その4-1「俺と堂庭のクリスマス」(TRUE ROUTE)

 とある日の昼下がり。

 背の高い金属格子の門の前に来た俺は、その隣にあるインターホンを押した。


「……今向かうからちょっと待ってて」


 ピンポーンという電子音の後に聞こえてきたのは慣れ親しんだいつもの声。

 はぁ……今日はクリスマスだというのになんで堂庭の用事に付き添わなければいけないんだ。

 とはいえ俺も暇だったので寂しい男として仕方無く幼馴染みの誘いに乗ってあげているのだが。


「やっほー。今日もいい天気だね」


 軽快な足取りでこちらに駆けてくる堂庭。

 いつもの声音といつもの態度。でも見た目が普段とは大きく異なっていた。


「今日はどうしたんだ? なんか無駄にお嬢様感が出てるぞ」

「無駄じゃないわよ。……でも本当はゴスロリにしようと思ったんだけど、今日は|大(・)|人(・)らしくいこうと思ってね」


 そんな珍しい発言をする堂庭の格好も珍しい。

 まず一番の変化は髪型だ。お決まりのツインテールではなくサイドテールになっており低めの位置で結ってある。

 着ている服も子供服ではなく、紺色のロングコートに落ち着いた赤色のマフラーを巻いていた。


「ど、どう……似合う、かしら?」

「あぁバッチリだ。寧ろいつもより似合ってると思うぞ」


 決して大人らしいとはいえないけど真面目な女の子らしさが滲み出ていた。正直、今の姿は凄く可愛いと思う。恥ずかしいから言わないけど。


「そっか……ありがとね…………えへへ」


 堂庭は照れくさそうに笑っていた。そんな顔を見ていると……俺は自分の鼓動が激しくなっている事に気付いた。


 ――まただよ、この感覚。堂庭と二人でいる時によく起こるのだが最近は特に多い気がする。もしかして病気……なのか。


「そ、それで……今日はどこに行くんだよ」


 あさっての方向を見ながら問う。今は堂庭を直視することが出来なかった。


「あたしも女子力を付けた方が良いかなーって思ってね。今日はブランドのアクセとか買いまくるよ!」

「発想が庶民離れしてるよな、やっぱり」


 流石は富裕層。自家用車がリムジンである人のセリフとしてはおかしくないだろう。でも堂庭が女子力を付けたいと言ったのは驚いた。普段は幼女力を磨いてるくせに突然大人らしくなろうとして……一体どういった心境の変化なのだろうか。


「あ、でも大丈夫だよ。今日は晴流でも場に馴染めるようにアウトレットにするから」

「そうですかわざわざご配慮ありがとうございます」


 本人に自覚は無いのだろうけど、一般ピープルの俺としては嫌味ったらしく聞こえてくる。何回も言われているし、もう慣れたけどね。


「はい、これが地図。新幹線は使って大丈夫だからここまで連れてって」

「…………は?」


 笑顔の堂庭に渡されたのは今日の目的地であろう場所が書かれた一枚の紙。まさか行き方が分からないから俺に案内しろと?


「おい、今日俺を呼び出した理由って……」

「ふふ、もちろん報酬も用意するわよ。そうね……欲しいブランド物を一つ買ってあげるわ」

「そういう問題じゃねぇよ……」


 堂庭は方向音痴だから俺に道案内を頼むのは分かるけど、場所を今言うのはやめてほしい。しかも新幹線って……どこに行く気だよ。

 はぁ……やっぱ家でのんびり過ごしていた方が良かったなぁ……。


 鼻歌を歌い始めて上機嫌な様子の堂庭に対し、俺のテンションは下がる一方だった。



 ◆



「おぉー! 着いた? ねぇ着いた?」


 幾度の乗り換えを重ね、二両編成なのにすし詰め状態という摩訶不思議な満員電車に揺られながらも、なんとか目的地近くの駅に辿り着いた。

 俺は既に疲れ切っていたが、堂庭は元気に満ち溢れていた。まるで遠足を楽しむ小学生のようである。


「ここからシャトルバスで行くみたいだな。……でも待ち時間が少しあるな」

「ねぇ晴流見て富士山だよ! こんなに大きいの初めて見た! 写真撮ろうよ!」


 俺の話なんて聞かずに目を輝かせている堂庭。大人らしさはどこへ行ったんだよ……。


「とりあえず先にバス停で確認を――」

「わぁ凄い、富士山ソフトだって! 美味しそう!」

「おい待てって……!」


 無理矢理腕を引っ張られ、近くにある売店まで連行される。

 駄目だこりゃ……今日は堂庭に大人しく従うしかないようだ。



 ◆



「結構人も多いんだねー」

「……そうだな」


 堂庭に写真を撮らされ、真冬の寒さにも関わらずソフトクリームを食べさせられ、終始振り回されていたものの、無事にプレミアムアウトレットへ到着した。

 どうやらここは世界中のブランドメーカーのお店が集まっているらしく、周囲は木々に覆われている山奥だというのに観光客で賑わっていた。

 堂庭がファッションに大人らしさを取り入れたくらいだから、買い物客はドレスやタキシードを着たセレブばかりだと想像していたが、実際はごく普通の家族連れが多く、よくあるテーマパークと言われても納得のいく光景だった。


「あそこにミャウミャウがあるじゃん! 行こう!」

「だから引っ張るなって、痛いだろうが!」


 人混みを掻き分けて走り出す堂庭。

 そんな急がなくてもお店は逃げないぜと思ったが、彼女の無邪気な笑顔を見ていたらそんな事どうでもいいと感じた。



「うわぁ。このバッグ七万円だって。凄い安いじゃん!」

「いや高いだろ!」


 店に入るなり俺の目は点になった。

 ブランド品高すぎだろ……見た目は地元の洋服店とさほど変わらないのに値段がどれも一つ桁が多いのだ。


「でも半額なんだよ! お買い得だよこれ!」

「そんなスーパーのおつとめ品みたいな言い方をされても納得できねぇよ」


 複数人の諭吉さんが出て行く時点でお得感は皆無である。やはり、金持ちの思考はスケールが違うな……。


「もう、晴流が貧乏ってのはよく分かってるけど、ここでは優雅に振る舞ってよね。雰囲気とかあるし」

「はいはい……」

「でも安心して。セレブなオトナ女子に|扮(ふん)したこのあたしの側にいれば問題ないわ」

「はいはい……」


 薄っぺらい胸を張りながら得意気な様子の堂庭。たかが年相応のコートと髪型を変えたくらいで大人になんて見える訳ないのだが、本人は満足しているようなので放っておくことにする。

 彼女はそれから七万円する例のバッグと数万円のアクセサリーを三個ほど持ってレジに向かった。


「いらっしゃいませ……合わせて十五万三千円になります」


 レジの前。俺は言われた通り堂庭の隣に立っていたのだが……。

 店員さんは明らかに俺の方を見ている。確かに財布を出すのは俺だと思うよな。

 また、堂庭も自分が支払わないと思われた事に気付いたようで……。


「待って、払うのはあたしだわ! 現金一括よ!」

「あ、申し訳ございません……」


 堂庭は頬を赤らめながら財布から紙幣を取り出していた。普段なら幼く見えたと喜ぶのに悔しがるのは珍しいな。


「ちょっと晴流! なんで笑ってるのよ!」

「いや、笑ってねぇし」


 こいつにセレブなオトナ女子は似合わない。そう思うと何故か笑いを隠せなかった。



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一部に地元ネタが含まれています。

※次話は5/6(日)投稿予定です。

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