Chapter 2 「(Still) I will never believe in」

Wartime

 僕たち一行は、山道をひたすら歩いていた。出るときにカイから手渡された方位磁針の示すところでは、僕たちは北へ向かっているらしい。空では日が西へ傾き、今にも消えそうな残光を放つのみだった。


「なあ、まだ歩くのか・・・?」

「バカね、当ったり前じゃないの・・・さっき村を出たばっかりでしょ?」


 さっき、というのは、もう五時間も前の話だった。今まで休みもせずに歩き続けてきたというのに、流石に「出たばかり」というのは酷である。

 あの村を出てから、一体何歩歩いたのだろう、と、重くなった足を動かしながら考える。こうして何かを考えてでもいなければ、やっていられない。


 僕には、未だに自分の状況を呑み込むことができなかった。

 宿を出た時、僕は初めて外を見た。彼女はそれを「村」と呼んだが、どちらかといえば、僕の目には、朽ち果てた都市、と形容できるように見えた。


 消灯した昼間のネオンに、そこそこの高さを誇るビルがそびえ立っていた。しかし、そのビルには蔦が巻き、外観は鳥の巣に飾られ、その無残な光景は、昔の繁栄の名残としか言いようがなかった。

 そしてそれを嘲笑うかのように、ビルの周囲には、まだ建てられてからそう時間は経っていないと思われる、クラシックなデザインの住宅が立ち並んでいた。

 その風景はまさに、和洋折衷ならぬ、古今折衷。いくらビルが立とうとも、その、寂れ、朽ち果てた雰囲気はまさに「村」だった。

 これも全て、戦時という状況のせいなのだろうか。


 そこまで考えを巡らせたところで、僕はもう一つ、大事なことを思い出した。

「なあ、レノ・・・」


 彼女は不機嫌そうに振り向く。

「何よ・・・また疲れた、なんて言うんじゃないでしょうね」

「いや、そうじゃなくて・・・僕たちは一体、どこに向かってるんだ?」


 成り行きで付いてきてしまったが、そういえば僕はどこへ向かおうとしているのだろう。戦時で急がなければならない、ということ以外に、手掛かりはなかった。戦時なのだから、それ関連の場所へ向かおうとしているのだろうか。


「目的地よ」

 こいつとの会話は心底疲れる。

「なあ、カイ・・・」


「俺たちの目的地は・・・そうだな、基地、と言っておこうか」

 基地と言うことは、やはり戦争関係の場所なのだろう。


「ってことは、レノとカイは戦争をしに行くのか?」

「・・・」


 二人とも黙りこんだ。地雷だったのだろうか。いやしかし、この質問を聞かないわけにはいかなかった。いずれは分かることになるのだろうし、僕も知っておくべきだと思った。


「単純に言えば、そうだ。俺たちは・・・召集されたんだよ」

「ってことはつまり・・・お前たちは・・・戦う、のか?」


「・・・」


 再び沈黙が流れる。流石にこの質問はマズかっただろうか。僕は少し反省した。


「そうよ・・・」


 レノが足を止め、重々しい声で答える。


「アタシたちは魔法を使える以上・・・戦わなきゃなんないの」

「・・・」


 僕は唖然とする。義務、ということなのだろうか。それが魔法使い全員に課せられた、運命だとでもいうのか。


「それじゃ・・・」


 そう言いかけた僕の言葉を、横からレノが阻む。


「今日は・・・この辺りで休むわ」


 西を見ると、既に日は落ちていた。彼女の一言は本当に日没のせいだったのか、それとも、話題のせいだったのか。当の本人は、僕の言葉を遮ったことを忘れたかのように、既に野宿の支度を始めていた。


「じゃ、俺たちも準備をしないとな」

 カイの言葉に、僕は従うことにした。


 夕食は、買い込んであった肉を焼いただけのものだった。そして横には、ひっそりとバナナジュースが添えられている。元々食事に期待などはしていなかったが、やはり粗末は粗末である。

 僕が元々どんなものを食べていたのかは分からない。しかし、毎日こんなものを食べていたのでは体も持たないだろう。もっとも、食べられるだけマシだ、という説もあるが。


 肉の味は悪くはなかった。バナナジュースも、まぁおいしいと言っていいだろう。しかし、栄養分のアンバランスさは否めない。

 僕はゆっくりと肉をかじっていた。いくら味が良くても、こう肉ばかりだと流石に飽きが来る。僕は二本目のバナナジュースで残りの肉を口へと流し込む。

 ふと横を見ると、レノは既に肉を完食し、横になっていた。眠っているようだ。一体どんな胃袋をしているのだろう。


 改めて、レノを見つめた。顔は・・・たぶん、そこそこかわいいと言って差し支えないだろう。だが、やはり体は小さい。


「小さいと思うか?」


 カイが僕に尋ねる。僕はまた、ギクリとした。


「・・・あぁ」

「こう見えて、コイツ、俺と一つしか年も変わんないんだぜ」

「え?」

 まさか・・・コイツとカイが同い年?それにしては、どう見ても体の比率がおかしい。


「俺は十六だ。コイツは十五。お前も・・・大体同じくらいだよな」


 どう見ても十五には見えない体型。年をごまかしているのか、成長が遅いだけなのか。とにかく、この小さな少女が僕と同年代だなどというのは、なかなか飲み込み難い話だった。


「つっても、体型がこうだからな。苦労してるんだぜ、コイツも」


 確かに、記憶喪失の僕と同様に、彼女もそれなりの苦労をしているのだろう。他人の想像を絶する苦労を。


「そうだよな・・・」


 彼らはこの年で、そしてレノに至っては、この体で戦争に駆り出されているのか。

 不意に、僕の脳内に疑問が浮かぶ。

「カイたちは今までも、戦ってきたのか?」


「あぁ。レノと組んでから、そうだな・・・もう、かなり経つ。だから、誰かがコイツを『小さい』とか思ってたらスグ分かる」

 僕は少し赤くなる。体のことで人をどうこう言うのは、やはり悪いことである。


 カイは笑いながら続ける。

「いいんだよ。誰だって最初の印象はそうだろうさ。もっとも、コイツが許してくれるかどうかは別だが」


 僕は頷き、質問を続けた。

「じゃあ、その・・・敵を・・・倒してきたのか?」


「・・・」


 再び、しまった、と思った。もう少し、会話の雰囲気が温まってくるのを待つべきだっただろうか。殺す、という言葉を直接は使ってないにしろ、間接的に示唆したのは確かだ。


「そうだ・・・倒さなきゃこっちがやられるし、それでを殺した奴も、殺された奴も当然、いる。だが、俺は殺したことはないぞ」

 僕はホッとした。会話は、すんでのところで沈黙を逃れたようだ。


「レノも俺も、誰かを殺すのは嫌いだからな。いや、好きな人なんていないだろうが」


 戦闘、というと、どうも血生臭いものばかりを想像してしまう。実際、そうなのかもしれない。だが、その中にもまだこんな人たちがいる、ということは、まだ救いようがあるという証しである。


「俺たちは、一度学校へ通い、魔法で戦う術を学ぶ。それから戦地へ送られるんだ。その中には、魔法の制御や、捕まった時の対策みたいなもんもあるんだぜ」

「対策?」

「そうだ。敵に情報を極力与えない会話術、などなど。レノの答えが答えになっていないことがあるのも、その影響が大きい。もっとも、それは単に、アイツが使う場面を間違えてるだけの話なんだが・・・」


 どうも、レノは本当に『会話を振り出しに戻す教育』を受けていたようだ。半分、いや、ほとんど冗談だったとはいえ、僕の予想は的中していたらしい。しかし、素直に嬉しい、とは言えなかった。


 敵に情報を与えない術、というのは、言い換えれば、味方に絶対の忠誠を誓うということだ。それはいい。だが、その先には?

 昔の日本人のように、切腹でもさせられるのかもしれない。敵に情報を与えないというのは、そういうことだ。捨て駒を演じる術。レノもカイも、そのための術を習っているのだ。人間を単なる駒としてしか見ていない。僕はいつの間にか、そのことに対して腹を立てていた。


「じゃ、俺はもう寝るぜ。明日も早い。ソラ、お前もとっとと寝ろよ」

 カイはそう僕に告げると、早々と夢の世界へと旅立ってしまった。


「あぁ・・・おやすみ」

 僕はただ一人、静寂の林に取り残されていた。


 記憶喪失から覚めてから、初めての夜。だが、眠りにつくのが久しぶり、という気はしなかった。いろいろなことが頭の中を駆け巡っては、どこかへと去ってゆく。世界が回るように、僕の脳も回っていたが、精神は辛うじて平静を保っていた。


 魔法。

 神。


 そんな事実を突然突き付けられ、理解を無理矢理追いつかせた。そんなことをして、疲れないはずがない。今日一日酷使した分、脳を休めなければならない。しかし、言うほど眠くないことが不思議だった。

 それでも僅かなまどろみに身を任せると、眠気が次第に強まっていくのが分かった。


 隣では、レノが、幸せと疲れとその他もろもろを混ぜ合わせたような表情をして、静かに眠っている。彼女は、自分自身が捨て駒だと分かっているのだろうか?

 そのことを考える度、カイの言葉が耳を掠める。


「戦時、だからな」



 繰り返されるその言葉に四角い停止ボタンを求めながら、僕もまた、夢の世界へと誘われていった。

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