けものフレンズSS

徳川レモン

ジャパリパークへようこそ!


 のどかな景色が眠気を誘う。

 ここは砂漠地方を越えて入った森林地帯。ボク達はジャパリバスで図書館へ向かうために先を進んでいる。サバンナ地方で友達になったサーバルちゃんも一緒なので比較的楽しい道のりだ。

 でも気がかりなことがある。

 ボクにはフレンズになる以前の記憶もなければ、自分がなんのフレンズかも分からない。サーバルちゃんは火山の噴火で生まれたと言っていたけど、得意なこともないし耳や尻尾だってないから少しずつ不安になる。


 もしかして本当にナマケモノのフレンズじゃあ……。


「カバンちゃん、どうしたの?」


 サーバルちゃんが首をかしげてのぞき込む。

 オレンジ色のミディアムヘアーに、まだら模様の蝶ネクタイ。それに白シャツにまだら模様のスカートは可愛い彼女によく似合っている。フレンズはボクと違ってみんなお洒落だ。


「少し不安になったんだ。もしかしてボクって本当はナマケモノのフレンズじゃないかって……」

「そんなことないよ! カバンちゃんはすっごいんだから! きっといいフレンズだよ!」

「そうだといいけど……」


 サーバルちゃんはいつも元気で優しくて、ボクとは違ってすごく可愛い。

 ボクもサーバルちゃんのようなフレンズだったらよかったのに……。


 がくんっとジャパリバスが急停止した。

 運転をしていたラッキーさんがボクに声をかける。


『緊急回線ダヨ』


 そう言うと、ラッキーさんとは違った声が聞こえ始める。


「聞こえるかしら? そこに誰かいるの?」


 ボクとサーバルちゃんは周りをキョロキョロする。

 バスの周りには誰もいないから、これはきっとラッキーさんから聞こえている声だ。

 ボクは恐る恐る返事をする。


「あの……だれですか?」

「私はジャパリパーク責任者の橘香織たちばなかおりよ。それよりもラッキービーストがガイド機能を起動させているって事は、貴方フレンズじゃないでしょ?」

「え? フレンズじゃない?」

「…………まぁいいわ。とにかく詳しい事情を聞かせてもらいたいから、サバンナ地方に来てちょうだい」


 それっきり声は聞こえなくなった。

 ボクとサーバルちゃんは顔を見合わせてしばらく考える。これってサバンナ地方へ戻ることになるのかな?


「サバンナ地方で待ってるって言ってたね」

「うーん、私にはむずかしすぎてよくわからないよぉ」


 サーバルちゃんは頭を抱えて唸っている。

 なんとなくボクは理解できた。ラッキーさんから聞こえた声はラッキーさんとは別の誰かなんだと思う。きっとその誰かがサバンナ地方で待ってるって言ったんだ。


「ラッキーさん、サバンナ地方へ行ってもらえますか?」

『分かったヨ。サバンナ地方ダネ』


 ジャパリバスはぐるりと逆方向へ進路を変えると、サバンナ地方へ向けて走り始めた。


 ボクは先ほどの事を思い出してドキドキする。もしかすれば、声の主はボクが何のフレンズか知っているかもしれない。……いや、ボクはフレンズじゃないって言っていた。だとするなら、ボクの正体を知っている可能性は高い。きっとそうだ。


「ムニャムニャ……そんなにジャパリまんたべられないよぉ」


 いつの間にかサーバルちゃんはボクの膝を枕にして眠っていた。

 夜行性だって言ってたから、日が出ている内は寝ることが多いらしい。気持ちよく寝ている姿を見ていると、なんだかボクも眠くなってきた。ずっとずっとサーバルちゃんと一緒にいられるといいなぁ。



 ◇



『起きて。サバンナ地方に到着したヨ』


 ラッキーさんの声に起こされて、ボクとサーバルちゃんは目を覚ます。

 ジャパリバスから降りると、確かにサバンナ地方に到着しているようだった。


 ただ、声の主は周囲にはいない感じだ。


「ラッキーさん、ここで合っているんですか?」

『ここで合ってるヨ』


 ラッキーさんのお腹の丸い部分に”の”という模様のような物が現れていた。

 それは点滅して、だんだんと速度を増してゆく。いやな予感がすると、周囲が急に薄暗くなった。


「ミャミャミャッ!? なにがおきてるの!?」

「サーバルちゃん!」


 ボクが叫ぶと、強烈な風が巻き起こり砂埃が舞い上がる。

 ゴォォオオオオッと体を震わせるような音が聞こえて、ボクとサーバルちゃんは空を見上げた。


 ソレは三角で銀色の何かだった。


 よく分からないものが空に浮いていて、風を起こしながら徐々に地面に近づく。

三つの足が出てくると、重い音を鳴らしてゆっくりと着地した。


「あわわわわ……」

「おっきい鳥のフレンズだね! だいじょうぶだよカバンちゃん!」

「サーバルちゃん! 危ないよ!」


 サーバルちゃんはソレに駆け寄る。


「キミはおっきなフレンズだね! 何の鳥かな!」


 ソレは反応しない。

 ボクはそれがひどく恐ろしくて声が出なかった。


「ここはだれもなかまはずれにしたりしないよ! なかよく――あうっ!?」


 ソレの一部が開いて、サーバルちゃんの顔面にぶつかる。

 ボクはますます恐怖に固まった。


「……あら? フレンズが一緒だったのね」


 謎の何かから出てきたのは、黒く長い髪に赤い服を着たフレンズだった。

 でもボクと似ていて耳も尻尾もない。


「サーバルちゃん大丈夫!?」


 ボクはサーバルちゃんへ駆け寄ると抱き起こす。


「うー、びっくりしたよ。フレンズの中からフレンズが出てくるなんてはじめて」

「サーバルちゃん、あれは多分だけどジャパリバスと同じものじゃないかな」


 ボクは銀色の何かを見ながらそう話す。

 ラッキーさんが言っていた”乗り物”なんだと思う。


『認証開始……完了。橘香織様、ようこそジャパリパークへ』

「久しぶりねL-003。パークの状態はどうなのかしら?」

『収集したデータを転送します』


 ラッキーさんと現れたフレンズさんが会話をしていた。

 今までボクとしか話をしなかったはずなのに……。


「じゃあ事情を話してもらおうかしら。ここへは人は入れないようになっているはずよ」

「人? 人ってなんですか?」


 ボクは首をかしげる。

 はじめて聞く言葉だからだ。


「人を知らない? 自分が人間なのかも分からないの?」

「ボクには記憶が……その……ないんです」

「記憶がない? じゃあここへ来る以前の記憶が一切ないって言うの?」

「はい……」


 なにか悪いことをしているようで心が苦しくなった。

 橘さんは額を押さえると、大きな溜息を吐く。


「嘘でしょ……この子どうやって来たのかしら……」


 ぶつぶつと呟いている姿を見て罪悪感を感じる。

 ボクがここにいることはおかしいことなんだ。ちゃんと謝った方がいいのかもしれない。


「あ、あの……ごめんなさい! ボクがここにいるから橘さんが困っているんですよね!」

「え? ああ、気にしないでちょうだい。まさか閉園した場所に人がいるなんて思ってもみなかったから驚いただけよ。それよりも少しだけ検査をさせてもらえないかしら」

「検査ですか?」

「少し調べるだけよ」


 橘さんに連れられて、ボクとサーバルちゃんは銀色の乗り物の中へ入る。

 中はジャパリバスと似ているようでどこか違っていた。よく分からないものが至る所に見受けられ、サーバルちゃんはワクワクしながらキョロキョロしている。ボクは怖くて身が竦む。


 狭い道を歩き続けると、小さな部屋へたどり着いた。

 そこには白くて大きな丸いものが置いてあった。ボクはなんなのか分からず、不安が奥底で吹き上がっていた。


「これは医療用ポッドっていうものなの。今回はスキャン機能だけを使うから、心配しなくていいわ。ちょっと覗くだけよ」


 ボクは背負っていたカバンを床に下ろすと、ポッドの中で横になる。

 中は冷たくひんやりとしていて少し気持ちいい。


「カバンちゃん、いいなぁ! 私も入りたいなぁ!」

「ごめんね。これに入れるのはボクだけみたいだから……」


 プシュウウ。

 聞き慣れない音が聞こえて、ポッドの透明な蓋が閉まってゆく。

 サーバルちゃんはボクの顔を見ながら嬉しそうだ。ポッドを触っている橘さんは真剣な表情で別の何かを見ているようだった。これでなにが分かるのか分からないけど、ボクの正体を知ることができるかもしれない。もしかすれば得意なことだってきっと……。


「なにこれ……嘘でしょ……」

「なになに? どうしたの?」


 橘さんとサーバルちゃんの声が聞こえた。


「ありえないわ……」

「なにがありえないの? ねぇ、おしえてよぉ」

「と、とりあえずポッドを開くわ……」


 ポッドが開き始めた。

 起き上がったボクを橘さんはじろじろと見る。


「あの……なにか分かりましたか?」

「ええ、まだ十分なデータがとれたわけじゃないけど、貴方が何者かはおおよそ分かったわ」

「ボクは人なんですか? それともフレンズ?」

「…………」


 橘さんは黙り込む。

 言いたくないと言う雰囲気は分かった。でも、ボクは真実が知りたい。







「貴方はセルリアンのフレンズよ。それも極めて人に近い」


 ボクの心臓を何かが鷲掴みにした。


 セルリアンのフレンズ? 嘘だよね?

 だってボクとセルリアンは似ても似つかないし……。


「カバンちゃんがセルリアン!? そんなはずないよ! ぜんぜん姿がちがうんだから!」


 サーバルちゃんは橘さんへ怒る。

 でも橘さんは無視をして話を続けた。


「まず、セルリアンがなんなのかを説明しないといけないわね。そうすれば貴方がどうして人の形をしているのかわかるわ」


 橘さんは四角くて薄いものを渡してきた。

 そこにはセルリアンと呼ばれる、青い生き物の姿があった。


「セルリアンはサンドスターと呼ばれる謎のエネルギーから生み出されるわ。でもそれはフレンズも同じ。そもそもどうして敵同士が同じものから生まれるか分かるかしら?」

「分かりません……」

「それは私たち人間が機械を使ってサンドスターに強制的に介入し続けているからなのよ。だからフレンズは生まれる。ただし、サンドスター自身はそれが許せないのね。セルリアンはサンドスターのせめてもの反抗なのよ」


 反抗……じゃあボクは人やフレンズを倒すために送り込まれた敵って事?


「サンドスターはまだまだ謎が多いエネルギーだけど、意思を持っていることはすでに分かっているわ。そして学習している。おそらく人に似せることで、私たちに潜り込み強制介入をやめさせようとしているのよ」

「でも、どうしてフレンズを生まれさせる必要があったのですか? ジャパリパークっていったい何なんですか?」

「ジャパリパークは超巨大総合動物園よ。日本政府が主体となってこの地に建設した、人類の夢が詰まったテーマパーク。それがジャパリパーク。もちろん目玉はフレンズ達よ」

「じゃあ……サーバルさんやみんなを見世物にしようと考えていたんですか?」


 ボクがそう言うと橘さんは苦笑いする。


「ま、まぁそれは仕方がないことじゃないかしら……配っているジャパリまんだってタダじゃないわけだし……」

「よく分かりませんが、橘さんにも都合があるんですね」

「大人の都合で悪いけど、そういうことよ。……とは言っても、結局ジャパリパークはオープンしないまま閉園しちゃったけどね」


 どうして閉園したのか気になった。

 すると話を聞いていたサーバルちゃんが質問する。


「まったくわからないけど、おーぷんすればジャパリパークはたのしくなるの?」

「そうね。きっとそうなったはずよ。でも、私たちはそれどころじゃなくなったの」

「どういうことですか?」

「戦争よ。そのせいで人類の数は激減したわ。私たちは荒廃した地球を元通りにすることで精一杯だった。フレンズ達と遊んでいる暇なんてなかったわ」


 戦争と言う言葉はボクにはわからなかった。

 でも、すごくイヤな響きだと思った。

 サーバルちゃんも同じなのか、少し落ち込んだ表情になっている。


「ああ、二人とも落ち込まないで。私がこうやってここに来られたのは、ようやく地球が人の住める環境が整ったからなの」

「その地球って場所はもう大丈夫なんですか?」

「コロニーを建設して暮らしているから大丈夫だと思うわ。人間はともかく、希少動物は元々この星で繁殖させていたからギリギリセーフってところね」

「ここは安全なんですね」

「うーん、安全って訳じゃないけどね……」


 橘さんはボクを見る。

 そうだ、ジャパリパークにはセルリアンがいる。そしてボクも。


「ちょっと服をめくってもらえるかしら?」


 ボクは橘さんの指示に従い胸の部分をめくる。

 少しふくれた胸の中心に青い石が存在していた。今まで気がつかなかったけど、これがセルリアンである証拠だ。ボクは人とフレンズの敵。


「ちがうよ! カバンちゃんはセルリアンなんかじゃない! 私しってるよ!」


 サーバルちゃんはボクを抱きしめる。

 それが嬉しくて感じたことのない感情がわき起こった。


 ボクもサーバルちゃんを抱きしめる。

 暖かく見えない何かがつながっている気がする。


 ボクは人やフレンズの敵なんかじゃない。


 みんなを知るために生まれたんだ。

 多くのことを知って手を取り合うために生まれた。


 誰かを傷つけるために生まれたんじゃない。


「カバンちゃんの石が光ってる!」


 ボクの胸の石は輝いていた。

 濁流のようにサンドスターの感情が流れ込んでくる。


 サンドスターは他の星から来た人や動物を理解したかった。


 人をもっと知りたかった。


 仲間に入れてほしかった。


 だからたくさんのフレンズを吸収して理解しようとした。


 でも、それは間違っていた。


 答えは簡単だった。

 手を取り合えばよかったんだ。


 ボクの石から光が消えると、床がグラグラと揺れ始める。


「わわっ! なになに!?」

「地震!? この星では地震なんて――」


 ハッと何かに気がついた橘さんが、慌てて外へと飛び出す。

 ボクとサーバルちゃんも後を追うと、外では火山が噴火していた。


 正方形のサンドスターが火口から吹き出し、キラキラと空を虹色に染め上げていた。


「サンドスターの噴火だね! また新しいフレンズが生まれるよ!」

「すごい……」


 ボクは圧倒的な光景に見入っていた。

 光はボクらの近くにも降り注ぎ、地面に落ちるとすぐに形を変え始めた。


 モコモコとボクのように耳も尻尾もない姿になると、わぁぁっとサーバルちゃんに集まってくる。何百もいるけどすべてがボクのように黒髪でボクとはちょっと違う。一番はボクだけが帽子をかぶっていることかな。


「すっごーい! たくさんいるねぇ! あはははっ!」


 サーバルちゃんは次々に抱きしめられて、ニコニコと嬉しそうに抱きしめ返していた。サンドスターはとうとう見つけたんだ。人を理解する方法を。


「私たちこそこの星の意思を理解していなかったのかもしれないわね」


 橘さんはそう言いながら、ボクから帽子を取り上げて自分でかぶる。


「か、返してください」

「あら、言っておくけど、この帽子は元々私のものよ。どこで拾ったのか知らないけど、もう貴方には不要でしょ?」

「でももうパークは開かないんですよね?」


 トレードマークだから返してほしいと思ったけど、橘さんは微笑むと首を横に振る。


「もう一度チャレンジするわ。このジャパリパークをオープンさせたい。だからこの帽子は返してもらうわ」


 そう言って銀色の乗り物へ乗ると、風を巻き起こして空へと飛んで行く。


 ボクらは手を振って見送った。

 人が来たときボクはきっとこう言うだろう。



 けものはいても、のけものはいないジャパリパークへようこそ。



 【完】




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