第65話 こんげん

 その発端となるべき出来事は、この現象から数分前に起こっていた。

 そして、この状況を作り出したのは更に遡る事――数年前。


 突如として現れたモンスター、通称“セルリアン”。

 セルリアンは以前コノハ博士が述べた通り、モノや生物から“輝き”を奪う事を行動原理としている。それに付け加え、“形”をコピーするという性質を持つ。この性質により、見覚えのある形状の個体が数多く存在する。それでも、小型セルリアンや大型セルリアン、更には特殊な力を持つユメリアンなど、多種多様な個体がパーク全体に散在している。その中でも、通常のセルリアンと比べ、統率が取れた異色のセルリアンが存在する。それが黒いセルリアンである。そして、その黒いセルリアンを統べる者が、今回の発端を作り出した張本人となる。


 名は――女王。


 嘗て、複合娯楽施設のパーク・セントラルで起こった『セルリアン襲撃事件』。

 その際、スタッフの避難を確認するべく最後まで残っていたカコがセルリアンに襲われてしまう。そして、カコの“輝き”を奪い、形状を変化させたセルリアンこそ――この女王である。


 それは、この時生まれた表裏の表を指す存在であった。


 その後、カコは意識不明の状態でスタッフに発見され、パーク外の病院へと搬送された。そして、今もなお昏睡状態が続いているという。


 女王の形態は、全身が黒く、白髪の人型であり、カコに酷似した容姿である。そして、彼女の輝きを奪った事により、多くの情報と知識を得た女王は一つの理念を生み出す。


 それは、カコの内に秘めた想いを独自に解釈したものであった。

 彼女の潜在意識“会えない悲しみ”を無くす為、全ての輝きを奪い、セルリアンの統治下で永久に再生及び管理を行うというものである。


『すべての 輝きは やがて 消える。

 失い どれほど 焦がれようと 戻ることはない。


 しかし 我々 セルリアンは 保存し 再現する 永遠に』


 そして女王は機械的にその思想の元、パーク中の輝きを奪う為に画策した。


 しかし、そこで対峙したオイナリサマとパークスタッフ数名に抑えられ、特殊な結界に閉じ込められてしまったのである。


 オイナリサマとは、日本の神道における神様・お稲荷様いなりさまのフレンズである。


 多くのフレンズとは異なり特殊な力を持った、元はリウキウチホーの守護けものの一人。神道上に置けるお稲荷様自身は狐の姿をした神様ではなく、狐はあくまでお稲荷様の神使しんしであり眷属けんぞくである。だが、フレンズ化したオイナリサマの姿は狐の少女そのものであった。おそらくはイメージしやすい、もしくは多くの者が想像する心象によって創り上げられたものだと思われる。


 彼女は守護けものである。

 ジャパリパークの平穏を守る為に、日々その務めを果たしている。皆の笑顔を望む心の優しい神様といった所だ。同じ守護けものや、キツネ達とは親交があり、特にギンギツネとは大好きな油揚げの話で盛り上がる程、仲が良く、敬愛されている。


 全体は白で、キツネ達と似よりの服装をしている。胸元の蝶ネクタイが赤で、大きく尖った耳の内側がピンク色である。瞳は黄色で、もふもふとした大きな尻尾を持ち、左太ももを小さなしめ縄で縛っている。しめ縄には、神にまつわるふさわしい神聖な場所という意味が込められており、神の領域とを隔てる結界の役割を果たし、不浄なものを入らないようにしているのだ。


 そして、その舞台となった遊園地エリア『パーク・セントラル』は本来、超巨大総合動物園ジャパリパークの玄関口として、なるべく存在であったのだが……。

 

 この様な事件に遭ってしまった。


 パーク・セントラルには多くのエリアとアトラクションが配置されている。

屈指の眺望が体験できる『展望庭園』。『ショッピングエリア』や『森林公園エリア』などゲストを楽しませる施設に加え、パークに必要不可欠なエリアも存在する。


 外海と繋がる構成の『ハーバーエリア』や、物流を担う『倉庫エリア』などはパークにとっての心臓とも言うべき区画なのだ。これ等のエリアを内包するパーク・セントラルが脅威に晒されている以上、ジャパリパークの休園は余儀なくされたのである。


 更に加え、サンドスターロウの増幅によりセルリアンの一部がその勢力を拡大させ、ヒトが強制退去するまでに至ったのである。


 これがこのジャパリパークの現状となる。


 パーク・セントラル、『けものキャッスル』の内部。


 そして、女王とオイナリサマは今もなお対峙し続けていた。


「あなたのその歪んだ願いは果たされない。……いいえ、果たされてはならない……」

「………………」

「あなたの狙いはお見通しです。“けもハーモニー”を転換した“セルハーモニー”によって、簡捷かんしょうに事を為すつもりでしょうが、そうはいきません」


 けもハーモニーとは、アニマルガールが秘める共感能力による“奇跡”の事である。長い時を経て、女王との調和を試みたオイナリサマは彼女の思惑を見抜いていた。しかし、その思惑を見通した所で、未だ対立は続いているのである。


「………………」

「サンドスターロウの増加によって、あなたが指示を送る黒いセルリアンが増殖していることは知っています。しかし、結界の外にはハンターやセルリアン退治に協力するフレンズ達が多く居るのです。私がここ去るには至らないでしょう」

「………………」

「セルリアンの女王……、最大の脅威そのものである“あなた”がここに居る以上、この場を離れる理由はありません」

「…………そうか……。ならば、私が離れよう……」

「―――言葉が!?」


 ぱっりーーーん。


 女王がオイナリサマの言葉に返答すると同時に、女王を封じていた結界が破られた。


「くっ……力を隠し持っていたなんて……。それとも……外部からの影響……、やはり原因はサンドスターロウの……」

「“特別”を奪えば、“それ”は永遠に維持される……」


 女王は外部の黒いセルリアンにサンドスターロウを蓄積させ、自らの力も密かに蓄えていたのである。


「それは輝きのこと? あなたがそんなことをした所で、カコさんの願いは果たされたりはしないっ!! 私達、フレンズがそれを阻止します!!」


 オイナリサマは特殊な力を使い、再び女王を制御しようとする。白い光り、サンドスターの波を操り、彼女に初手にて不意打ちを行う。


 ドォーン!


「なっ――!?」


 しかし。

 オイナリサマの後方から、何処からともなくやってくるサンドスターロウの行列。それを吸収し、力を手にした女王に壁を作られ弾かれたのだ。


「フレンズか……。それは……彼女の孤独感が生んだ……人形に過ぎない……」

「違うわ。あの人が絶滅種の研究を行うのは、会えない悲しみを減らすためよ。私達のカコさんを侮辱しないでっ!!」


 そして、オイナリサマはその黒い壁が砂の様に崩れると同時に、自身も接近しながらサンドスターの波を飛ばした。


 黒の壁は再び形成され、彼女の意思諸共、拒絶する。


 白と黒の衝突――牢固たる防壁は、女王の理念の強さを物語る。オイナリサマはサンドスターの波を回す様に凝縮させ、一点を貫く一矢へと変換した。


御劔みつるぎ――いって!!」


 放たれた鋭利な一矢は、一色の的としっかりと捕らえる。二度目の激突は、視界に二色の光りを飛散させた。黒の壁は白い輝きと共に、散り散りとなる。すり抜ける様にして、オイナリサマが接近する。右手の手中に光りが集まり、その一振りを作り上げた。


「――小狐丸こぎつねまる!!」


 柄を掴み、輝きを放つ一振りにて、女王を一刀両断しようと試みる。


「えええええい!!!!」


 宙を飛び、振り下ろされた一刀が女王に向かう。


 しかし――。


「なっ……」


 装飾された燭台しょくだいと立派な柱を横手に、けものキャッスルの室外から女王へ向け無窮むきゅう収斂しゅうれんするサンドスターロウの一部によって、その一手も防がれた。


 再び創造されたその盾は、部分的に顕現けんげんしており、まるで卵の殻の様な形をしている。一度、オイナリサマが後方に退き、距離を離すと、その盾は砂の様に崩れて、女王の元へと還っていった。


「その言葉に、含意がんいするものは孰れ解る……。いや、私が証明してやろう……」


 女王から放たれる負の感情。

 それは神聖なオイナリサマにとっては、相反する存在と言えるものであった。室内に不浄な空気が充満していく。


「全てのフレンズを支配するつもりですか? そんなことをした所で……、また同じ想いを背負うだけです……。あなたの心は満たされたりはしない……」

「……否。……保持し続けてられるさっ!!!!!!」


 女王が前方に向け手を広げると同時に、まるで雨の様な銃弾となりオイナリサマに襲い掛かる。


「くっ……」


 無数の銃弾を斬り落とし、凌ぐオイナリサマであったが、その際限のない攻撃に体力とサンドスターを蝕まれていく。


「ここまでとは……、増長の程を見誤っていたようです……」

「“アレ”はおまえの代わりにはならんよ……」

「――??? もしかして、ギンギツネやキタキツネのことを言ってるのですか?」


 それはサンドスター同士の衝突により、起こり得た現象の一つであった。相手の心底しんていの一部が流れくる。


「アレでは役者不足だ。子ぎつね達では、おまえの様に阻むことすら出来はしない」

「……っ!!」


 迫り来る黒弾を躱しつつ、女王と一人で真っ向から対峙する。


「みんなの出る幕はない。ここで私が止めてみせます。それに秘策は他にも……」


 その時、弾丸がオイナリサマの肩を掠め、一方的に放たれ続けた黒弾が、女王目前の四方八方に着弾し、黒煙が立ち込める。


 内壁は破損し、柱の一部は崩れ落ち、床は衝撃により隆起していた。黒に灰色の煙が雑じり込む頃、その姿は影となり、その敵をしっかりと捉えた。女王は黒煙で彼女を灰煙から放り投げて壁にぶつけた。


「ぐはっ……。……その煙……、そんな風にも……使えるんですね……」


 ボロボロになったオイナリサマの姿は、普段の彼女からは連想出来ない程、見るに堪えないものであった。


「これで終わりよ……」


 そして、女王は壁に寄り掛かるオイナリサマに向かい、黒煙の激流を流し込んだ。その衝撃は壁を破壊し、けものキャッスルをも傾ける程の勢いであった。


「私は……、みんなの笑顔を……」


 オイナリサマの脳裏にキツネ達の笑顔が過る。

 そして、彼女は黒煙に呑まれ、消失したのである。


 オイナリサマの消失が引金となり、ジャパリパーク全体が大きく揺れた。これは彼女の仕掛けた最後の秘策と同時に、多くのフレンズに危機を知らせる為の警報でもあったのだ。


 その揺れは長らく続き、治まった。

 そして、女王は外へと出るとその変化を感知した。降臨された四人のフレンズの存在に。


「そうか……これが秘策と言うやつか……。四神ししん……、良いだろう……」


 女王の目的地はすぐに決まった。

 せ向かうは――キョウシュウエリアである。

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