第11話 もっともどうでもいい話
四人のお別れ会には、どすけんオールスターともいうべき多くの人物が集まり、いろいろなことが語られ、各人の胸に深い感銘を与えた。それらの重要な出来事を語る前に、このお別れ会の中でもっとも下らない、取るに足らない出来事について、先に記しておきたい。もっともどうでもいいこと、それはもちろん、「ソーニャによる曲芸」だった。
出番がまわってきたときソーニャは「何も考えて来なかった」と言った。それは、想定内のことだった。とは言っても、ソーニャに関してはここで逆に「曲芸を披露すると決まってから毎日特訓を重ねていた。今日はルービックキューブを素手で破壊してみせる」と言われても、誰も驚かなかっただろう。ソーニャは何かやる、あるいはやらない人物なのだ。それは、どすけん部員共通の認識だった。
何も考えていないのならさっさととばそうと(プログラムを盛り込み過ぎて、すでに皆、食傷気味だった。部室の隅ではモノポリーを始める一団さえ存在した)ポルフィーリーが声を上げかけると、
「じゃあ、踊るか」
とソーニャが言った。そうきたか、とポルフィーリーは思ったが、これもまた、ソーニャなら十分に取り得る行動の一つにだった。何か踊ってそれを曲芸ということにするのだろう。ソーニャはBGMを流すために用意されていた、キリーロフのパソコンを適当に操作すると、少し前にリリースされたポップソングを流した。が、すぐにポーリュシカ・ポーレに変えた。しかし、やはり気に喰わなかったのか、また、最初に流したポップスに戻した。この曲には、難易度の低い振付があり、一時は学校や職場の集団で撮影された動画を、インターネット上にアップロードすることが流行した。
だが、ソーニャの「踊り」はその振付とは全く異なるものだった。彼女はゆっくりと、手を上げて背伸びの運動をするような動きを取ったが、途中で手をパンパンと二回打ち付けた。そうか、ラジオ体操をするのかと思ったがそうではない。これは土俵入りの不知火型だ。「どすけん」と「どすこい」は似ているな、というどうでもいい感想がポルフィーリーの脳裏をよぎった。
それから、ソーニャはおもむろに机に置かれていた二台のカセットコンロに火をつけた。(この頃にはほぼ食べつくされてしまっていたが、お別れ会のメイン料理はゴージャスにも、ロシア産タラバガニを使ったカニ鍋だったのだ!)そして、片手に一台ずつコンロを持つと、それをゆっくりと交互に上げたり下げたりし始めた。
この辺りになると、モノポリーに興じていた部員たちも、ソーニャに注目していた。もちろん、それは皆が「あぶねえ、火事にでもなったらことだぞ」と思い出したからである。どうしたものかと部員たちが目配せをしていると、ソーニャは今までの緩慢な動きから打って変わって、高速で三回転し、カセットコンロを二つとも机に向かって叩きつけた。投げた衝撃でコンロの火は消えたため、火災の発生は免れた。ソーニャは何かを成し遂げたように天に両手を突き上げ、長い雄叫びを上げ、机を蹴り、そばにいたキリーロフにビンタし、ラスコーリニコフに噛み付くようなキスをすると、呆然とする彼にやはりビンタをし、もう一度雄叫びを上げた。ポルフィーリーはすっかりうろたえてしまったが、ゾシマ村長が、
「あんまり乱暴なことをしてはダメだよ、ソーニャ」と言うと、
「よし、満足した」とソーニャが応え、
それをきっかけにざわついた空気は落ち着いていった。
ラスコーリニコフは泣いた。こんな暴力に巻き込まれてしまうとはなんと不幸なのだろう。彼のファーストキスは、好きとか嫌いとか、そういったものから遠く離れたただの暴力に回収されてしまった。しかも、その場にいる誰もが事態の収束に気を取られて、自身が乱暴されたことについては、すっかり受け流されてしまっていた。もう、何とも思われていないようだった。彼は一人、さめざめと泣いた。
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