その3「私とお兄ちゃんのクリスマス」

 私は宮ヶ谷舞奈海。九歳です。大仏チップスというスナック菓子が大好きなごく普通の小学生です。


 今日はクリスマスですがお兄ちゃんが家にいます。てっきり瑛美りんと出掛けるのだと思ったけど、ロリコン限定のイベントに瑛美りんが参加するから都合が合わなくなったみたい。お兄ちゃんはどう思ってるのか知らないけど私はそれを聞いた時、ちょっぴり嬉しかった。


「お兄ちゃん、今日暇だからどっか連れてってよ」


 リビングのソファで寝転がるお兄ちゃんに声を掛ける。ボサボサの髪に如何にも眠たそうな顔。ああもうだらし無いなぁ。


「外は寒いだろ。暇ならゲームしようぜ。この間買った新作もあるし……」

「新作……! じゃなくて! 今日は何の日か知ってるでしょ!」

「ん? クリスマスだろ? だから何だよ」


 どうでもよさそうな気だるい返事。

 冬休みに入ってからのお兄ちゃんはいつもこんな調子だ。もうナマケモノって呼んでいいかな?


「一人でぐうたらしてて寂しくならないの? クリスマスなのに?」

「別に関係ねぇだろ。大体、舞奈海だって暇とか言ってたじゃないか」

「それはお兄ちゃんが暇になったから私も用事を断っただけで……じゃ、じゃなくて! 私も突然暇になったというか……」


 お兄ちゃんと遊べるチャンスだから用事を断った訳でもなくもないけど……。恥ずかしくて口には出せないよね。


「で、何だ? クリスマスだから俺と出掛けたいって言うのか?」

「はぁ!? べ、別にお兄ちゃんとデートしたいだなんてお、思ってないけど!?」

「そこまでは言ってないんだが……」


 もう、紛らわしい事を言わないでよお兄ちゃん!


「ぐぬぅ……。取り敢えずつべこべ言わずに出掛けるの! 鈍感でお馬鹿さんなお兄ちゃんへの罰なんだから!」

「そう言われてもな……。ってかどこに行きたいんだよ」

「遊園地がいい!」


 最近行ってないからね。それにジェットコースターとかに乗って思いっ切り叫びたい気分だし。


「遊園地か……この辺りだと……」

「ディ◯ニーがいいな!」

「高いし遠いわ。却下」

「ハハッ! そんな事を言うお兄ちゃんにはこのミッ◯ーが」

「消されるからやめとけ。奴らは強いからな」


 裏声でモノマネしてみたものの、全く似ていなかった。悲しい。


「じゃあ富◯急ハイランド。ド◯ンパに乗りたい!」

「今からじゃ時間的に厳しいだろ。却下」

「ならUFJで」

「それ銀行だろ。まあU◯Jも駄目だけどな。移動だけで一日潰れるぞ」

「じゃあコスモワールドでいいよ、もう」

「なんで投げやりなんだよ……」


 お兄ちゃんのツッコミ力を鍛えつつ最後に本命を答える私。中々できる妹じゃない?

 因みにコスモワールドは横浜にあって、昔家族で何回も行ったことのある場所だ。目新しい乗り物はないだろうけど、お兄ちゃんと二人で行ったことはないから多分新鮮に映るだろう。


「無難な選択でしょ? ほら、早く行こうよ!」

「はいはい分かったから。支度するから待っててくれ」

「はぁーい! 早くしてねー」


 大きな欠伸を混じえながら階段を上っていくお兄ちゃんを見届ける。

 なんだかんだで私の言う事は全部聞いてくれるんだよね。だからつい甘えちゃうけど、私も大人にならなきゃだし、いつまでも頼ってばかりじゃ駄目だよね!



 ◆



 遊園地の入口に着いたけど時刻は午後一時を過ぎていた。

 それに今日はお母さんが夕食にご馳走を作ってくれるみたいだから、あまり夜遅くまではいられない。時間は限られているから早く遊ばないと!


「結構混んでるんだねー」

「そうだな。前に来た時よりも人が多いな」

「……前に? ここに来たのって五年くらい前だと思ったけど、お兄ちゃん覚えてるの?」


 家族で遊びに来て色々な乗り物に乗ったのは私も覚えているけど、流石に混み具合は忘れちゃったなぁ。


「えっと、いや……最近来たことがあって……」

「ふぅーん、誰と行ったの?」

「それは……」


 お兄ちゃんの顔が引きつっている。なんか言いたくなさそうな感じだ。でも私は気になるから聞いちゃう!


「瑛美りんとデートしたの?」

「あいつとデートなんかしねぇよ。……いや、してない訳でもないか……」

「どっちなの? もしかしてデートの先に進んだステップを……」

「なんだそれ。大体、堂庭とは行ってないからな」

「じゃあ誰と行ったわけ?」

「それは……ノーコメントだ」


 お兄ちゃんが目を逸らした。これは間違いない、女ね。私の知らない女の子と裏で遊んでたんだわ。

 まったく、お兄ちゃんって家にいる時はだらしないくせに妙にモテるんだよね。そのくせ呑気で鈍感だし。駄目なお兄ちゃんだよ、本当に。


「まあどんな女と遊んでようが私には関係無いけど、今日は思いっ切り楽しませてよね!」

「なんでそんなトゲのある言い方をするんだよ……。でも今日は全部奢ってやるから、好きなのを選んでいいぞ」

「それくらい当たり前でしょ? ほら、早く行こ!」


 私はお兄ちゃんの手を引っ張りながら園内へと駆け出した。



 ◆



 お日様が暮れて代わりにお月様が顔を覗かせてきた頃。

 家族連れが多かった園内はいつの間にか若いカップルが大半を占めていた。

「そろそろ帰るぞ」とお兄ちゃんが声を掛けてきたけど、私にはあと一つだけどうしても乗りたいモノがあった。


「最後に観覧車乗りたいっ!」

「おぅ、そっか……」


 中央に今の時刻が表示されている横浜名物の観覧車を見ながらお兄ちゃんがポツリと答える。何かを思い出しているみたいだけど……女の子と遊んだ時の事なのかな?


「なら早く行こう! あまり遅いとお母さんに怒られちゃうかもしれないし」

「そうだな……って引っ張るなよ、分かってるから」


 のろまなお兄ちゃんの手を掴んで走っていく。ふふ、今日は最後までお兄ちゃんを独占してあげるんだから!




 スタッフのお姉さんの指示に従い、かごの中に乗り込む。

 そして「いってらっしゃい」という挨拶と共に扉が閉められ、いよいよ密室状態となった。


「そういえば私観覧車乗ったことあったっけ?」

「お前が赤ちゃんだった頃に乗ったことはあるぞ。覚えてないと思うけどな」


 なるほど……一応初めてでは無かったんだね。


「それにしても結構揺れるんだね。風が強いのかな?」

「お前が跳ねてるからだろ。普通はこんなに揺れねぇよ」


 私達のかごは前後にぐらぐらと揺れている。お兄ちゃんの顔を見てみると少し怖がっているようにみえたので大きく飛び跳ねてみることにした。


「わーいっ!」

「おいやめろ、落ちたらどうするんだよ」

「落ちるわけないじゃん。……もしかしてお兄ちゃん怖いの?」

「こ、怖くなんかねぇし」


 意地っ張りだなぁお兄ちゃんは。妹の私に嘘が通用するとでも思ってるのかな?


「ふふ、そんなんじゃ女子に嫌われちゃうよ~」

「だから怖くないって言ってるだろ!」


 狭い空間にお兄ちゃんの大きな声が鳴り響く。


 ――本当は嫌われたりなんかしない。寧ろ好かれるポイントかも……なんて言ったらお兄ちゃんはすぐ調子に乗っちゃうから決して言葉には出さないけどね。




「すごーい! めっちゃ高いよ!」


 椅子に膝を立てて外の景色を眺める。私達が乗っているかごは既に折り返し地点を過ぎていたけれど、それでも高かった。

 太陽は既に沈んでいるため、広がるのは横浜の夜景。立ち並ぶ高層ビルの灯りがとても綺麗だ。


「だなー」


 お兄ちゃんは頬杖をつきながらぼんやりと窓の外を見ている。特に驚くわけでもなく感動するわけでもなくただ時が過ぎるのを待っているようだった。なんかムカつく。


「ちょっと! もう少し真剣に楽しんでよ! 色々台無しじゃん!」

「えぇ? なんか俺悪いことしたか?」

「そういう所が駄目なの! ……って言ってもどうせ分からないだろうから」


 一息の間を置いて続ける。


「質問に答えて! そうすれば私楽しいから!」

「俺はあんまり楽しくならないと思うけどな」


 やはり乗り気にならないお兄ちゃん。でも構わない、この際だし気になる事を聞いちゃおう。


「じゃあいくよ。ズバリ! お兄ちゃんは瑛美りんの事が大好きである。マルかバツか!」

「うーん……バツだな」


 えぇー。あんなに仲良さそうにしてるのにバツはないでしょバツは。


「ぶっぶー! 正解はマルでしたー!」

「なんでクイズ形式になってるんだよ。というか間違ってねーし」

「うるさいなぁ。お兄ちゃんはそう思ってるかもしれないけど、周りから見たら二人はカップルにしか見えないよ?」


 休日は瑛美りんの家によく遊びに行ってるし、学校から帰る時も二人一緒らしいし……。どうみても恋人同士じゃん!


「堂庭はロリコンのヤバい奴だから危険が及ばないように近くにいるだけで、ただの幼馴染みだ。俺がいなかったら舞奈海は毎日堂庭に襲われてるかもしれないんだぞ?」

「それはそうかもだけど……仲が良すぎると思うんだよね」

「まあ一番関わりのある奴だからなぁ。でも恋愛とかそういった意識で考えたことは無いよ」


 お兄ちゃんの答える素振りからすると嘘はついてないみたい。うーん、本当に鈍感だなぁ。


「じゃあ他に好きな人はいるの? 桜お姉ちゃんとか?」

「桜ちゃんは真面目だし可愛いとは思うけど……好きって言われると違う気もするんだよなぁ」

「なら好きな人はいないって事?」

「まぁ……そうなるかなぁ……」


 何それ。ちょっと恋愛への意識が無さすぎない? 小学生の私に負けちゃってどうするの。


「流石に呆れたよ、お兄ちゃん……」

「え? なんで……?」


 とぼけ顔のお兄ちゃん。

 見ているとイライラしてくるな。「馬鹿!」って言いながらほっぺたを叩いてやりたい。


「お兄ちゃんはもう少し見る目を持った方が良いと思います。というか持ってください。……分かった?」

「見る目って……」


 ガチャッ!


 密室の扉が開かれ、冷たい外気が一気に流れ込んでくる。


「はい、お疲れ様でしたー!」


 お姉さんの軽やかな声。もう一周したんだ。早いな。

 その後、誘導に従って私達は地面に降り立った。




 結局、お兄ちゃんの心強い返事は聞けなかったけど、今日は充分過ぎるくらい楽しむことができた。またお兄ちゃんと二人で遊びに行きたいな。

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