中学生編「衝突の裏側」

「修善寺先輩! 少しお話していきませんか?」

「あぁ。わしは構わないが」


 桜が入部して一週間。練習が終わり、他の部員達が全員出て行った音楽室で彼女が居残りの誘いをしてきた。


「ありがとうございます。その……お姉ちゃんの事で少し聞きたいなって思いまして……」

「そうか。……まぁ、今は連絡すらとってないが」


 小五の頃にあった例の一件から瑛美と言葉は交わしていない。もう二年以上経ってしまったが、彼女は元気に過ごしているだろうか。


「やはりそうなんですね。……ところで修善寺先輩はお姉ちゃんをどう思ってます? 嫌い……ですか?」

「うむ……。嫌い、と言ったら嘘になるかのう」


 もう二度と口を聞かないなんて言って絶交してしまったが当時の私は感情的になっており、今は申し訳ない気持ちで一杯だ。


 瑛美ともう一度やり直せるなら、もちろんやり直したい。ゼロからでも良いからまた仲良くなりたい。でもそれは私の我儘で、瑛美が許してくれるかは別の話。きっと彼女はまだ怒っているはずだから、面倒な性格の私なんて見向きもしてくれないだろう。


「……なら安心です。お姉ちゃんもきっと先輩と同じ思いを抱いていると思いますよ」

「それは本当かえ? あの時の瑛美は相当怒っていたが」

「怒っていたのはお姉ちゃんなりの照れ隠しだと思うんですよ。先輩も分かってると思いますが、結構不器用な所があるんですよね」


 桜は何故かうっとりした表情で語る。姉の弱みを話すのが嬉しいのだろうか。いや、こんな真っ白な心を持つ彼女がまさかそんな腹黒な考えには至らないだろう。


「でももう私と顔も合わせてくれないはずじゃ……」

「そんなはずはないですよ。……先輩達が喧嘩した直後だと思うのですが、私の部屋にお姉ちゃんが泣きながら飛び込んできたんです」


 桜は過去の記憶を思い出すように外界の景色を眺めながら続ける。


「「あたしって馬鹿だ」って言いながら私の膝元にしがみついて泣いていました。その時のお姉ちゃんは本当に可愛くて……。じゃなくて酷い事を言ってしまったと後悔したらしいです」

「そんな話があったのか……。知らなかった」


 確かに瑛美は気持ちをストレートに伝えずに別の感情で隠してしまう事が多い。

 だがあの時の彼女の言葉は本音だと思っていた。私の弱点を|抉(えぐ)るような発言だったが、無茶苦茶な理論ではなく、はっきり言えば正論だったのだ。

 でも大人になりきれていない私は素直に受け取れずに反論した。絶縁に至った原因は私にあるのだ。それなのに……。


「お姉ちゃんは先輩を守ろうとしたらしいです。「イジメの標的にされた人間を庇ったらその人も犠牲になるから、あたしは一人で戦うんだ」って言ってました。だからお姉ちゃんは敢えて先輩との距離を置いたんですよ」

「瑛美殿……。わしの時は守ってくれたくせに……」


 私がクラスメイトからハブられた時は「許さない」なんて言いながら味方してくれた。

 それなのに何故自分がピンチの時は助けを求めないのか。私では力不足だというのだろうか。

 頼らなかったという事は私を本気で信じてくれなかったという事なのかな。なんだか少し寂しい気持ちだ。


「ですが……。お姉ちゃんは先輩を本気で嫌ってはいないと思います。今すぐ仲直りするのは難しいと思いますが、先輩も気に病む必要は無いですよ」

「桜殿……教えてくれてありがとう」

「いえいえ。でもこの事はお姉ちゃんには内緒にしておいてくださいね。バレると多分怒っちゃいますから」

「ほほほ。そうじゃな。瑛美は照れ屋じゃからのう」


 人の事は言えないけど。


 物理的な距離も離れたため瑛美と会う機会は激減してしまったが、次に彼女と会ったら私は感謝の言葉を述べたいと思う。その上でお互いが支え合う本物の親友になれるかどうか問うてみたい。それがいつになるか分からないけど、生きてる間に絶対言おう。



「あと話は変わりますけど、今度の日曜日は時間ありますか? 駅前の喫茶店で売ってるケーキが美味しいらしくて食べてみたいんです!」

「わしは構わんぞ。じゃが……あまり高い金額は払えないがのう」

「それは大丈夫です! 私が全部奢りますので」

「いやいや、後輩に奢られるのは情けない」

「まあまあそんな堅い事を言わず、私に任せてください!」


 そう言いながら屈託のない笑みを浮かべる桜を見ると、私はこれ以上食い下がる事ができなかった。それにお互いが支え合うのが|友(・)|達(・)なんだし。


「なら今回はお言葉に甘えさせてもらうとしようかのう」

「ありがとうございます! じゃあ今週の日曜日、待ってますからね」


 改めてニコッと笑顔になる桜。釣られて私も思わず笑ってしまった。


 この瞬間。私はほんの少しだけ幸せと希望を感じたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る