7-6「お主なのじゃよ」

「ほう……。これは想像以上の事態じゃのう……」


 俺が話終えると、修善寺さんは手を顎に当てて何やら考え始めた。


「俺……やっぱり堂庭に嫌われたのかな?」

「それは無い。じゃが……とうとうこの時が来たのじゃな……」


 修善寺さんは随分と深刻そうな顔をしていた。まるで起こるべくして起きた悲劇を目の当たりにしているようである。

 もしかして俺はとんでもない失態を犯してしまったのか!?


「宮ヶ谷殿……お主は本当に瑛美殿に嫌われたと思ったのじゃ?」

「うん……。だって「今までの関係はやめよう」と言われたし、それからは声も掛けてもらえない。……あの時の俺の返事が悪かったのかなぁ」


 俺が最後に堂庭と話したのは「堂庭が俺の手助けをしているから、お返しとして守ってくれているのか」という質問に対する返事だ。

 俺はこの質問に肯定していた。堂庭はそれを聞いて態度を変えたのだから原因はきっと俺の答えにあるのだ。

 でも……たったこれだけで絶交寸前のような関係になるのだろうか。俺が嘘をついた事を見抜いていて、それに対して怒っているのだろうか……。


「着眼点は悪くないのう。でも落ち着いて考えるのじゃ」


 真剣な表情で答えた修善寺さんがベンティ(以下略)を一口。彼女はきっと堂庭の真意を見抜いている。やはり、俺の知らない堂庭を修善寺さんは知っている。


「まずは「瑛美殿に好きな人がいる」という発言じゃが、何故お主|以(・)|外(・)の人を好きになったと解釈したのじゃ?」

「だって普通に考えたらそう思うだろ。態度も冷たかったし……」

「でも瑛美殿は「|他(・)|に(・)好きな人がいる」とは言ってないはずじゃ」

「確かにそうだけど……」


 修善寺さんの素振りからすると、堂庭の好きな人って――――いや、無いな。流石にそれは無いだろう。


「確認のため聞いておくが、瑛美殿がお主以外の男と遊んだり恋をした事があると思うかえ?」

「それは無いと思う……だから驚いているんだよ……」

「はぁ……。もう|埒(らち)が明かないからはっきり言うぞ。鈍感なお主の為にわしが全て話して進ぜよう」


 殿様のような言葉遣いで話した修善寺さんが続ける。俺は生唾をゴクリと飲んだ。



「ずばり……瑛美殿の好きな人は宮ヶ谷殿、お主なのじゃよ」




 ………………え?

 一瞬頭が真っ白になった。

 待て待てどういうことだよ。堂庭が俺を好きって……有り得ないだろ!


「まさかそれは無いよ。うん、有り得ないって」

「ほっほっほ。四六時中べったりくっついてて学校から帰る時は必ず一緒だというのに好きじゃない訳が無かろう」

「それは……幼馴染みだし、日頃の付き合いというか……」

「家が近所というだけで一緒に下校できたら苦労する男はいないじゃろうな」

「ぐっ…………」


 まあ確かに堂庭との仲の良さは他と違う感じはしていたけど、まさか……ねぇ。


「ふふ、まだお主は信じてないようじゃな? なら小学生だった頃の瑛美殿を話してあげるとしよう。きっと知らない情報がてんこ盛りで驚くはずじゃぞ」


 ベ(以下略)を飲みきった修善寺さんは得意気な顔。

 俺が堂庭と唯一疎遠になっていた小学生時代の情報は修善寺さんの方が圧倒的に持っているのだから、信じ難いけど話は聞くしかない。


「正直に言うが、お主は迷惑な奴と思っていたんじゃよ。瑛美殿はいつも宮ヶ谷殿の話をしておってのう。困った事があってもすぐに助けてくれるとか、優しくて格好いいとか……とにかくベタ褒めしまくってて、聞いてるわしは飽き飽きだったのじゃ」

「それは……なんか申し訳ないな……」


 普段はだらしないとか駄目人間とか言ってくるくせに……。


「だから宮ヶ谷という奴はきっと超絶なイケメンに違いないと想像していた。瑛美殿は学園の中でも目立つ方の可愛さを持つ見た目だったし、そんな乙女が惚れる相手は白馬に乗った王子様が少女漫画の定番じゃからな」


 なるほど……だとすると俺は超絶イケメンなプリンスなのか。――いや、それは無いな。仮に認めたら唯のナルシストになってしまう。


「そしてお主と出会った……。不良と聞かされた時は一瞬驚いたのじゃが、それよりもあの時は笑いを抑える事に必死だったのう」


 修善寺さんはクスクスと思い出し笑いをしながら続ける。


「なんせあのイケメンな宮ヶ谷殿がとんでもない庶民顔だったからな。本当に瑛美殿の幼馴染みなのかと疑ってしまったくらいじゃ」

「あぁ……。確かに初めて会った時は俺をディスってたよな」


 初対面なのに容赦の無い人だと思っていたが、まさかそんな裏話があったとは……。


「でもお主とデートに連れられて気付いたのじゃ。隣にいると安心感というか優しさに包まれている感覚がしてのう。見た目はアレじゃが瑛美殿が惚れる理由がはっきりと分かったのじゃ」

「そ、そうか……」

「あのデートは罰ゲームという名目で執り行われた訳だけど、もしかしたら瑛美殿はお主の良さをわしに知らしめたかったのかもしれないのう」


 修善寺さんは遠い目をしながら一人頷いた。

 はぁ……。話を聞けば聞くほど恥ずかしいし照れてしまうな……。


「まあそういう背景もあるのじゃから、瑛美殿がお主を好んでいる事は間違いない。冷たい態度をとった件はきっと戦略じゃろうな」

「でも……堂庭はずっと俺に話しかけてくれないぞ……」

「それも作戦じゃ」


 俺の返事を一蹴する修善寺さん。作戦と言われても……よく分からないな。


「宮ヶ谷殿。もし積み上げられた箱の上に一つのボールがあってそれを取りたいとする。でも手は届かないので長い棒を使うことにした。……お主だったらどうやってボールを取るかえ?」

「そうだな……まずは棒でボールを突いてみるかな」


 何かの例え話をしているのだろうけれど……意図が全く分からない。


「まあ普通はそう答えるじゃろう。――なら積み上げられた箱の向こう側……自分が立つ位置の反対側が奈落の底になっていて、ボールを突いたら底に落ちてしまう状況だったらどうする?」

「そうしたら……落ちないようにボールを手前に引くかな」

「そういうことじゃ」


 満足気に頷く修善寺さん。どうやら俺の答えに問題は無かったようだ。


「瑛美殿は自分を好きになってくれるようにずっとお主にアプローチをしていたのじゃ。でもいつまで経っても幼馴染みの仲を超えることができなかったから、一か八か賭けてみたのじゃろうな」

「押すことができなかったから引いた……?」

「その通り。瑛美殿は気付いて欲しかっただけのはずじゃ。手法は汚いというか面倒臭いというか……わしのやり方とそっくりじゃな」


 堂庭がそんな風に思っていたなんて俺だけでは絶対に分からなかったよ。もっと直球に言ってくれればいいのに……。


「まあ瑛美殿なりの乙女心なのじゃから気に病む必要は無いぞ。お主が愛を伝えれば瑛美殿は飛び跳ねるくらい喜ぶだろうし。もし喜ばなかったらわしが責任を取ってお主の恋人になってやるぞ」

「いやいや、責任の取り方がおかしいでしょ」


 失敗しても滑り止めがあるから平気とか……高校受験かよ。


「ほっほっほ。まあ冗談じゃが……。でも冗談じゃないほうが、わしは嬉しいかもしれないのう」

「え…………」

「少しだけ、余談を挟んでも良いか?」

「あ、あぁ。俺は構わないけど……」


 すると修善寺さんは「ありがとう」と一言返事をして寂しそうな微笑みを浮かべながら話を切り出した。


「わしが五歳だった頃の話じゃが……。一人の男友達がおってのう。年齢は分からないけどランドセルを背負っていたから小学生であることは間違いなかったのじゃ」

「男……か。意外だな」


 不良を嫌う修善寺さんだから男友達なんていないと思っていたけれど、昔は違かったのかもしれないな。


「そいつは午後二時頃……わし達が帰る頃になるといつも園庭の隅から顔を覗かせに来てのう。わしは先生達にバレないようにこっそりと抜け出して彼とお喋りしていたのじゃ」


 修善寺さんは空になったコーヒーカップを見つめながら話を紡いでいく。


「本当に面白い奴でのう。最期まで名前を聞けなかったのが悔やまれるが……。ただ、そいつの雰囲気や見た目はお主とそっくりだったんじゃよ」


 マジか……。まあ俺みたいな平凡な野郎はきっとどこにでもいるのだろう。是非とも宮ヶ谷晴流大量発生説を提言したい。


「彼はわしの人生に大きな変化をもたらしてくれた。……良くも悪くもな。会えるものなら会ってみたいが……彼はもうこの世にはいないのじゃ」


 寂しげな表情を変えずにただ一点を見つめる修善寺さん。


「宮ヶ谷殿に出会ったことで、わしは亡くなったそいつの事を思い出したのじゃ。優しくて、面白くて、そして…………恋焦がれていたあの人を。だからもしわしがお主の恋人になったら絶対幸せになれるのだろうなって密かに思っていたんじゃよ」

「そんな……俺が……」


 衝撃的な話である。修善寺さんって普段は隠しているだけで本当は裏が多い人なんだよな。その分、何を考えているのか、本心が何なのか分からない事もあるし。


「でも現実は非情じゃ。お主は瑛美殿の幼馴染みで、わしがお主と出会えたのも瑛美殿と仲が良かったからなのじゃ。だからわしがお主に恋をしてもそれが実ることは絶対に有り得ない。これもまた|運(・)|命(・)なのじゃろうな……」


 考えればそうかもしれない。

 もし堂庭が介入していない場所で修善寺さんと出会っていたとしても俺の決断は変わらないはずだ。俺が選ぶ相手はもちろん……。


「修善寺さん……。それでも俺は――」

「分かっておる。語弊を招いたかもしれんが、わしはお主に今でも気があるとは言ってないからな。嫉妬もしてないし、未練も無い。ただ……不条理なこの世界に愚痴をこぼしただけなのじゃ」


 修善寺さんは小さな溜め息を一つ漏らした。

 彼女の感性は独特だ。とても同級生とは思えない考え方だな……。


「ふふ、すまないのう。気まずい空気にはしたくなかったのじゃが……。あ、そうだ。お主に言いそびれた事を思い出したのじゃ!」

「言いそびれた事?」

「そうじゃ。瑛美殿がロリコンになった理由……お主は知らないじゃろ?」

「え……それはもちろん知らないけど……」


 もしかして修善寺さんは全て分かっているのか……!?


「なら今のうちに話しておいた方が良いな。でも……わしよりも|彼奴(あやつ)に言わせた方が二度手間にならなくて済むか……」


 俯きながらぼそぼそと呟く修善寺さん。顔色は若干曇っている。


「宮ヶ谷殿……大変申し訳ないのじゃが、わしの尻拭いをお願いしても良いか?」

「えっと……どういう意味?」

「瑛美殿に告白する前にお主とケリをつけなくちゃいけない奴がおるのじゃ。これはわしの犯した過ちだし、責任も取るべき問題なのじゃが……。お主が疑問に思っている事は全てそいつに話させる。だから協力してくれないか?」


 修善寺さんの目は真剣だった。

 一体誰なのか分からないけど……多分俺が知ってる人だろうし、引き受けるしかないよな。


「……分かった。俺はその子と話をすればいいんだな?」

「左様。なら明日の夕方は家にいておくれ。待っていれば対戦相手は訪れるじゃろう」


 まるで戦闘前にアドバイスをしてくれる仙人みたいな言い方だな。というか戦うわけじゃないでしょ……。


「了解。明日も暇だし家で待つことにするよ」

「ほっほっほ。じゃあよろしく頼むぞ。――明日は|最終決戦(ラストデュエル)じゃ!」

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