第7話 授業終了です
「いやあ、この数日で子供たちが見違えるような顔つきになっています。やはり私の提唱する教育は芸術だというのは正しかったんだと、しみじみ実感しとります」
熊野村長が誇らしげに、光り輝く頭を叩く。
委員長のハルコは石膏のような表情が消え、明るい笑顔で微笑んでいる。その表情以上に変わっているのが、服装だ。今までは真面目な委員長らしいスカートとベストを着ていたのが、今はなぜか上下スウェットで登校している。
「ジョルジョさん、ハルコちゃんどうしちゃったんですか?」
美希が変わり果てたハルコの姿に顔を真っ青にしている。これは熊野村長の言う教育の成果ではなく、その正反対に見えなくもないのだ。
「無理をして、委員長らしくする必要はないんじゃないかって、聖人としてのアドバイスを」
「どう見てもこれじゃあ、不良への誘惑になってますよ。まあ、確かにすごいいい笑顔になりましたけど」
弾ける笑顔のハルコに誰も文句が言えるわけはない。聖ジョルジョの表情も自然と笑顔になる。ハルコが描いたあの下手な絵と同じ笑顔だ。
シノブはクラスのみんなの似顔絵を描いていた。それだけではなく、石膏ボーイズの似顔絵も、だ。やはり小学生とは思えないデッサン力がシノブには備わっている。
「僕、思うんだけどさ、シノブってきっとレオナルドにも負けないくらいの芸術家になるよ」
メディチはシノブの描いたメディチ像をうっとりと眺めている。
「ああ、僕ってやっぱり美しいよね」
「あのメディチさん、シノブ君を褒めているんですか?自分を褒めているんですか?」
美希がメディチと壁に張られたデッサンを見比べて肩を落とす。
「確かに私より全然上手いですね、なんかショック」
「あっそっか、石ちゃんも美大出だったんだよね。まあ、才能だけはどうしようもないね」
美しくポーズを決めるメディチに一瞬美希の殺気が降りかかる。
ヒカリちゃん(男)は頭に包帯を巻きながら、空気椅子の状態で座っている。瞳にはみなぎる闘志が浮かび、膝をぷるぷると震わせている。
「マルスさん、あの怪我、問題にならなくて本当に良かったですよ。訴えられたら、うちの事務所破産するところでした」
頭から血を流してヒカリちゃん(男)が運ばれてきたとき、美希は事務所の社長と本気でこれからのことを嘆いていた。
「社長、ついにマルスさんが殺っちゃいましたよ。それも小学生を」
『なんとか、穏便にな、穏便に。うちは裁判なんて出来る資金力はないからな、知ってると思うが』
聖ジョルジョは女の子の誘拐及び監禁、マルスは男の子への傷害致死、ヘルメスは詐欺容疑、石膏ボーイズは終わった。昨日だけで、美希の頭には週刊誌の見出しがざっとこれだけ思いついてしまったのだ。
「おいおい、イッシー。ヒカリちゃんが、そんな軟弱なことするわけねえだろ。ヒカリちゃんこそ、男の中の男、戦士の中の戦士なんだぞ」
戦神にここまで言わしめた小学生は未だかつていなかっただろう。ヒカリちゃん(男)もまた自分よりも強く逞しいマルスの存在に生きる目標を得ることができたようだ。
タケシは相変わらず眠そうな目に、寝癖のついた頭をかいているが、その表情は妙に清清しい。不敵な笑みの下にはパンストがちらりと覗いている。
「あのヘルメスさん、私、気のせいかもしれないんですけど、ちょっと記憶が飛んでいる気がするんですよ」
そう言って頭を捻っている美希にヘルメスは動揺をさとられないように石膏の無表情を貫いた。
「それは気のせいですよ、はは」
「そうですよね、ははは。でも何かわき腹がちょっと痛いんですよ、実際」
そこはヘルメスが最大出力のスタンガンを押し付けた場所だとは絶対に言えない。
「年ですよ、はは」
「そうですよね、ははは」
タケシがヘルメスに小さく親指を立てる。ヘルメスも見ない手でそれに答える。このパンストは金になる。ヘルメスは頭の中の電卓を叩くたびに、にやけてしまいそうになるのを石膏の表情の下に隠さなければならない。家に帰ったら、流通ルートの確保と大々的な広告の立案をしようと、ビジネス手帳に記す。もちろんこの手帳はヘルメスにしか見えないものだ。
「ヘルメスさん、さっきから何にやにやしてるんですか?」
「へっ、別ににやにやなんてしてないけれど」
ヘルメスは白い肌の下に冷や汗をさっと隠した。美希は最近石膏の微かな表情が読めている節がある。これからはもっと慎重にことを運ばなければならない。
「何か、色々大変だったけれど、僕たちも沢山学ばせてもらった」
聖ジョルジョが3人を睨みつける。もちろん聖ジョルジョは温かい視線を送っているつもりではあるのだ。
「そうだね、僕にはさらに魅力が隠れていることがわかったし、本当に罪な男だな、僕は」
メディチはシノブの描いた似顔絵に頬ずりをしている。そこに描かれた凛々しくも繊細な美少年を相当気に入っているのだ。
「ああ、俺もまた一から鍛えなおさねば」
胸筋をぴくぴくと動かしながらマルスが空を見上げる。世界はやはり広いのだ。
「一枚あたり3%の手数料でもかなりの利益になるな、これは。あとは上手いこと会計士に頼んでおけば」
頭の中の電卓を叩きながら、ヘルメスのにやにやは止まらない。新しいビジネスが生まれ、大空に羽ばたいていこうとしているのだ。ヘルメスの下には自動的に金の卵が運ばれてくる。
「みなさん、本当にいい顔してますよ。そのままの顔で次のライブもお願いしますね」
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