往路 2

 コレットの家を発ってから三日、到着したのは深夜と言っていい時間帯だった。

 村は死んだように静まり返っている。

 我々を送ってくれた御者は走竜が夜行性で今が一番元気な時間帯であるため、その足で手前の村まで先に戻るとのことで村に入る手前の所で別れを告げた。


「流石にもう寝静まっているか」


 とは言え、酒場か宿屋くらいは開いているだろう。明かりを探すか、と視線を巡らそうとしたところで袖を引かれた。


「イムカさん、見てくださいあれ――明かりが」


「酒場か……?」


 コレットが示した方向には確かに明かりが灯っていた。

 看板があるかどうかまで見えないので酒場か宿屋かそれとも他の建物なのかが判らない。


「まあいい、とりあえず行ってみよう」


 そう言って私が先陣を切って歩きだす。

 深夜だし皆寝静まっていても何もおかしなことはない。だが底知れぬ薄気味悪さの尻尾のようなものが足元に絡みついている。星明りも雲に隠され届かない。唯一酒場らしき所に灯る明かりが、本来なら安心感を伝えてくれるはずが目に見えない悪意を伝えてくる。


 ただの深夜の村で感じ取れる空気ではない。

 近寄ると、明かりが灯っている建物はやはり酒場であることが看板から判った。建物の外にあるテーブルを中心に三人程向かい合っているのも見える。コレットが明らかにホッとしたのが気配で判った。

 酒場の中からは喧騒が漏れ聞こえてくる。

 私が感じた妙な空気も杞憂だったのかもしれない、と少し気を緩めた。


「なあ、あんたら、すまないが……、……!?」


 私は自分が声を掛けた対象の全容を視認すると、思わずぎょっとして立ち止まった。酒場のテーブルを囲んでいるように見えていた人影は、全て布製の人形だった。

ご丁寧に適当な顔まで書いてある。


「これは……」


 レッカが少しだけ後退る。

 悪霊の類に耐性のあるコレットが早足になって無言のまま酒場の扉を開けた。

 同時に、中から漏れ聞こえていたはずの喧騒の音が消える。

 明かりは灯っていたものの、中にいたのは全てヒトの成人くらい背丈のある人形で、各テーブルに備え付けられた椅子に一体づつもたれかかっている。中にはカウンターにもたれかかっているものもあれば、カウンターの中にあって店主役のような人形すらある。

 薄っすらと血の臭いが嗅ぎ取れた。

 コレットが杖を掲げ、退魔術を使う。


「退け夜闇の民よ!!」


 杖に埋め込まれた宝玉を中心に白い光が店内を一瞬みたすが、何も変わった様子はない。


「……どうやら私の出番ではなかったようですね」


 コレットは静かにその様子を確認すると、ゆっくりと杖を下ろし、やりきったような顔で私の後ろに回る。

そしてそれを見計らっていたかのように神妙な面持ちでレッカが口を開く。


「罠があります」


「罠?」


「ええ、お嬢様が立っていた少し先……の足元にワイヤーが見えます」


「下がってください」


 私が下がると、コレットも私の真後ろにぴったりと隠れて顔だけ覗かせる。無警戒にドヤ顔を見せていた分恐怖が湧き上がってきたようだ。

 レッカは私とコレットが下がるのを確認すると、テーブルにあったナイフを一本手に取り、ワイヤーに向かって投擲する。

 ナイフがワイヤーを切断すると、カウンター内部から固定ボウガンが射出され、ワイヤーの真上を通過して椅子にもたれかかった人形の頭部に突き刺さった。


「ピャっ!?」


 コレットが小さく変な悲鳴を上げて私の服の裾を強く握る。

 悪霊の類に耐性はあってもそれ以外の耐性はさほどではないようだった。


「さきほどの明かりと喧騒は何だったんだ?」


「旅人を誘き寄せるまやかしの類でしょうか。あの程度なら初歩の幻術で再現可能でしょう」


「それに血の臭いが残っているな」


「ええ。だいぶ丹念に掃除はしたみたいですが。流れた血の量が多かったのでしょう……ここまで種明かしをされても何も起きないということはここは本当に単なる旅人の処理場なのかもしれませんね……」


 そうなのかもしれない。だとして、この村に何があったんだ? これを仕掛けたやつはどこに居て、何を考えている?

 ゆっくりと酒場から出て、そのまま警戒しながら村を出たが、あの酒場の外には罠らしきものもなく何事もなく出ることができた。


「困りましたね。何があったのかは判りませんが……」


 レッカが呟く横でコレットが疲れ切ったようなため息をつく。

 あまり楽観視できる状況ではない。最寄りの村まで御者を追っかけていくとしても我々の足なら三日はかかる。

 食料もほぼ無い。本来ならここで補充する予定だったのだ。


「夜が開けるのを待って村を見て回るか」


「そうした方が良さそうですね」


 馬や走竜の一頭でも生きて残っていれば大分話は違ってくるし、最悪でも食料が少しでも確保できないことには死活問題にもなりうる。


「まさか一歩目で躓くとは……」


 頭が痛くなるような思いで私は首を振る。


「真っ暗でないだけ良かったです! とりあえず野営できる場所でも……」


 コレットがそう言いながら周囲を見渡して一点で視線を止める。


「あそこにも建物が……」


 コレットの示した先は、星明かりの薄ぼんやりとした仄暗い風景に浮き上がっていて異界の建造物のようにも見えた。

 まるで村八分にされて仕方なくそこに建てたような微妙な距離。

 星明かりの微弱な光源でも僅かな反射を返して模様を魅せるステンドグラスは、その中央に象られた文様からそこが勇者を奉じるファーシニル教の正教会であることを示していた。


 村外れから徒歩で十分ほどの距離にある小さな丘に、その教会はあった。

 ステンドグラスがあるということはそれなりの格がある教会のはずだ。

 そして教会にも一切の明かりの気配はなく、すなわちあの教会も人形まみれである可能性があった。もちろん罠の可能性も。


 一旦あの教会だけ調べてみて、あの教会も安全ではなさそうなら野営しようという話になった。

 罠を感知できるレッカが先導して教会に近づく。

 ゆっくりと扉を開けるが、土埃とカビ臭さ、僅かな血の臭いが鼻をつくものの変わった様子はない。

 レッカは私とコレットに動かぬよう手振りで伝えて、慎重に中に半身を滑り込ませる。

 そのまま少し中を伺っていたが、やがて顔を出して我々に向かって小さく頷く。


 問題はないようだ。

 扉を開放して中に踏み入る。

 中は人形もなく、荒らされてもおらず、単に手入れをするものが居なくなってそのまま歳月を経たような有様だった。

 奥の祭壇に何か細長いものが立てかけてある。まずは教会内を調べてみようと思い、中央奥にある祭壇に向かって足を踏み出した所で気がついた。


 身廊の中ほどにあるベンチで、老齢の神父が事切れていた。

 椅子に腰を下ろし、膝に腕を乗せて顔をうつ伏せにしている。

 ともすれば眠っているようにさえ見える。

 だがその神父の装いは明らかに襲われた後だった。足元に転がる剣は血まみれで、神父の黒い衣服にはちょうど心臓の辺りを貫かれたと思われるような破れと血染みがある。

 神職の割にはガタイが良い。ゆったりとした衣装でも判るくらいに筋肉の盛り上がりが見て取れる。

 祈りでもしている最中に背後から刺されたのだろうか。

 神父の首からぶら下がる教会のシンボルにまで血がついていた。

 何があったのかは判らないがロクな状況ではないことは明白だ。


 コレットがそれを見て反射的に白魔術を行使すべく杖を構えるが、誰も何も言わぬうちに萎れた表情でその構えを解く。

 白魔術も死者までは蘇生できない。

 死んだ直後ならまだ魂を呼び戻すことができるが、死んで時間が経つとその魂の繋がりが切れるため、肉体を癒やしても魂の依代とはなりえない、らしい。

 無論話が違うのが死術師で、奴らは魂が繋がりの切れた肉体に別種の魂を下ろすという術を主とするからとにかくあらゆる教会に嫌われている。


 それにしても、この神父はいつ死んだのだろう。

 この教会が手入れされていないのは明白で、周辺の草は手入れされず伸び放題だったし、中は中でカビ臭く、ベンチに手を置けば土埃が手に付くほどだった。

 かと言って神父も死んでからそう時間は経っていないように見える。

 それにしても、


「ここに来て初めて会ったまともな人間が死体とはな……」


「せめて弔ってさしあげるべきでしょうか?」


 コレットが両手で杖を握りしめ、悲しそうな表情で言う。

 私がそれに対して口を開こうとした途端、死んでいたはずの神父がゆるゆると顔を上げ、


「誰だ」


「わーーーーーーーーっ!? 成仏!!」


 コレットが反射的に杖で殴りかかり、神父が首だけで器用にそれを避ける。

 神父は面倒臭そうな目でコレットを見ると、私とレッカを見て無言で説明を求めるような視線を向けてきた。


「コレット、やめろ。アンデッドじゃない。冗談のようだが、生きてる」


 アンデッドじゃない、とは言ったものの正直あまり自信はない。喋るアンデッドなだけかもしれない。聖職者がアンデッドかもしれないというのも皮肉な話だ。

 だがアンデッド特有の臭気もまったくしないし、恐らく本当に違うのだろう。

 私を見る神父の顔は土気色はしていたが、何よりその目には光が灯っていて死んでいるようには見えない。


 どことなく生者であることに疑問を抱いてしまうのはその全身から漂う全てに対しての疲労感、無気力感、そういった何もかもに飽いてしまったような雰囲気が漂っているからだ。


「え、あ、そ、そうでした! じゃあ……」


 コレットが白魔術を神父にかけようとした所、神父がコレットが構えた杖を皺だらけの手で抑えた。


「やめろ、俺に治癒は必要ない」


 確かに衣服は穴だらけで血もついていたが、出血は止まっているようだった。見る限り、傷口ももう見えない。

 本当に必要なさそうだった。

 治癒魔術を掛けるべく杖を突き出したまま、思いもかけない言葉に固まっているコレットの肩を軽く引く。


「再生者か」


「いいや、違う。ゴホン、……それより、あんたらはこんな所へ何の用だ?」


 神父はかすれ声を咳払いと携帯用水筒を呷って治した。


「旅の中継地点として村に宿を求めに立ち寄ったのだが……」


「それは残念だったな。もうあの村に生きた人間はいない」


「ここは教会ではないのですか?」


 レッカの言葉に神父は横目でじろりと目を向ける。


「見りゃ判るだろ」


 レッカが言わんとしていることが私には判った。一般的な教会では門戸を開いており、宿に困っている人がいたら寝床くらいは提供してくれるのだ。

 廃墟だと思っていたから遠慮なく使わせてもらおうとしていたが、家主が居るとなるとまた少し話は違ってくる。

 壊滅して得体の知れない人形に乗っ取られた村、手入れされず汚れた教会、死人みたいな神父。

 あまり泊まりたいとは思わない。だが確かに元々安全が確保できるなら教会で宿を取ろうという話だった。

 人形よりはマシだと判断したのか、レッカが物怖じせずに神父に問う。


「ここをお借りしても?」


「……好きに使え」


 そう言うと神父は胸元から葉巻を取り出す。口に加え、火種を探すが見つからなかったのか指先に魔術で小さな灯火を灯してそれから着火する。

 あまりと言えばあまりに突き放したような物言いに、レッカが少し口を閉ざす。

 使っていいというだけ、これはまだ親切な方だと私は思う。

 一般的な教会では門戸を開いているが、神父が一般的でない場合は門前払いを食らうことが多い。

 レッカが口を閉ざしていたのを逡巡と捉えたのか、神父は言葉を続ける。


「特に引き止めはしないが、もし村へ行くというのなら酒場と宿屋、それと人形屋敷には近寄るな」


「酒場らしきところへは既に足を踏み入れました。罠と血の臭いと人形しかありませんでしたが」


 神父はレッカの言葉を聞いて片眉を上げる。既に行った後だとはあまり考えていなかったのだろう。


「そりゃあ説明が省けて助かるな」


 そう小馬鹿にしたように言うと、神父はよろめきながらも立ち上がり、槍の方へ歩き出そうとした所で足を止めて言う。


「後もう一つ。いちいち俺に許可は取らなくていい。備品は勝手に使え。出ていくときもいちいち声をかけなくていい」


「水をお借りしたいのですが」


「外に出て裏だ」


 話は終わりだとばかりにベンチに手をかけながらゆっくりとした足取りで槍の方へ向かってゆく。

 それを見てレッカが目線で外に出ましょうと合図をして、私とコレットもそれに続いて教会の外へと出る。



「あの老人、何者でしょうか」


 ある程度距離を取ってから、レッカが深刻そうな顔で呟く。


「ただの偏屈な神父だろう。あんなのよく居るぞ。何か気になる点でもあるのか」


 レッカが一瞬物凄く眉根にシワを寄せて私を見た。……物凄く的外れた事を言ったのだろうか。自問するも、レッカの表情が全てを物語っている気がする。


「いや、むしろ気になる点しかないんですが。何よりあの祭壇に立てかけてあった槍……。布で巻いて隠してこそありましたが、隙間から見えた青銅色といい、饕餮文といい、教会から盗まれた聖槍ではないでしょうか」


「本気で言ってるのか? 別に盗人には見えなかったけどな」


「神父であるかも怪しいですよ。強盗なら本物を殺して神父を装うために衣装だけ剥ぎ取っててもおかしくありません」


「えっ……」


 コレットもそこまでの可能性を考えてなかったのか、九死に一生を得たような顔で教会に目線を向ける。


「あの教会はおそらく、住処としての家ではなく、何かのための拠点でしょう。住処と言うには生活感が薄すぎますし、何より血の匂いが強すぎる。あれが真っ当な住処と言うのならそれこそ彼の生業は殺人ですよ」


 私には特に嘘をついているようには見えなかったし、あれくらい血なまぐさい神父も居る。

 だがレッカの言にも一理ある。まともな村ではないと理解していながら、この教会に留まっている理由は何なのだろうか。複数で留まっている様子もないから、賊ともまた違うのだろう。

 ファーシニル教会は元が元だから血気盛んなやつが多い。

 だが、もし強盗の類だと言うレッカの言葉が当たらずとも遠からずなのだとしたら、それはなんとも――


「罰当たりな話だな」


「そう考える人が一定数居るから都合がいいんでしょう」


「まあそういう見方もあるかもしれんが。そしてそれが真実だとしてどうするんだ。泊めろといい出したのはお前だろう」


「屋根があるだけいいですが、結局寝ずの番が必要になります。村で何があったにせよ、こんな場所で一人で居るということはあの神父も悪人であるという可能性もありますからね」


「つまり我々が寝ている間に金品を奪われた挙句殺されるかもしれないと?」


 レッカは答えなかったが、私を見返すその目はその言葉を肯定していた。


「でも、何も知らないのに……」


 コレットがしょんぼりしたような声で言う。コレットはコレットでどういう理由からかは判らないがあの神父を悪人だと考えたくはないようだった。


「知らないから、ですよ。我々には情報が少なすぎます。どういった悪意がこちらを伺っているのかまるで判りません」


 レッカは私とコレットを見た後、少しうんざりしたような、困ったようなため息をつく。


「見張りは私がやります。お嬢様はともかく、あなたは本当に護衛というか冒険者というか……よく生きてこられましたね」


 ひどい言われようだった。私とて別段敵意を持っている連中に囲まれている中のんびり過ごしているわけではない。ただ、あの神父からは少なくともこちらに対しての何かしらの意図が感じられないと言うだけだ。強いて言うなら無関心くらいだろうか。


 水を組んで戻った時には、神父は祭壇に立てかけてあった槍を手にとってそのまま隣接した事務所の方に移動したようだった。

 我々に教える意図があるのか単にそういう所まで気にしないのか、扉が開いたままになっている。

 入り口付近のベンチに荷物を置くと、ひとまずそこで夜が明けるまでは休もうということになった。



 軽めの夕食を済ませ、レッカが「少し出てきます」とふらりと外へ出ていく。気分転換かトイレだろう。

 私もすることがなくなって横になる。


「イムカさん……」


 すると食事を終えた辺りから自分の荷物をずっと漁っていたコレットが、世界の終わりでも目撃してきたような絶望を浮かべて声をかけてくる。


「どうした!?」


 思わず私も体を起こしてコレットに向き合う。


「ないんです……ないんです、私の、お祖父様に頂いたネックレスが……!」


 その言葉を訊いて私はコレットのネックレスの紐が擦り切れかけていたことを思い出す。

 紐の交換を進言しておくべきだったと思うが後の祭りだ。

「わわ、わ、私探してきます」


 そう言ってコレットがふらふらと歩きだそうとしたので、私は慌てて引き止める。


「待て待て、そんな状態でどうするつもりだ!? 村は何があるか判らないんだぞ!?」


 振り向いたコレットの目から涙が落ちる。


「だって! だって私……! 駄目です、見つけないと……」


 私が思っていた以上にあのネックレスはコレットの心の拠り所として存在が大きかったらしい。


「あ……」


 諦めろ、とそう言おうと思った。もう言葉が口をついて出かけていた。

 私の言葉を押しとどめたのはほんの些細な幾つかの記憶の断片に過ぎない。

 そして、言葉はぎりぎりのところで形を変えて私の口から出た。


「……後で、夜が明けたら探しに行こう。これだけ暗いと何があるかわからないからな」


 コレットはしばらく私を見つめて、ぼろぼろ涙をこぼしながら鼻をすすっていた。

 辛抱強く待っていると、コレットは落ち着いてきたのかようやく口を開いた。

 ぐす、


「……はい」


「とりあえず眠れないかもしれないが横になっておけ」


 コレットは鼻をすすりながら無言で頷くと、もそもそと自分の荷物の側で横になった。

 私は私で横になる気にもなれず、そのまま座って考え事をしていた。

 静かに戻ってきたレッカが、横になったコレットがぐずぐず泣いているのを見つけて私を睨みつけるが、私が無言で首を横に振って人差し指を立てて鼻に当てると、何かしら察したのか黙って壁に寄りかかった。


 二、三時間が経った頃。

 離れた場所から聞こえた物音で私は目を覚ました。

 元々睡眠と行っても非常に浅い所でしか眠っていないので、こういった流浪の生活では便利な体質であると思う。

 体を起こすと、レッカが音の方を伺っているのが見えた。


「おい、神父が動いたのか?」


 小声でレッカに問いかける。


「ええ、事務所からそのまま外へ出たようです。恐らく槍も持っているでしょう。村の方へ向かったようですね」


「村へ? じゃあやはり我々には害意はないのではないか?」


「……そうかもしれませんね。いいんですよ、別にないならないで」


 私もコレットもこの件ではレッカの味方をしなかったせいですっかり拗ねたように口をとがらせて言う。


「別に拗ねることはないだろ。どちらにせよ俺たちも向かう必要がある」


「いやいや……もう迂回して先に進みましょう。食料もないんですから」


 そういえばレッカにはコレットのネックレスの話をしていなかった、と思い出す。


「それなんだが、コレットが……」


 と、私が口を開きかけた所でレッカの目つきが氷点下のものとなる。


「……そういえば、お嬢様が泣いておられたようですが、その説明をまだ受けていませんでしたね」


「落ち着け、別に俺がなんかしたわけじゃない。ギャレットに貰ったネックレスを落としたとかで」


「ギャレット様のネックレスって……あの小さいやつをですか?」


「あの小さいやつをだ」


 レッカが顎に手を当てて難しい顔をする。何となく思考の流れが読める気がする。

 私の脳裏にはレッカが次に言い出す言葉に対する言葉も既に浮かんでいた。


「残念ですけど、諦め――」


「また泣かれるぞ」


「うっ……」


「大切なものらしい。あの酒場になければ正直見つかる可能性は低いと思うが、探すだけ探してみよう」


「食料も危ういこの状況でですか……?」


「半日だ。半日で探して無さそうだったら……俺が説得してみる」


 レッカがどうせ無理だろうという憎たらしい顔で首を振った。


「ま、そういう感じで行ってみましょう。一応あの得体がしれない神父も警戒しないといけませんしね」


 話はついた。横になってしばらく鼻をすすっていたが、気づいたらそのまま寝入っていたコレットをレッカが起こしに向かう。

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