勝手に劇場版『ようこそ〇輩』

@demasa

第1話 仕事来ました!

 滑らかな白い肌。

 完璧なまでに整った顔立ち。

 そして、永遠の若さ。

 その全てを兼ね備えたアイドル、それが石膏ボーイズだ。

「自分で言うのもあれだけど、そう考えると僕たちって完璧な存在だよね」

 石膏ボーイズ、リーダーの聖ジョルジョが決め顔を一切崩すことなく、胸までしかない胸を張る。

 ドラゴンスレイヤーの異名を持つ聖人だけにその視線は鋭く険しい。子供だけでなく大人までをも阿鼻叫喚の渦へと落としかねない眼力を誇っている。が、しかし、それは聖ジョルジョの意図とは全くそぐわない。今もまたテレビを睨みつけているが、決して憎いからではない。むしろ、テレビに映っている人気アイドル花屋敷ミラが大好きで堪らないからなのだ。

「ジョルジョ、顔が怖いよ。もっとスマイル、スマイル」

 美、才、財、この3つを生まれながらに与えられたメディチには、今のところ体以外に足りないものは存在しない。聖ジョルジョの必殺の視線を恐れることもなく、テーブルの上に置いてあった雑巾を聖ジョルジョの頭の上に投げつける。ただし、メディチにももちろん手はないため、雑巾が勝手に飛んで行ったと表現した方がこの場合は正しい。

「おい、メディチ、汚ねえ雑巾を投げるんじゃねえよ。俺のプロテインドリンクにゴミがはいるじゃねえかよ」

 メディチの倍の胸板を誇るマルスが机を叩く。もちろんマルスも胸像であるが、その点の説明は省略する。戦いの神であるマルスの胸筋は見事に盛り上がり、光の明暗により美しいラインを描いている。マルスの日々の筋トレの賜物だが、遥か昔にマルスを製作した名人の功績とも言える。ただし、時代は流れる。マルスの被っている兜は、当時最も最先端なデザイナーが考案したものだったが、現代においてはかなり野暮ったい印象になってしまっている。

「マルス、君は格好いいと思っているのかもしれないが、毎日服も着ないで、裸でいるのは公衆わいせつ罪だよ。それにそのヘルメットはダサすぎる。何よりずっと被っていたら、君、間違いなくはげるよ」

 商人と泥棒の神でもあるヘルメスは最近手に入れたスマホでマルスを盗撮する。この画像にコメントをつけて、どこかのサイトにアップしているのだ。もちろんこのヘルメスもまた胸像であるが、他の3人と異なり、抜け目のないヘルメスの体は家でデイトレードに勤しんでいたりもする。法律ギリギリ、いや違法とも言える際どいビジネスに手を染めているヘルメスは近い将来塀の中に飾られることになるかもしれない。

 こんな4人が今をときめくアイドルグループ、石膏ボーイズなのだ。人気は上の下か中の中と言ったところ。メジャー番組への出演は一通り制覇し、絶頂期から緩やかな下降期へとさしかかっている。2ヶ月前までは、休みすらない分単位のスケジュールで仕事が組まれていたが、今月はもう2日も何もしていない。

「みんな、言い合いはやめるんだ。今必要なのは石ボの団結力だよ」

 聖ジョルジョが3人を睨みつける。本人にはそのつもりはなく、常にこの視線なのだ。

「てか、今日も仕事ないなら、おれもう帰っていい。この後デートだから」

 マルスの言葉に聖ジョルジョの表情が変わる。しつこい様だが、彼らは石膏のため、表情は決してかわらない。しかし、その視線に紛れもない怒りが燃え上がっている。

「マルス、デートって誰とだい。僕たちはアイドルなんだからそこらへんは自覚してもらわないと」

「どーせ、花屋敷ミラちゃんとでしょ。また週刊誌に撮られて怒られるよ」

 メディチの言葉に聖ジョルジョが勢い良く立ち上がった。これで最後にするが、聖ジョルジョは胸像のため、決して立ち上がらない。

「ミラちゃんだと、マルス、お前はどういうつもりだ」

「あれ、ジョルジョ、まだミラちゃんのこと狙ってたんだ。聖人のくせして諦めが悪いな。まあ、もし本気ならこの恋愛絶対成就のお守りを5万円で譲るけどどうだい?」

 ヘルメスが神社のお守りをどこかからともなく取り出す。

 聖ジョルジョはそのお守りを凝視すると、一度は思い切り首を横にふった。聖ジョルジョはキリスト教の殉教者なのだ。が、後ろ髪を惹かれるようにお守りを見つめている。殉教か愛か、聖ジョルジョの頭の中で激しい戦いが始まった。

「なあ、ヘルメス。それって本当に効果あるのかい?いや、駄目だ。僕が信じるものは一つだけだ」

 聖ジョルジョは頭を抱えて石になった。

「ねえ、ぼくも帰りたいんだけど」

 メディチが駄々を捏ねる子供のように手足をばたばたさせる。

 もはや誰も反論することなく、自然と帰り支度を始めた矢先に事務所の扉が勢い良く開いた。

「皆さん、久々の仕事ですよ」

 石膏ボーイズのマネージャー石本美希が満面の笑顔で聖ジョルジョの頭をぺしぺしと叩く。

「あの石本さん、痛い、痛いんですけど」

 聖ジョルジョが鋭い視線に涙を浮かべる。

「あっごめんなさい、つい癖で。石膏があると叩きたくなっちゃうんですよ」

「いや、それはそれで駄目だと思うよ」

 ヘルメスが冷静に呟いた。

 このマネージャーの詳しい説明は不要だろう。

 何かの縁で石膏の世話をすることになった精神力と体力自慢のマネージャーである。

「で、仕事って何?石ちゃん、もしかして僕のドラマとか」

 メディチが目を輝かせる。

 目立つことが何よりも好きなのだ。

「おれは肉体系の仕事にしてくれ」

 プロテインドリンクをいつの間にか飲み干したマルスが胸筋をぴくぴくと動かす。

「ぼくは特に希望はないです、ただギャラだけは絶対に譲れませんね」

 特製お守りを美希に取られたヘルメスはお守り代を請求しようと領収書をまたどこかからともなく取り出す。それを美希は容赦なく破り捨てた。

「いえ、皆さんにそんな良い条件の仕事なんか来る訳ないじゃないですか、あれだけチャンスがあったのにことごとく潰して、出入禁止の局まであるんですよ」

 そう石膏ボーイズは今かなりの落ち目にさしかかっているのだ。

「という訳で、今回の仕事はほぼボランティアです。小学校に行って授業をします!」

 全員の頭の中に名番組『ようこそ○輩』のテロップが浮かんだ。

「いやいや、石本さん。僕たちは確かに石膏だけど、正直教育とは無縁の存在だよ。むしろ専門は竜対峙と布教だし」

「おれは戦いだな、やるんなら戦闘訓練だ」

「ぼくは、小学生の女の子はさすがに守備範囲外なんだけどなあ」

「ギャラ次第だよ。小学生と言ってもノーギャラはありえないよ」

 4人が一斉に口を開く。

「あっ、みなさん勘違いしていると困るので、そんなメジャー番組じゃないですからね、これは」

 4人のテンションが一気に落ちた。

「じゃあ、却下で」

 石膏ボーイズにはアイドルとしてのプライドだけではなく、神や聖人としてのプライドもあるのだ。

 しかし、そのプライドは美希の強烈なビンタが埃のように吹き飛ばす。

「あんたらに仕事を選んでる余裕はないでしょ。仕事するか、置物になるか、さあ、選びなさい」

「仕事します」

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