ある晩、自宅サーバが起動しなくなって
ktr
序章:眠れない午前二時
それは、ちょっとしたことから始まった。
「あれ?」
平日深夜。
既に午前。明日も勿論お仕事。
もう、寝なきゃいけない時間。
四捨五入すれば三十路の身では、夜更かしは避けないとね。
そう思ってベッドに潜り込んだんだけど、眼鏡はまだ外さない。
寝る前に枕元のノート PC でちょっとだけ趣味の作業ファイルを更新しておこうって思ったから。
四捨五入しなければ二十代なんだから、あと少しぐらい大丈夫よ、うん。
なんだかさっきと言ってることが違う気もするけど、あたしは今に生きるのよ。
因みに、パソコンはデスクトップと枕元のノートの二台持ち。
自宅ファイルサーバ上で作業用のファイルを共有することで、今みたいに寝る前にふと思い立って作業が進められたりできるし、メインのデスクトップでの作業に疲れたらベッドに横になってノートで作業の続きなんてこともできる。
システム屋としての技能を存分に発揮して構築した快適環境なのだ。
って、今日日なんちゃらドライブとかのクラウドサービス使ったら同じことは簡単にできちゃうんだけど、職業柄、どうしてもセキュリティが気になって外のサーバに大事なファイルを置くのを躊躇しちゃうのよね……
だから、決して外からは覗かれないクローズドな環境に構築した自宅サーバが、あたしにとってはベターな選択だったってわけ。
なのに。
「ファイルサーバ、繋がんない?」
サクッと更新して寝ようって思ってたのに、なんなのよ……
苛立ちを覚えながらも「個人利用のファイルサーバだもん。取りあえず再起動しときゃいいでしょ」と ssh クライアントを立ち上げて寝室の隅に陣取るサーバにログインして、 su コマンドでルート権限取得して、 reboot コマンドで再起動実行。
この、眠気に囚われた頭での杜撰な対応が後の悲劇に繋がったんだけど。
それで思いっ切り激しい後悔に苛まれるんだけど。
このときのあたしには、そんなこと解らなかった。
ただ、ぼんやりとどこかから聞こえてくるブザーのような音が耳障りだなぁ、と思いながらサーバが再起動してくるのを待ってただけ。
「遅いわね……」
十分近く経っても、サーバに通信が繋がる気配がない。
ssh クライアントが繋がらないのは勿論、 ping コマンド にも反応がない。
ファイルサーバは仮想サーバ上に構築してたりするので、今度はその仮想サーバを動かしてるホストサーバに繋いでみようとしたんだけど、
「え? こっちも、繋がらない? ping も通らない?」
そこで、ようやく最悪の事態に思い当たった。
「まさか」
慌てて布団から飛び出てサーバの前に移動。
こんなこともあろうかと、パソコンデスクから延ばしてある VGA ケーブルをモニタへ接続し、サーバの状況を確認する。
「う、嘘、でしょ……」
眼鏡を掛けたままでクリアな視界で捉えたディスプレイに映っていたのは。
真っ暗な画面に、
Operating System not found.
の文字。
「ハ、ハードウェアごと、再起動したら、いける、よね? よね?」
背筋に冷たいものを感じながら、サーバの電源ボタンを押して再起動する。
ディスプレイに BIOS の起動画面が表示されるのはいいとし、え、この音、何? なんか、サーバからビービーってブザーみたいな音鳴ってるんだけど……
「あ、さっきの、この音だったんだ……」
今更そんなことに気付いても仕方ないけど、この瞬間、嫌な予感が確信へと近づいて行く。だって、ハードから警告音のブザーが聞こえるってことは、それは、ハードに異常があるってことで……
ううん、まだ、まだよ。
そうと決まった訳じゃない。
祈るような気持ちで待つ数秒が過ぎ。
果たして、ディスプレイには、
Operating System not found.
の文字。
ここまで来れば、流石に認めるしかない。
「サーバのディスクが、死んだ?」
午前二時。
翌日も仕事。
「嘘、嘘、よ……」
呆然としながらも、こんな状況じゃ眠れない。
かくして。
絶望の中、あたしの自宅サーバ復旧作業が幕を開ける。
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