力でクラスというコミュニティから蹴落とすなんて絶対に許されない。私は瑛美の親友として、それを見逃す訳にはいかないのだ。


「助け? 何を言っているのかしら。あたしは具合が悪いから休んだだけよ」

「どうしてお主は隠そうとするのじゃ。わしは知っておるぞ。お主の趣味を良くないと思っている奴がいると……」


 そもそも体調が悪ければベッドで寝ているはず。体を丸めて肩を震わせて――瑛美が怯えているのは明らかなのだ。


「…………あんたには関係ないでしょ」

「関係ないわけ無いじゃろ! わしとお主は友達じゃないのか? 困った時に助けるのが友達じゃないのか?」

「余計なお世話よ。人の話に勝手に割り込まないで」


 まるで邪魔者を払い避けるかのように拒否する瑛美。そんな態度を受けた私はカチンと頭にきてしまった。


「ロリコン呼ばわりされて仲間はずれになりたいのならお好きにどうぞ」

「ふん! なら好きにさせてもらうわ」

「……何故お主はそこまで固執するのじゃ」

「ハルに振り向いてもらうためよ。当たり前じゃない」


 即答だった。瑛美は好きな人に近づく為に自分磨きを続けている。私はそれを否定するつもりは全く無いけれど、考えられるリスクについてはきちんと教えてあげたい。


「このままじゃお主は全てを失ってしまうぞ。暗闇に叩き落とされた状態でハルに告白できると思うのかえ?」

「そんなのやってみないと分からないじゃない! あんたとあたしは全然違うのよ」

「いいえ、同じじゃ。だから警告しておる。全部を犠牲にするより、どれか一つを犠牲にした方が良いじゃろ」

「うるさい! あんたはいつもそう。毎回上から目線で知ったかぶっちゃって……。一体あたしの何を知ってるっていうのよ!」


 甲高い声で怒鳴られる。

 確かに私は偉そうに話していたのかもしれない。けれど、これは瑛美の為なのだ。


「五年も付き合えばお主の考えくらいすぐ分かるのじゃよ。もちろん全てを知ったつもりではないが、好きな人の為に頑張る気持ちはわしと同じじゃろう」

「……でもあんたの相手は死んだじゃない」


 死んだ。

 ぶっきらぼうに言い放った瑛美だったが、その一言は私に深く突き刺さった。


 瑛美の好きなハルという人は生きている。でも私の好きな|蒼琉(あいる)くんはこの世には居ない。

 そんな当たり前の事実を改めて見つめ直すと、なんだか虚しくなってきた。


「死んだとしても……気持ちさえあれば同じじゃ」

「でも頑張った所であんたは報われないじゃない。その言葉遣いをずっと続けるって話もそうよ。いつまで自己満に浸ってるわけ?」

「……っ! 自己満なんかじゃない!」


 私は冷静さを失ってしまい、感情的に叫んでしまった。

 だが反論させて欲しい。私は彼の遺志を引き継いでいるだけなのだ。二度と会えないとしても想いだけは捨てたくない。


「じゃあ何だっていうのよ。まさか祈れば目の前に出てくるとでも思ってるわけ? いい加減現実を見たらどうかしら」

「お主……。言っていい事と悪い事の分別もつかなくなったのか……?」

「ふん。事実を言っただけよ。死人に固執するあんたなんかに忠告される筋合いは無いわ」


 プツッと頭の中で何かが切れる音がした。

 親友と思っていたけれど、もう|瑛美(こいつ)に助けの手を差し伸べる必要は無いだろう。思う存分地獄を見るといい。


「……なら結構。もうわしはお主を助けないし二度と話し掛けないから」

「あらそう。そうしてくれる方がありがたいわ」


 目を合わせず、お互いに明後日の方向を見ながら別れの言葉を告げる。

 瑛美の声は若干震えていたように思えたけどもう気にしない。


 無言で部屋のドアを開け、寮舎を後にする。

 夕暮れの日差しが妙に眩しく思えた。




===============


小学生編は以上です。

ちなみに喧嘩のシーンは本編3章12話の冒頭で桜が話した内容とリンクしています。


今後は中学・高校編と続いていきますが、かなり駆け足になると思います。

想像以上に話数が増えてしまった為の策ですが、こうなるのなら最初から新規小説として連載した方が良かったかもしれませんね(汗


※次話は12月8日(土)までに投稿する予定です。

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