第2話 現場入ります!

「ねえ、石ちゃん、さっきから周りの景色が凄いことになってるんだけど、道あってる?」

 メディチが言うとおり、4人を乗せた車はどことも知れぬ深い山の中へ迷い込んでいた。

 未舗装の細い道だけが目の前に頼りなく続き、道幅は車一台が通るのがやっとだ。

 対向車が来てしまったら、即終了だが、対向車が来るとも思えないほどの獣道だ。

「そうだね、石本さん、これはきっと道を間違えてしまったんだね」

 緑から発せられるアルファルファに聖ジョルジョの厳しい視線も幾分かは和らいで見える。

「そんなことはないですよ、だってナビどおり来てますよ。ほら」

 確かにナビはこの先へ進むように示している。

「イッシー、今そこに白い女の人が立っていなかったか?」

 マルスが森の中を凝視している。

 何かいてもおかしくはない重い空気だ。

 ぴりぴりとした緊張感が車内を包む。

 車が何かの段差に揺れた反動で、メディチが飲んでいたコーヒー牛乳が飛んだ。

 宙を舞ったコーヒー牛乳が美希の頭に降り注ぐ。

「ぎゃー」

 ハンドルにしがみついていた美希が悲鳴を上げながら、アクセルを全開まで踏みきった。

 細い山道を転がるように車は駆け抜けていく。

 シートベルトをした4人は上下左右と不規則に揺られる。

「申し訳ない、もう限界です」

 ヘルメスが弱々しく宣言すると、その場に朝食べたのであろう何かをぶちまけた。


「到着が遅いんで心配してたんですよ」

 戦場から帰還した兵士のように汚れ、傷ついた4人をホースの水で洗い流しながら、美希は東山奥村村長の熊野さんに何度も頭を下げる。

 熊野村長の石膏に劣らない滑らかで光り輝く頭には髪の毛が一本もない。

「申し訳ありませんでした。道が思った以上に大変で」

 熊野は円い頭を叩いた。

「もしかして旧道からお越しになったんですか?1年前に反対側に新しい道が出来て、街まで30分でいけるようになりました、はは、便利なもんですな」

 勢い良く水を掛けられている4人にその言葉は届いていない。

 それから、その新しい道が出来るまでにいかに大変だったかという話が30分ほど続くことになる。

「では、今回授業をお願いする小学校にご案内します」

 熊野村長の話が一段落つき、ようやく本題の小学校に向うこととなった。

 緑に囲まれた小さな村の中に、小さな小学校が立っていた。

 築何年なのか、今にも崩れ落ちそうな木造の建物は裏手の森とほとんど同化してしまっている。

「なんか、また出そうな建物だね」

 メディチが嬉しそうに白い肌を赤く染める。

「やめてください、メディチさん。私苦手なんですよ」

「そうだよ、メディチ、僕たちはついさっき殺されそうになったことを忘れてはいけない」

 先程の危険な運転が堪えたようで聖ジョルジョの顔はむしろ真っ白だ。

「てか、ヘルメスのせいで匂いがとれねえよ」

 マルスは脱ぐ服もないため、自分の裸をくんくんと嗅いでいる。

「ではこの消臭スプレーを、今なら謝罪価格で1,000円で」

 すっかり元気を取り戻したヘルメスがどこからともなく怪しいスプレーを取り出した。

「1,000円か高いな、500円でどうだ」

「毎度ありがとうございます。石膏に優しい成分も入っているから肌にも嬉しいスプレーですよ、これ」

「ほんと、じゃあ、僕も買うよ」

 そのスプレーを美希は奪い取ると、4人全員にずさんに吹きかけた。

「はい、これで大丈夫ですよ、はいはい」

 その間に熊野村長はどんどん進んでいく。延々と何かをしゃべり続けているが、もはやその内容を聞きとめているものはいない。

「昨今の少子化の影響で、この学校も生徒が少ないのですよ」

 案内された教室には確かに3人の小学生しかいない。

 ただでさえ広過ぎる教室に、なぜか4隅に散らばって座っている。

「あっちの窓際に座っているのがタケシ君で、黒板の前が委員長のハルコちゃん、掃除箱のところがシノブ君、あれヒカリちゃんはどこへ行ったのかな?」

 教卓の前に立ち、熊野村長が子供たちを紹介していく。

「家に筆箱を取りに帰りました」

 委員長のハルコが手を上げて発言する。

 真っ直ぐに切りそろえられた前髪に眼鏡、その下には真面目そうな瞳が覗いている。

「どうせサボりだよ、だって、ヒカリの机の中に筆箱入ってるじゃん」

 窓の外をつまらなそうに見つめていたタケシが大きな欠伸をする。

 寝起きのような眠そうな目に、頭には寝癖が残ったままになっている。

 小柄なシノブはじっと机に座ったまま身動き一つしない。

 口を閉じることがない騒がしい石膏よりも余程石膏のような佇まいをしている。

「はい、わかった、わかった、から。みんな、まずは静かにしなさい。今日は前に伝えた通り、都会からわざわざこんな山奥にアイドルが来てくれましたよ。みんな、拍手で迎えてあげましょう」

 熊野村長の輝く頭と街頭演説ばりの紹介に迎えられて石膏ボーイズが登場した。

 給食用の台車に載せられて、颯爽と現れた石膏に子供たちの目が点になる。

「やあ、みんな、僕たちは石膏ボーイズ、です」

 決めゼリフにあわせてマネージャー兼小道具担当の美希が持参のラジカセで音楽を流し始める。

 これは石膏ボーイズの新曲『ウィアーザ石膏ボーイズ』のイントロだ。

 目が点のまま、石と化した子供たちを余所に熊野村長はノリノリで手拍子をしている。

 真昼間の学校の教室という場に相応しくないセクシーでデンジャラスな曲が響き渡る。

「どうだったかな、僕たちの新曲は」

 聖ジョルジョが3人の小学生に決め顔で声をかけた。

「不潔で、不愉快です」

 委員長のハルコが聖ジョルジョを睨みつける。

 それを見てタケシがげらげらと大笑いする。

「おいおい、委員長、どんだけ真面目ちゃんだよ。おれは結構好きだけどね、馬鹿馬鹿しくて」

 至って真面目に歌っている聖ジョルジョの視線が本当に厳しくなりかけた所で、さっとヘルメスが口を挟む。

「ありがとう、君はなかなか見所があるね」

「ねえ、でも、ヘルメス、あの子は耳ふさいで貝になっちゃってるよ。ぼく、結構ショックだな」

 メディチがシノブに口を尖らせる。

 シノブは机に突っ伏したまま、頭を抱えて小刻みに震えている。

「気にしなくて良いよ、シノブは。いつもこんなんだから。極度の人見知りなんだよ」

 タケシはまだ笑い続けている。

「おれたちは石膏だけどな」

 マルスが胸をはるとタケシはさらに腹を抱えた。

「やばいよ、あんた達めっちゃ面白いって」


 そもそもなぜこの学校に石膏ボーイズが呼ばれたのかを説明しておかなければならない。

「私は教育は芸術と同じだと思っておるのですよ。村長選挙のマニ何とかでもその点をちゃんと訴えたわけです」

 熊野村長は頭を輝かせる

「マニフェストですかね」

 聖ジョルジョが丁寧に言葉を挟む。

「そう、そのマニフェストだ。子供たちには本物の芸術に触れてもらいたい、それが健全な人間教育につながると信じておるのです。そう思って夕飯を食べながらビールを飲んでおったら、石膏ボーイズさんたちをテレビでお見かけしました。これしかないと閃いたわけですな、私は」

 存在自体が既に芸術である石膏ボーイズであれば、子供たちに芸術的な何かを与えることが出来ると熊野村長は考えたのだ。

「教育って、僕たちはただのアイドルだよ。いやまあ、一流のアイドルではあるけど、そんな重大なことはちょっと荷が重いかな」

 メディチは憂いを帯びた視線で顔をそらす。それはたまたま日差しの加減でそうなっただけであるのだが。

「確かに、メディチの言うとおりだ。おれは教育なんてしたことも、されたこともないぞ。常に体で覚えてきただけだ」

「やっぱり、そうだと思っていたよ。だからマルスは馬鹿なんだな」

 ヘルメスがパンとマルスの兜を叩く。もちろん今日もヘルメスの体は家で留守番をしている。

「なんだと、てめえ。じゃあ、お前は賢いって言うのかよ」

「それはね、ぼくは何たってあのヘルメスだからね、同然でしょ」

 ぎゃあぎゃあと言い争いを始めた石膏の反対側で子供たちが静かに成り行きを見守っている。

「あの、そんなことはどうでもいいんですが、授業はどうなるのでしょうか?」

 委員長のハルコの石膏のように冷たい表情に聖ジョルジョも少しだけたじろいでしまう。

「ああ、そうだね、授業だね。まずはせっかく僕たち石膏がいるのだから、基本的なデッサンから始めようか。じゃあ、誰が誰を書くか決めよう」

 聖ジョルジョが子供たちと自分達を見比べる。

 子供たちが3人なのに対して、石膏ボーイズは4人だ。

 一人余ることになる。

 どんな些細なことであろうと、誰も余りにはなりたくない。

「じゃあ、ハルコちゃんは僕でいいかな」

 余りになりたくない聖ジョルジョが抜け駆けをしようとした。

「おい、ジョルジョ、それは卑怯だろ」

「そうだよ、ここは公平にじゃんけんだよ」

「メディチに賛成だな」

 子供たちがいる手前、聖ジョルジョはしぶしぶとその提案に頷いた。

 石膏ボーイズのじゃんけん。もちろん全員に出すべき手はない。

「じゃんけん、グー」

「パー」

「パー」

「チ、パー」

「おい、今誰か後出ししただろ、俺じゃねえからな」

「僕も違うよ」

「メディチに同じだな」

 結局、聖ジョルジョを委員長のハルコが、メディチをシノブが、ヘルメスをタケシが描くことになった。

「おい、ヒカリってやつはどこに行ったんだよ」

 相手のいないマルスが苛立って体をゆする。

「ヒカリは裏山じゃないかな、勉強よりも体動かす方が好きなやつだから」

 タケシが含み笑いをしながら、マルスを見送った。

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