第66話 とおきひへ

 ロッジの一行は揺れが収まり始めた頃、皆の安否と状況確認の為に、自然とロビーに集まっていた。この場の全員が無事である事も見受けられる。しかし、どうにも心が落ち着かない、そんな雰囲気が醸し出されていた。


「今のは……なんなのだ……」


 まず最初にアライさんが切り出した。


「ボク……ゲームオーバーだと思ったよ……」

「いやぁー、凄い揺れだったねー。アライグマも椅子から落ちる勢いだったよ~」

「フェネック!! 冗談を言ってる場合ではないのだ~!!」

「うーん? 冗談ではないんだけどなー」

「にしも、あんなに大きな地震って初めてなんじゃないかなー?」


 「うんうん」と首肯する一同。

 ヨーロッパビーバーの意見に皆が同意して、その揺れの大きさを再認識していた。彼女の言う通り、先程の大地震はキョウシュウエリアで過去最大の揺れであった。震源地はサンドスターの高山であり、ジャパリパーク全体から見て近距離にあるこの地点、即ちロッジはその建築構造設計から捉えても、揺れをより強く感じる事の出来る場所であったのだ。


「けど、仲間が無事で良かったです……」


 コモモが皆より少し落ち着いた様子でそう吐き出すと、全員もそれを確認し、平静さを取り戻し始める。


「ホントにびっくりしたよ~、きゃーって感じでさ~」

「ロスっち、意外と落ち着いてたよー?」

「内心はビクビクだったんだよ~。アミメキリンちゃんは、逆にマイペース過ぎだよー。少しは焦らないとー」

「ああいう時こそ、冷静さを保った方が良いんだよー」

「た、確かにぃ……」


「結局、あれは普通の地震だったのか? 変な……揺れだったのだ!」


 アライさんが感付く程、普段味わう地震と違い、揺れ方に違和感を覚えるものであった。それは今まで体感したどれよりも、長く体に粘り着くもの。嫌悪感と違和感を混ぜ合わせた所から生まれる、言葉にし難い感覚であった。


「まー、確認しようがないしねー。自然現象であれば、私たちにどうこう出来る代物じゃないよー」


 フェネックはそう言いながらも、今までの出来事を思い返して、思考を巡らせていた。度重なるセルリアンとの遭遇、地形の違和感や不自然な現象。これ等の事柄が全て、“何か一つ”に繋がっているのだとしたら、きっと自分が想像している以上の出来事が表や裏で動いているのだと……、過剰に詮索をしてしまう。


「フェネックの言う通りだねっ! 私たちにはどうしようもないさー。事も落ち着いた様だし、みんな、身を休めるとしようよー」

「ヨーロッパビーバーさんの言う通りですね。安否が確認出来たので、安心しました。うふふ……」

「そうだね~。揺れも収まったし、自分達の部屋に戻ろうか~!」

「私とロスっちはあっちの部屋に居るよー。何かあったら呼んでねー」

「分かったよー。それじゃあコモモ、私達も戻ろうかー」

「はい」

「アライさん、私達はあっちの部屋に居るからねー。よろしくっ~」

「分かったのだ!」


 キリンの二人はロビー右手の部屋へと移動。ヨーロッパビーバーとコモモは二人セットで左手の部屋へと戻って行く。ロビーに残った四人の内、フェネックとリカオンがその場から去り、四人が寝れる大部屋を探しに向かっていった。


 アライさんとキタキツネは机を挟んで対面する。


「じぃー…………」

「………………」

「さぁ、話すのだ!! お前はもう逃げられないのだ!!」

「……ボク、別に悪いことしてないよ……」

「アライさんはもう待ち切れないのだ!!!!」

「……うん」


 二人になったロビーは、先程までの活気とは裏腹に寂寥せきりょうな空間へと移り変わっていた。口数の少なさと沈黙の多いキタキツネのペースに、アライさんがイライラし始める頃合。それを先立って読み、彼女は自らの情報を開示し始めた。


「あれは……数日前だったかな……?」

「そうなのだ。確か……、二日くらい前なのだ!」

「……うん。ボクはゆきやまちほーに居たから……。すぐ近くで見たよ……」

「ほ、本当か!? それは、どこからだったのだ?」

「……サンドスターの……高山かな……?」

「高山……。博士の言っていた“標高の高い場所”と一致するのだ!! 間違えないのだ!!」


 遂に、アライさんは決定的な情報を手にした。

 光りを目にしてから右往左往、困難を乗り越えた先で、ようやくゴール手前まで辿り着いたのである。


「だけど……、あれは少しおかしかったよ……?」

「おかしい?? どういう意味なのだ?」

「新しいフレンズが……生まれたとは思うんだけど……」

「??? はっきり言うのだ!!」

「多分……“一人だけ”……」

「!?!? ……嘘なのだっ!!」

「…………ホントだよ」

「ありえないのだっ!」


 キタキツネが告げたのは、大きな光りの明確な発生地点と不可解な情報であった。その後者にアライさんが思わず噛み付く。あれ程大きな光りをもってしてフレンズが一人だけしか生まれないという確率は10%もないだろう。その光りの規模は、最も遠いさばんなちほーのアライさん達の目に映り込む程、大きなものであったのだ。ジャパリパークには、未だにフレンズ化を成していない動物が数多く生息している。それ等に全く触れる事無く、あれだけの大規模な光り、即ちサンドスターを高地から発生させ、降らせるなど不可能に近い現象である。


 強く否定するアライさん。

 そこへ部屋を見付けたフェネックとリカオンが二人の元へと戻ってきた。


「どうしたのー?」

「フェネック! あの光りでフレンズが一人しか生まれてないと言われたら……、信じるか?」

「うーん……、普通に考えたら信じないだろうねー。あれだけ離れてた私達が見れたぐらいだからねー」

「フェネックさん、そんなに大きなものだったのですか?」

「うん。まぁー、今までにないくらいにはねー。大きさもそうだけど、形も特徴的だったよー」

「空を、突き抜ける様な感じだったのだ!!」


 椅子に座りながら、体全体で表現するアライさん。


「なるほど。けど、キタキツネさんが嘘をついている様には見えませんよ……」

「ボク……嘘は……、つかないよ……」

「それは、分かっているのだ……」

「うーん……、そうだねー。それか、その光り自体が今までの様なサンドスターの発生では無い、とかかなー?」

「フレンズの生まれるサンドスターの光りや噴火とは、“別のもの”、ということですか?」

「それ以外、考え難いよねー……。結局、答えは……」

「行って確かめるしかないっ!! のだ……」

「おおーっ! アライさん、察しがいいねー」

「あっ、二人共、こっちですよ。良い部屋があったんです」


 リカオンに連れられ、四人はベットの並ぶ木造の大部屋へと入っていく。バルコニーからは自然との一体感を強調した景色が堪能でき、澄んだ空気が流れ込む。まるで、森の中で寝ている様な、フレンズにとって安心の出来る環境となっていた。勿論、宿泊施設である為、ヒトが利用した際も寛げる癒しの空間となっている。


 皆がそれぞれのベットへと倒れ込み、身を休め始めた。けものフェスティバルに加え、アライさんとフェネックは旅での疲れも積み重なり、心身ともに満身創痍。月光が微かに射し込むこの大部屋が次第に静寂に包まれた頃。


 リカオンは何かが気になり、もやもやしていた。


「何か……、忘れている様な……。まぁ、いいか……」


 その原因の赤いフレンズは、あの大きな揺れに襲われても目を覚まさずに、自分のお気に入りの部屋で一足先に就寝していた。


 そして、ロッジの一行も次々に各部屋で眠りに就くのであった。


 アライさんは、ジャパリコインを大事に胸にしまい疲労困憊したその身を休め、静かに意識を落としていく。そして、いつかの事を思い出す。


 それは遠い日の記憶……。

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