第11話
「それで、どうしたの?」
やわらかい女性の声が薄闇に響く。
深夜、暗い空を背景に、村から少し離れた場所に停められたジープは星に埋もれているように見えた。
「もちろん、兄弟は村に帰ったよ。パルシュは快方に向かうだろう」
アレイルは、車に取り付けられた小さな画面に応えた。
画面の向こうには、美しい女性が淡い笑みを浮かべている。まとめられた金色の髪に、シンプルな白いドレス。そしてそのドレスよりも白い一対の翼。
「あのハトはローベルが飼うことにした。なんでも、羽を手術すれば飛べるようになるってさ」
画面のむこうのリトゥアナは、それを聞いて安心したようだった。確かに、空を舞うこともできず、自分の翼を引きずって生きなければならない鳥なんて悲しすぎる。
アレイルは少し笑った。
「それにしても、あのローベルが長老とはねえ。俺と出会ったときにはラルシュと同じくらい小さかったのに」
あれはどこの村だったか。古い橋の崩落から助けた子がローベルだった。賢そうな子だと思ったが、彼がまさかそれから長老になって、技術者になるなんて。
「その時と変わらない姿であなたが現われたのだから、驚いたでしょうに」
「まあ、初めて会った時に俺が『天使』だというのはバレてたから、予備知識はあったけどな。それでも適当にごまかしてくれてありがたかったよ。俺が天使だとバレたら大騒ぎになる」
人間が天使と呼ぶ種族『ヴィエトル』は、人間の時間で数百年は生きる。そしてその間のほとんどを二十から三十の外見を保ったままだ。
伝わっている伝説は、史実とそれほど違っていない。
ヴィエトルは、ある星を舞台に実験を行なった。人間という生き物を作り出し、ちょっとした技術を与えてみた。
人間達は与えられた『天使』の技術を魔法と呼び、自分達で作り出した独自の科学と混ぜ合わせ、創造主も目を見張るような発展を見せた。
いつからだったろう、その進歩が少しずつ狂い始めたのは。
同族同士で争い出した人間が、結局最後に作り上げたのは、キレイに人間だけを消し去る生物兵器だった。
その瞬間、実験対象の観察役として地球に常駐していた者達は皆、中空に停めていた宇宙船にいた。異変に気付き、船のモニターから外を見たときには人間はほとんど死に絶えていた。
そして人間を見限ったヴィエトル達は、自分達の星へと帰っていった。ただ一人、アレイルだけを除いて。
「ねえ、一人だけそこに残って、後悔したことはないの?」
「何度もあるさ。何も主義主張があって残ったわけじゃないからな」
アレイルが地上に残った理由。それは作り出した生物への責任や義務なんかではない。
もっと単純で愚かなこと。ただ単に、遅刻したからだ。
兵器が炸裂したあと、アレイルは地上へ降りていった。
観察役の中には、人間を蔑む物もいたが、アレイルは人間と過ごすのが好きだった。共に飲んで、歌って、バカな話で盛り上がるのが大好きだった。
だから、人間の友人がどうなってしまったのか、心配でそうせずにはいられなかった。
船の出発時刻まで間がないことは知っていたから、少し様子を見たらすぐに戻るつもりだった。実際、死にかけた友人の一人を見つけたのは、船に戻ろうとした時だった。
兵器の影響で、半分溶けかけた友人は、それでも元気だった頃と同じ瞳でアレイルを見据えた。
そしてこう言った。
『死ぬのが怖い』『アレイル、行くな』『一人にしないでくれ』
ここで彼を看取っていたら、出発の時刻に間に合わないことは分かっていた。そして船がいったん離陸準備に入ったら、アレイルを待つことはできないということも。
けれど、自分に伸ばされてきた手を、振り払うことがどうしてもできなかった。
「それに、人間はまだ全滅したわけじゃないしな。あれからまた新しく人間の知り合いも増えた」
『そしてまた、あなたより先に死んでいったのね』
口には出さないものの、リトゥアナがそう思っているのがなぜかアレイルにはよくわかった。
母星からの迎えはもう来ない。勝手に残った一人の愚か者のために、汚れた地に船をよこす金も手間もかけるわけにはいかないから。
「それにな、ここに居てよかったって思うことも確かにあるんだよ、リトゥアナ」
例えば、弟をかばったときのラルシュの顔とか、子供が無事に帰ってきた時のナサラ (ははおや)の顔とか、そんなようなものを見たときに。
そう思うけれど、それは口には出さなかった。そういったことは、言葉にするとなぜかひどく安っぽくなる。
それに、さっきのリトゥアナの言葉のように、言わなくても彼女に伝わっていると確信していた。
「それに、俺の放浪もそろそろ終わるさ」
生き死にを繰り返し、代が変わるごとに兵器がまき散らした毒への耐性をつけて行く人間と違い、長く生きるヴィエトルの体は確実に毒でむしばまれている。たぶん、この地上に残った唯一のヴィエトルであるアレイルが死んだとき、完全に人間は『天使』の守護から離れたということになるのだろう。
人間にとっては長い時間の中で、ヴィエトルの残した魔法は完全に消えていき、文化レベルも下がっていくに違いない。しかし、アレイルはそれほど心配はしていなかった。
人間はきっと絶えたりはしない。アレイルが残ってよかったと思うような、口に出したらなぜか安っぽくなるようなモノがある限り。
「なんだかフラれた気分だわ。一人の女性じゃなくて、人間全体に恋人を奪われた気分」
「ハハハ……」
アレイルは小さく笑い声をたてた。
リトゥアナは手の平を画面に向けた。小さな画面に映る、小さな手の平に、アレイルは人差し指をそっと乗せた。握手とも言えない画面越しの接触。
「さて、俺はもう寝るよ。お休み」
「お休みなさい、アレイル」
指をずらして画面のボタンを押す。ナビを改良した通信機の画面は、黒色に塗りつぶされた。
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