7-5「その理由を聞きにきたのじゃ」

 翌日。

 帰りのホームルームが終わった後、さっさと支度をして教室から立ち去る堂庭を横目に俺は溜め息をついた。


 言うまでもないが状況はまだ変わっていない。あいつは俺と会話をするどころか目も合わせてくれないし、近付くとわざとらしく逃げてしまう。まるで主人に全く懐かない子猫のようだ。悲しい。


 告白……本当にできるかな……。


 クラスメイト達の雑談で賑わう教室の中、自席について黄昏時の景色を眺める。確か昨日も同じような事をしていたよな。


 どこからか管楽器のチューニング音が聞こえてきた。恐らく吹奏楽部の練習が始まったのだろう。

 放課後の学校を様々なBGMで彩ってくれる彼ら彼女らだが、最近は卒業ソングが多い。きっと約一ヶ月後に控える卒業式に演奏するのだろうと考えると、感慨深いものがある。……俺はまだ卒業しないけど。


「ふふ、実に頼り甲斐の無い背中じゃのう」


 後方から俺に向けて呼ぶ声がする。振り向くとニヤニヤと口角を上げた修善寺さんがこちらを見ていた。

 彼女が俺達の学校に転入してからおよそ半年。当初は異色のお嬢様として周囲から浮き立つ存在になっていたけれど、もうすっかり庶民的な高校生に生まれ変わっている。時が経つのは早いもんだなぁ。


「何の用だ?」

「そんなの決まっておるじゃろう。お主が瑛美殿と一緒に帰らないのは明らかにおかしい。その理由を聞きにきたのじゃ」


 修善寺さんは頬杖をつく俺の顔を覗き込みながらニンマリと笑う。

 一緒に帰らないのはおかしいという理論もおかしいと思うが、堂庭と口を聞かないという普段では絶対に有り得ない状況が起きているのだから修善寺さんが疑問に思うのは当然だろう。


「話すと長くなるけどいいか?」

「わしは構わんぞ。じゃがここで話すのは落ち着かないと思うし場所を変えるとしよう。都筑殿から教えてもらったシャレオツなカフェがあって、そこに行きたいのじゃ」


 都筑から教えてもらった、か。

 どんな店なのかは未知数だが、あまりにもお洒落過ぎるカフェだと俺は怖くて入れないぞ。この前、桜ちゃんの案内で入った喫茶店も中々のお洒落っぷりだったがあれが多分俺の限界だ。そもそも平凡な男子高校生にとってはカフェ自体のハードルが高い。コーヒーの種類もよく分からんしな。…………って愚痴は後にするとして。


「そのシャレオツなカフェとやらの場所は分かってるの?」

「今更何を言うのじゃ宮ヶ谷殿。最強に方向音痴なわしが分かる訳なかろう」

「ですよねー」


 威張ることじゃないと思うけど。

 ただ住所は都筑から聞いていたようなので、俺はスマホの地図アプリに目的地をセットして賑やかな教室から出ることにした。


 ――修善寺さんは俺の知らない堂庭をよく知ってる。この際だし、どう告白したら良いか相談してみよう。



 ◆



「え、ここって……」


 地図アプリの指示通りに歩き目的地に着いた。場所は学校の最寄り駅に隣接する駅ビルなのだが……。


「ここ、ス〇バだよね?」


 修善寺さんがシャレオツなカフェと豪語していたそれは、某世界的に有名なカフェチェーン店だった。まあお洒落ではあるけどド定番だよな……。


「お、宮ヶ谷殿は知っとるのかえ? お主も中々のオシャンティーじゃのう」

「いや、これぐらい知ってて当然だと思うけど……」


 でも修善寺さんは鶴岡学園で寮生活をしていた期間が長かったし俺達の常識が通じない事もあるのか。所謂箱入り娘ってヤツだな。


「取り敢えず入るとするかのう。注文が不安じゃが……何かあったら頼むぞ、宮ヶ谷殿!」

「え、俺!?」


 何かあったらって何があるんだよ、注文するだけだろ。

 多少の不安は残るが、修善寺さんは好奇心に満ち溢れた顔をしながら店内に入っていってしまったので、俺は仕方なく後に続くのだった。




「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

「はい、えっと……」


 随分と動揺した素振りを見せる修善寺さんはブレザーのポケットから一枚の紙切れを取りだして内容を読み上げ始めた。


「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースチョコチップエクストラコーヒービターキャラメルフラペチーノをください……なのじゃ」

「はい、かしこまりました。ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンド(以下略)ですね」


 ちょっと待って何今の!?

 謎の呪文を修善寺さんが読み上げたと思ったら店員さんは平然とした態度で確認してるし……まさか今のが注文だったの!?


「修善寺さん……まさか……」

「ほっほっほ。都筑殿から「この通りに言えばス〇バマスターだよ」と教わってのう。これでわしも宮ヶ谷殿と同じオシャンティーじゃ!」

「違う……そうじゃないんだ……」


 都筑め……単に言わせたかっただけだろ……。


「お連れのお客様は……ご注文はいかがいたしますか?」

「あ、俺は普通のホットコーヒーでいいです。サイズはMくらいのヤツで」


 注文するだけなのにこんな複雑だとは思わなかった……。

 やっぱり平凡な男子高校生にとって、喫茶店はハードルが高いのである。



 ◆



「フラペチーノは言い方を間違えると卑猥じゃのう」


 商品を受け取ってテーブル席に座った修善寺さんが何の躊躇いもなく答えた。

 言いたいことは分かるけど……女の子なんだからそういう危ない発言は控えた方が良いと思うな。聞いてる俺が恥ずかしくなってしまうよ……。


「そうかもしれないけど……修善寺さんって結構大胆な発言をするよな」

「うーん、わしはそう思っておらんが……。まあ嘘をつかず、言いたい事をはっきり言うのがわしのポリシーじゃからな。もちろん自重もするが、周りの目は極力気にしないようにしている」


 嘘をつかないという話は以前にも聞いた気がする。やはり修善寺さんは自分の信念を貫いているんだな。

 その反面、俺は自分の想いにすら気付けない馬鹿っぷり……。情けないよな。


「俺も見習わないと……。自分を知るというか貫くというか、そういうのって凄く大事な気がするよ」

「ほっほっほ。正にその通り。『|彼(か)を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉もあるくらいじゃからな」


 なるほど……って今の言葉、前に誰かから聞いたような気がしたけど……。誰だっけ?


 修善寺さんは手にしていたベンティアドショットヘーゼルナッツ(以下略)を一口飲んだ。生クリームやらアーモンドやらのデコレーションが施されていており、見た目だけで美味しそうだ。俺も釣られて手元のホットコーヒーを啜り飲んだ。砂糖が足りないのか、少し苦かった。


「じゃあ瑛美殿との件、じっくりと聞かせてもらうとするかのう」


 ベンティアドショット(以下略)に刺さっているストローを弄くり回していた修善寺さんが答える。


「そうだな……」


 俺は平沼に相談した内容とほぼ同じ話を始めた。

 堂庭が好きという点も加えて……。

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