7-7「じっくりとお話しましょ!」

 修善寺さんに様々な真実を聞かされてから一日が経った。


 なんとこの日の俺は珍しい事に学校で一睡もせずにやり過ごしていたのだ。人生初の快挙かもしれない。誰か祝ってくれないかな。


 しかし居眠り名人である俺が授業中に眠らないというのはある意味異常であり、確固たる理由が無ければ寝ない方がおかしいとも言える。


 今日は沢山の考え事が俺の睡魔を阻害していたのだ。

 まず、堂庭が俺を好きだなんて知ったら妄想が止まらなくなるのは火を見るより明らか。堂庭と笑いあったり食事をしたりゲームをしたり……今までと変わらない日常でもお互いに通じ合ってると考えるだけで何百倍も可愛くみえるし愛おしく思えてしまう。おまけにニヤケ顔も止まらなくなってしまったので傍から見たらただの変態である。

 更に昨日、修善寺さんから言われた最終決戦についても気になっていた。相手は誰だか分からないし、何を話すのかも分からない。それに俺が堂庭へ告白する前に話すべきと言うのだから益々分からない。


 そんな妄想と悩みの種を抱えつつ、学校から一人で帰宅した俺は玄関の扉をゆっくりと開けた。


「ただいまー」

「あ、お兄ちゃんお帰り!」


 部屋の入口からひょっこりと顔だけ覗かせた舞奈海と目が合った。


「さっきなんだけど、お兄ちゃん宛に荷物が届いてたよ」

「あぁ……」


 靴箱の上に小さめの段ボールが置いてあった。

 そっか、今日届く予定になっていたんだよな。


「箱を見たけどなんかよく分からない英語がいっぱい書いてあるし、ブランドみたいなマークもあるけど……もしかしてお兄ちゃんオシャレに目覚めたの?」

「えっと……」


 段ボールの外観は如何にも海外ブランドを匂わせるデザインだった。舞奈海の勘も鋭いけど……中身を教える訳にはいかない。


「ま、まあな……俺も高校生だし波には乗らないとって思ってね」

「うわぁ、お兄ちゃんが流行りとかオシャレとかなんかムカつくんだけど」


 頬を膨らまして不服そうな顔をする舞奈海。なんだよ、俺がオシャレするのは駄目だって言うのかよ。


「というか何をしようが俺の勝手だろ」

「そうだけど……怪しい感じがするんだよねぇー」


 ジト目で睨まれる。

 通販だとア〇ゾンぐらいしか利用しない俺だから、何か裏があるんじゃないかと疑われるのも当然か。

 それでも中身は言えない。そもそも俺が使う物じゃないし、渡す物だから……。


「取り敢えず荷物を受け取ってくれてサンキューな。あと……しばらく外へ遊びに行っててくれない? 二時間くらいでいいからさ」


 恐らくあと少し待てば俺に用がある人物がやってくるだろう。しかしどのような展開になるか予想できないし、できれば家には俺だけがいる状態にしておきたいのだ。


「えぇー。なんで私だけ出掛けなきゃいけないの?」

「それは……別に何でもいいだろ」

「何でも良くないよー。それとももしかして……女連れ込んでイチャイチャするから私は邪魔って事ー?」

「んなっ!? な、そんな訳ねぇだろ!」


 小学生のくせにおマセな子である。いつからこんな知識を身に付けたんだか……。


「本当にぃ? でも紗弥加姉さんが言ってたよ。お兄ちゃんはいつも女の子と遊んでいてハーレムしてるって」

「してねぇよ! 都筑の奴め、また嘘を吹き込みやがったな……」


 今度会ったら文句言ってやる。


「まあお兄ちゃんが浮かれてるのはイライラするけど私には関係ないし。あと今ゲームで忙しいから外には出ないよ!」

「うーん、そこをなんとか! 大仏チップスも買うからさ」

「そう言われてもねぇ。あ、でも駅前の美味しいケーキを買ってくれたらお兄ちゃんの言う事聞いてあげる!」

「駄目だ。ケーキは高いんだよ」

「じゃあ言う事聞かなーい」


 ふんっと不貞腐れた表情で部屋へ戻っていく舞奈海。ワガママな所は実に小学生らしいな。


「さて、どうしたものか」


 俺は一息ついてまずは自室に引き上げようと前に踏み出した。すると……。


 ピンポーン


 インターホンが一回だけ鳴った。もう来てしまったのだろうか。早いな。


「はーい」


 再び玄関に引き返して恐る恐るドアを開ける。しかしその先にいたのは――見慣れた女の子の姿だった。

 俺達と同じ、東羽高の制服を着ており、その上に紺色のトレンチコートを羽織っている。

 背丈は一般的な女子高生と同じくらいでストレートな黒髪ときめ細やかな白い肌が清楚な印象を与えていた。


「桜……ちゃん?」

「はい、こんにちは!」


 笑顔が眩しいその女の子は――堂庭より一つ年下の妹、堂庭桜ちゃんだった。

 まさか彼女が修善寺さんが言っていた、俺と話したい人……?


「えっと、うちに来たのって……」

「お兄さんと話をするためです!」


 ですよねー。でも何を話すのだろう……。


「そっか……。まあ上がってよ、お茶とか出すからさ」

「いえいえ、お構いなく。……ところでお兄さん、顔が引きつっているように見えますけど大丈夫ですか?」

「え! そ、そうかな?」


 桜ちゃんの真ん丸で大きな瞳に見つめられる。

 俺は緊張していた。これから話す内容、それも堂庭へ告白する前に話すべきと言われているのだから真剣な話である事は間違い無い。

 しかも相手は桜ちゃんだ。身内という立場上、俺よりも堂庭に近い存在である彼女が、このタイミングで会うのだから緊張しない訳がない。

「娘さんをください!」って言って土下座をした方が良いのかな。いや、それは堂庭のお父さんにすべき事か……?


「あ、舞奈海ちゃんこんにちは!」


 桜ちゃんの視線が俺の背後に向けられる。

 振り返るといつの間にか舞奈海が満面の笑みで立っていた。先程のふくれっ面はどこへ行ったんだよ。


「桜お姉ちゃんお久しぶりです! あの……今ゲームやってるんですけど、用が終わったら一緒に遊びませんか?」

「うーん、遊びたいのはやまやまだけど……」


 腕を組んで考え込む桜ちゃん。一方、舞奈海は期待の眼差しを向けていた。ったく、さっきは女を連れ込むとかほざいてたくせにとんだ手のひら返しだぜ。


「ごめんねぇ、今日は時間がかかると思うから舞奈海ちゃんとは遊べないかも」

「そうですか、残念です……」


 時間がかかるのか……。なんか胃が痛くなってきたな……。


「あと今日はお兄さんと大事なお話をしなくちゃいけないから、悪いけどしばらく外へ出かけてもらえないかな? お返しとして今度一緒に遊んであげるから……お願い!」


 なんと、桜ちゃんも舞奈海を追い出そうとしているではないか。しかし舞奈海は今ゲームで忙しいから動けないはずだが……。


「分かりました! 桜お姉ちゃんが言うなら仕方ありませんね。外で遊んできます!」

「本当にごめんね……」


 おいなんだよその二つ返事は。俺が頼んだ時と丸っきり態度が違うじゃねぇか。

 軽やかな足取りで俺の横を通り過ぎる舞奈海。そして「いってきます」という挨拶とともに俺に向かってあっかんべーをしやがった。こいつ……確信犯だな。


「ふふ、舞奈海ちゃんとお兄さん、仲が良いんですね」

「どこをどう見たらそうなるんだよ」


 完全に嫌われ者だっただろ、俺。


「私もお姉ちゃんともっと仲良くなりたいんですけど……最近様子がおかしくて、私に全然話しかけてくれなくなっちゃったんですよね……」

「そ、そうなんだ……」


 途端に気まずくなる。様子がおかしくなったのってやっぱり|あ(・)|の(・)|日(・)からだよな……。


「じゃあお兄さん。これで二人きりになれましたし、じっくりとお話しましょ!」

「おぅ……」


 桜ちゃんは優しく微笑みかけてくれていたが、この時の俺はその笑顔すら恐怖に思えてしまっていた。

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