第44話 きしょう

*


 さばくちほーの片隅。

 スナネコの穴倉で朝を迎えた三人。フェネックは早朝からその異変に気付いていた。いつもはうるさいぐらいに体を揺さ振り、起こし来るのが日課だった相棒だが、今日は来ない。それ所か、起床すらしていないという事実がここにある。


 恐る恐るアライさんに近付くフェネック。

 昨晩被せた砂は、アライさんの寝相の悪さで既に周りに吹き飛んでいた。


「むにゃむにゃ……」

「んー……??」

「どうしましたか? フェネック」


 フェネックの後方にはスナネコの姿があった。二人はアライさんの寝姿をよーく、見詰める。気持ち良さそうに眠るアライさんの後頭部から別の物体が飛び出ているのが見て、窺えた。むにむにとしたスライムの様な謎の物体。見覚えのある着色。


 アライさんが寝返りを打ったその時、フェネックはその正体に気付いた。


「えー……。アラーイさーん」


 フェネックは寝たままのアライさんの上に乗り、鋭い眼光でその物体を凝視した。接触した事により、アライさんが起床する。身動きの取れないアライさんを冷たい視線で見下げるフェネック。


「フェ……、フェネック!? や、やめるのだっ!!」

「動かないでよー、アライさんー」

「な……、何をする気なのだ!!」


 体勢を少し変え、身構えるアライさんの下からその物体が動き、逃げようとする。


 スパーン!!!!

 物体が逃亡をはかったその時。

 フェネックは凄い勢いで手を振り下ろし、一瞬の間に謎の物体を仕留めたのである。アライさんの顔の横では、見慣れた小さな光りが飛び散った。


 そう正体は、とても小さな。


「セルリアン!?」

「アライさーん、駄目だってー。セルリアンを枕にするなんて……」

「おおー。そんな事があるのですねー。実に興味深いです」


 スナネコも思わず興味を抱いた。あろうことか、アライさんはとても小さなセルリアンを枕にし、一晩中爆睡していたのである。


「それが原因で……? アライさん達はずっと、ユメリアンと戦っていたのだ!!」

「「“ユメリアン”……?」」


 アライさんの言い分に二人は思わず顔を見合わせた。勿論、自分達の睡眠には何一つ障害はなく、快眠でき、朝を迎えた。だとすれば、この場で眠るアライさんも同様であろう。当然、二人が信じる訳もなく……。


「アライさーん、夢の話はまた今度聞くよー」

「夢だけど……、夢じゃないのだ!!」

「面白いですね。それは何なのですか?」

「ユメリアンって言うのは、キノコにクモの足が付いた様なやつで、とても大きなセルリアンなのだ!! オオカミ達と戦って……、それから……」

「アライさーん、もういいよー。とっても、現実的な夢だったんだねー」

「ふぇえええええ!! 本当なのだ、フェネック……」

「ぼくはあんまり夢を見ないので、アライさんが羨ましいです」

「スナネコまで……」


 アライさんは必死に説明をするも、二人は夢の話だと思い込んでいる。

 しかし、証明出来る証拠もなく、アライさんも今回ばかりは「仕方がない」と、自ら折れた。だが、アライさんの中には、確かに刻み付けられている。皆で戦った思い出が。その記憶が。あの時、使った投擲のすべと、過った帽子さんとの回想が。


 アライさんは懐かしむ。

 戦場でボロボロになりながら、皆で成した勝利の光りが今は、遠い記憶に感じていた。


「アライさーん、そろそろ行くよー」

「置いていきますよー」


 フェネックとスナネコが穴倉の入口で呼び掛けた。


「今、行くのだー!!」


 照りつける朝日が眩しい日向へと。

 思い出深い寝床を後にし、アライさんは再び冒険の岐路に立つ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る