"Zeus"

 彼らが出発の支度をしている中、僕はひとり外をぼんやりと眺めていた。本来なら手伝うべきところなのだろう。拾ってもらった、という立場的にも、それくらいはするべきだ。


 だが、今はどうしてもその気になれなかった。彼らもそれを許してくれているのか、僕には何も言わなかった。時折感じる、レノの鋭い視線を除けば、だが。


「よっ、と」


 いつの間にかレジ袋の塊は消え去り、部屋はすっかり綺麗になっていた。代わりに、百二十パーセント満杯に詰め込まれた苦しそうなバッグが残されている。彼らの持ち物はそれだけのようだった。

 それが出発準備完了を表わすと悟った僕は、同時に、自分自身のこれからの計画について考えざるを得なかった。


「じゃあ、僕はこれで失礼するかな」

 そう言って、ドアへ向かおうと、ベッドから立ち上がった。


 だが、横から質問が飛んでくる。

「これから、どうするんだ?」


 僕は少し考え、答える。

「とりあえず、自分の居所を探そうと思ってる。手掛かりはこの紙一枚だけだけど、いずれ何か分かると思う」

 ポケットにしまった、その大事な手掛かりをポンと叩きながら、僕はそう言った。


 彼とレノは一瞬、互いを見る。

「アタシたちと来る気はないの?」


 レノのその言葉に、僕は驚いた。

「そりゃあ、行きたいけど・・・でも、ただの足手まといだと思う。僕は魔法が使えないし、二人は急いでるみたいだし」


「バカね。別に構いやしないわよ、そんなもん。むしろ、コイツと二人で退屈してたところよ」

「俺も同感だ。コイツの対応にちょうど手を焼いていたトコだ」

 お互い言葉で相殺し合ったのか、二人は睨みあうこともせず、ただ僕の返答を待っている。


 だが、僕はすぐには決断できなかった。もし二人について行ったとして、その後は・・・


「それに、アンタの記憶も取り戻せるかもしれないわ」


 ふとレノが、そう言った。僕はすかさず反応する。


「えっ?でも、それなら僕が自分でこの近辺を探したほうが・・・」


 紙のほかにもう一つ手掛かりとなるかもしれないのは、僕が倒れていたのはここだ、という事実だった。この近くになら、答えがあるかもしれない。そんな微かな希望を抱いていた。


 だが、レノはその希望をも打ち砕いた。

「ったく、アンタが倒れてたのはよ?どっかから漂着したんだから、そんなもの、手掛かりになるわけないじゃない。もう、これだからバカバカは・・・」


 そんな初耳の事実を当然のように言われても困るのだが。しかし、これで後者の手掛かりは失われたも同然だった。


「そんな地道なことで記憶の手掛かりを掴むんじゃなくて、魔法を使えばいいのよ」


 魔法・・・そんな手があったのか。確かに、魔法なら記憶喪失でも治せるかもしれない。


「それは・・・可能なのか?」

「正直、普通は無理だな」

 僕は少々落胆する。


「だが、可能だとすれば――」


 彼らはそこで、少しの間を置く。それに何か意味があったのかは知らないが、僕は言葉が再開されるのを待った。


「神、ね」


 レノはそう言い切った。


「神、ねぇ・・・」


 彼らは冗談でも言っているのだろうか。そりゃ、神なら治せるかもしれない。だが、万物を超越した、全知全能の神様などを崇める気にはなれなかった。そんなもの、架空の存在に過ぎないのだから。


 それとも、信じ続ければ記憶が返ってくるのだろうか。だとすれば、多少は試す価値もあるのかもしれないが。


「そう、神、だ。神を見つければいい」


 ハテサテ、この男は一体何を言っているのだろうか。


「そんな空論・・・」


「ただの空論じゃないわ。探すのよ、神を。魔法を生みだした、神――ゼウスを探し出せばいいの」

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