人形屋敷 1

 とりあえずと思って酒場までは来たが、まるで見つかる気がしない。


 昨日は深夜で移動疲れもあったのか、夜闇と雰囲気に呑まれて見えていなかった色々と細かい部分が浮き彫りになってくる。

 白日のもとに晒されてみれば、そこにあったのは完全な廃村だった。

 家の外に不自然に出された椅子や、それに腰掛けているうらぶれた布製の人形。


 扉がなくなっている家は、外から覗いただけでも家の中を台風が通過したかのような荒れようで、ずたずたになった人形が数体転がっていた。

 こういうのを見ると、酒場だけ不自然に整えられていたのが薄気味悪く思えてくる。


 そして酒場をざっと見てもコレットのネックレスは見当たらなかった。

 正直な所、あの小さなネックレスで酒場にもないとなると見つかる気がしない。

 コレットは少し眠った分落ち着きを取り戻してはいたようだが、意気消沈しており、憔悴した様子が傍目からも明らかだった。

 なくしたタイミングが先のグレイベアド討伐時であれば、まだネックレスが守ってくれたなど自分に言い聞かせる事ができたかもしれないが、今回に関しては十中八九単なる不注意だ。

 できれば見つけてやりたいのはやまやまだったが、諸々のタイミングが悪すぎる。

 コレットにどうにかして諦めることをすすめるべきだろうか。

 あまり気が乗らず、私も少し気が重い。視線を落とす。


「ん?」


 よく見ると、入り口から外に向かって何か引きずっていったような跡がある。廃村になる前に運び出した荷物の跡だろうか。

 コレットのネックレスに関わりはないだろうが、正直酒場周りを延々探しているよりは有効な選択肢かもしれない。


「酒場から何かが運び出されたような跡があるぞ」


「ええ。そんなに新しくはないようですが」


「……ちょっと辿って確認してみるか」


 うつむき気味のコレットを横目で見て言って、レッカを見る。

 レッカは私の意図を組んだのか頷き、


「そうですね」


 短く同意を示した。レッカはレッカで周囲に何か気配がないかも常時探っているらしく、気が休まる様子がない。

 コレットは言われるがままで唯々諾々とついてくる。


 注意深く跡を辿っていく。

 そうしてたどり着いたのは村で一番大きいと思われる屋敷の廃墟だった。

 市街にあってもおかしくないような立派な造りをしていたが、壁の塗装が禿げていたりドアがなくなっていたりと、家としての体裁は保っているが老朽ぶりを感じざるを得ない。

 跡はまっすぐその屋敷の中へと続いていた。


「ここは……ここが”人形屋敷”?」


 コレットが呟く。

 恐る恐る中に踏み入ると比較的大きなロビーになっていたが、酒場にあったような布製の人形や、等身大の球体関節を持つ人形などがあちこちに散らばっていた。

 完成しているものもあれば、手足だけだったり関節だけだったり、布人形になりかけの状態だったり、そういう状態のものが死体のようにそこらじゅうに打ち捨てられていた。


 そんな中で一本道の足の踏み場が出来ており、何かを引きずっていった跡を如実に表している。

 跡を辿っていくと錠前の壊された倉庫のような場所にたどり着く。おそらく人形の素体などが詰め込まれているであろう木箱が、天井まで積まれているカビ臭い部屋だった。

 跡はその木箱の隙間を縫うように進んでいた。


 そして跡は床のある一点で止まっている。

 その床には持ち手がついていて、それを引っ張ると壁の一部が開いて地下への階段が続いていた。

 奥からは強い血と鉄錆のような臭いが運ばれてくる。コレットが顔をしかめてハンカチで鼻を覆う。


「隠し通路でしょうか?」


「新しい足跡がある……神父はこの奥に向かったようですね」


「神父が何をしに?」


 レッカの言葉に私も答えて、ふとある可能性に思い至ってレッカと顔を見合わせる。

 これはもしかすると、神父が大悪人かもしれないというレッカの推測が真実かもしれない。


「この奥に村の人たちの墓があって弔っているとかそういうことなら良いんですが」


 レッカがあり得なさそうなことを呟くと、罠を警戒しながら先導して下り始める。

 この奥にネックレスはないと思うが、この雰囲気の中やっぱり引き返そうとはちょっと言い辛い。

 階段を降り、そのまま緩やかな傾斜がついた細長い通路をしばらく下っていく。

 隠し通路にまで壊れた人形の首や胴体等が点在していてちょっとしたホラーだった。

 そうでなくとも発光苔の薄暗い緑の光と、頭の痛くなりそうな臭いが続いている為、陰鬱な要素には事欠かない。


 全く光が入らなくなってきた辺りで松明を灯す。

 岩肌を均したような地面がどす黒くなっていたが、元々の色ではなく幾度にも渡って血を垂れ流す死体を引きずったせいで色が変わっているようだった。

 隠し通路まではほとんど血痕もなかったのに、踏み入った瞬間もう隠すことはないとばかりの凄惨な有様だった。

 いずれにせよ、あそこまで薄気味悪い人形と廃墟の組み合わせで十二分に胡散臭さが出ていたのでいまさらのような気もする。


 更に進んでいくと植物の蔦が岩肌を覆い始める。松明が引火しないように気をつけなければならないのが地味に面倒だ。

 上から枝垂れている蔦をかき分けて行くのはつい先日の森を思い出す。

 そして途中、蔦に隠されるようにして横合いに半壊して殆ど扉としての役割を果たしていない木の扉があるのを見つけた。

 少し弱い光であれば恐らくそのまま闇に隠れて目にとまることはなかっただろう。松明の明かりの範囲で見つけられたのは幸運だった。


 変化のない薄暗く血の臭いの酷い岩の小道を延々歩くのは限界で、満場一致で立ち寄ることにした。

 扉がついているだけあって、その奥は小さな部屋になっていた。

 内側は扉を起点として陣が描かれていたので、おそらく扉が無事なら隠蔽魔術がかかっていたはずなのだろう。


「この部屋は……」


 コレットが不思議そうに呟く。

 こんな気味悪い場所にあるのが不自然なほど、作り自体は普通の部屋だった。わざわざ岩壁に壁紙まで貼って普通の部屋っぽく見せている。だが素人の手作業だったのか、仕上がりが非常に雑で不自然さが逆に際立っているような気がする。

 部屋だけならそこらの村や街にある一室と言ってもおかしくない。

 家具屋で取り扱っているようなありふれた安い木製の子供用机、フレームが壊れたベッドとその上にあるシーツには怪我でもした状態で寝転んだのか血が染み付いている。


 血の跡は机に向かってそこで途切れていた。だがそこに血の主の姿はない。

 部屋の隅には床にかわいらしい等身の低い人形が数体並べられている。

 人形自体は薄汚れているだけで血はついていなかったが、ここまで来るともう何を見ても薄気味悪い。


「あの人形も有名なやつなのか?」


「いえ……見たことありません。初めて見ます」


 そのまま視線を推移させてレッカを見るが同じように首を振る。

 詳細は不明なままだったが、趣向自体は察せられる。

 五体の人形。今見れば古臭いくらいの、判り易いアイコン化された装備を身にまとったその人形たちは、


「勇者一行、の人形のようだな」


「勇者と魔術師、聖職者に戦士、……この最後のはもしかして召喚術師?」


 コレットが少し嬉しそうに解説をする。

 確かに、一体だけ判り易いアイコンがない人形がいる。だが軽装に杖、肩に何か獣らしきものが乗っているということは召喚術師だと私も思う。


「随分……昔のパーティだな」


 今の勇者は決まりきったパーティというものがなくなって久しい。

 冒険者ギルドの最上位クラスの者が勇者の称号を貰ったり、各部族が独自にパーティを構成して出立したりすることも多い。

 コレットが行わなければならない勇者の素質あるものを召喚する、と言うのも昨今の流れの一環にすぎない。


「教会が啓示を得て選出していた頃でしょうね」


 レッカが補足する。

 昔はトトルカネ王国国教のグリンファス教が、魔王の脅威が現れ始めた頃に啓示を受けて勇者を幾名か選出し、その勇者たちに魔王討伐を依頼する形だった。

 そしてその頃の勇者は必ずパーティにこの役職を選んで連れて行くこと、とされて上のような五人編成が作られていたのでその編成が定番化していたのだ。

 やがてトトルカネ王国の国威が弱まり、この世界の者ではない勇者と、その者と意気投合した三名が当時の魔王を討伐してからは、神官の不足と勇者に恩恵を与える巫女の不在が重なり一気にその慣習は廃れてしまった。


「何かが持ち去られてますね」


 机付近に移動したレッカが言う。

 私も近寄ってみると、確かに机の上にある血の跡の中で、中央付近だけ不自然に血がついていない箇所があった。


「本……いや、日記か何かか」


 同じく血まみれになったペンがそのまま残っていたのでそこから推測する。


「少なくとも、我々の助けとなるようなものは何もないようですし、進みましょう」


 レッカの言葉に私も頷く。コレットが小さくお祈りの言葉を唱えていたので終わるのを待ち、再び岩の小道へと戻る。

 平衡感覚を失いそうなくらい緩い下りの傾斜の道で、途中に分岐する小道がいくつかあったが一旦突き当りまで行ってみようという事になり、そのまま進む。


 だが案外突き当たりはすぐだった。

 突き当りといってもまだ奥へ行けそうではあったが何か異質な壁が道を阻んでいた。

 そこからは両脇にも道が繋がっていたが、左脇は岩盤の崩落で進めなくなっており、進むとしたらそのまま右脇に行くか戻って小道を進むしか無い。

 正面の道を阻む異質な壁は近寄ってみるとでこぼこで、脈を打っていた。


「この壁……生体なのか?」


 木刀の先端で突付いてみるが硬質のゴムのような弾性がある。


「斬ってみましょう」


 レッカが短刀で壁を斬りつける。ドロリとした少し粘性のある黒い液体が流れ落ち、すぐに修復してしまった。

 さらに小さく呪文を唱えて手のひら大の氷の錐を作り出し、それを壁に打ち付ける。

 そちらの試みは壁に傷をつけることすらなく割れて消える。


「魔術を無効化するようですね」


「厳重に封印されているようだな。神父の仕業か? こういう歪なものは人の術とは考え辛いが……」


「そう言えば、この村に生きた人間は居ないって仰ってましたね」


 コレットが思い出したようにぼそりと呟く。

 神父が何か良からぬことを企んでいる、と言うより何か取り返しの付かないことをしている可能性が上昇した気がする。

 だが神父が何者であろうとも、今時点で敵対していないのだからそれで良い。


「少なくとも、今我々がこんなところに居るのは別に神父の正体を暴く為では」


 ガシャ、

 ない、と言葉を言い終える前に不穏な音が背後から聞こえた。

 振り返ると、今我々が歩いてきた通路を何体もの武器を携えた人形の素体が塞いでいた。


「こいつら……!」


 しかも酒場にあったような見せかけの布人形ではなく、ちゃんと球体関節を備えて稼働する人形だ。

 さすがに稼働すると行っても自律稼働までは想定していない。

 剣や槍を持った人形がじりじりと近寄ってくる。


「ひとまず奥へ!」


 レッカが唯一の逃げ道でもある右脇の道へとコレットの手を引いて駆け込んで行く。

 どうもこの人形共の迫り具合といい、何というか誘導されているような気もする。だがそうだったとしても今はそれ以外の選択肢がなかった。



---



 誘導されるように逃げに逃げて行き着いた場所は、8000平方メートルほどの巨大な空洞だった。隅の方に叩きつけられて砕けた作業台のようなものがいくつも転がって苔に覆われている。


 そして奥に一体だけ、他の武器を持っているだけの雑多な人形とは明らかに違う人形があった。

 多分死体の肉を剥いで使ったのだろう、腕、胴、足、顔の半分……半端に人間”らしく”なった人形が正座していた。

 そしてそいつは侵入者たる我々の気配を察知したのか、左座右起の挙動で立ち上がる。

 更に横の方には余った肉を重ねただけのような、もはや何の生物でもない形をした歪な肉の塊が蠕動していた。


「レッカ、どっちをやる?」


 これ以上選択の予知はない。

 背後は背後で数の増えた人形どもが迫っていた。人形共は一体一体の動きはまるで洗練されていないが、数が未知数であることと、人体を模しながらその挙動が雑で得体の知れないものに対する恐怖を呼び立てる。


「さすがにあんな雑兵にまで魔術避けがされていることはないでしょう。あちらを片付けてから助太刀します」


 レッカも剣を抜く。パキパキと剣周辺の空気が凍りだす音が聞こえる。


「わ、私も援護します!」


 コレットも杖を構えて言う。

 私は奥に居た人形――死体人形とでも称すべき忌まわしき一体を睨めつける。

 死体人形が持っていたのは剣ではなく、剣と同じくらいの長さで握れる程の太さに束ねた針金だった。もはや針金と言うよりかは鋼という感じがする。そしてその鋼には薄っすらと魔力が滞留していた。おそらく、粗雑な魔術剣だろう。

 死体人形はまっすぐに私に向かって歩を進め、一歩、二歩、そして三歩目の踏み込みで姿が消失する。


 上、


 一瞬視界から外れるほどに跳躍をしたと思えば、私より遥かに手前の地点で着地して今度はそのまま地面を這うように迫ってくる。

 その様は水に飛び込んで泳ぐような動きだった。


 下からの斬り上げを木刀を当てることで剣筋を逸らして際どいところで避ける。

頬を掠った一撃で、刃こそないが込められた魔力で十二分に武器として機能していることを知る。単なる打撃武器などではない。

 そして全うな肉体を持たない自分のような存在にこそ、この魔術の刃は深く刺さる。

 死体人形は斬り上げた剣の勢いを殺さず、そのまま回転して横合いの一撃を繰り出してくる。

 一歩身を引いて交わし、今度は私が頸を込めて刺突を繰り出す。

 だが死体人形は私の刺突が当たるより早く、まるで風圧にでも押されたかのようにふわりと浮いて距離を取った。


 人形は、素体の方に申し訳程度の顔はついているが、それだけだ。筋肉などはない。

 顔というのは、ただ球体の上になぞられた線でしかなく、その上から取ってつけたように盛られた腐肉と人皮を人間と同様に扱えるはずなどない。

 なのに。

 死体人形は顔の半分、腐りかけの死体のようになった土気色の顔についている化物みたいに裂けた口の口角をあげた気がした。


 死体人形は手首を回すようにして剣を回転させながら先程とは打って変わってゆっくりと近づいてくる。自由意志で操れる球体関節はさぞかしグリップが効くのだろう。

 私も木刀を魔力で覆い、断ち切られないようにして構える。

 死体人形は今度は動きで惑わせず、互いの間合いまで入ると一気に斬り込んできた。


 回転の勢いのままの上段斬りを躱し、死体人形の首を狙いに行く。

 死体人形が斬り下ろした剣を人間離れした反応で戻し、互いの剣が鍔迫り合う。

 至近距離で見る死体人形はやはり気持ち悪く、醜悪な臭いがして、なおかつ見た目もおぞましい。

 鍔迫り合う側から肘の辺りの肉がごそりと落ちる。

 それでも死体人形は気にしてないのか気づいていないのか、鍔迫り合いの手が緩むことはない。嫌悪感を煽ることが狙いなのかもしれない。

 もしそうなら半端に死体の肉を自身の素体にくっつけているのはただ単にこいつの意思ということになる。


 見方によっては、まるで自分の身を犠牲にしてでも譲れない物があると言わんばかりだ。

 そう考えてしまって自分を呪う。

 こんな殺した旅人を再利用するようなクソ人形に、何故一瞬でもそんな同情的なことを考えたのか。

 私も少し色々なものに毒されすぎているのかもしれない。

 たかが人形のくせに。


 震脚で足下から力を吸い上げ死体人形の剣を押し返す。

 死体人形が押し返されてたたらを踏むのに合わせ、私が斬り上げる。

 今度は死体人形も防ぎ切れず、剣が手を離れて頭上に舞った。

 武器が自分の手を離れるや否や、死体人形は大きく背後に跳躍する。

 そのままちょうど中間の位置に落下した剣には見向きもせずに、ステップを踏むように後退し、隅にある歪な肉の塊の側に立つ。


 背後からは剣戟音や冬が来てるかのような冷気が伝わってきている。横目でレッカたちの様子を見る。

 案の定魔術を惜しみなく使って曲刀で舞うように戦っている。コレットはレッカに守られるような位置に居ながらも、使えるようになった大樹の召喚術で人形の手足に蔦を絡めて動きを止めたり、時に貫いたりと思った以上にしっかりと援護していた。

 さすがに元々きちんと使っていたと言うだけあって、力に振り回されてはいない。

 だが見たところまだ稼働している人形もおり、動けそうにはない。

 何をするつもりかは知らないが、あの肉塊を使って何かしようというのなら私に防げるのだろうか?

 とは言え、現状で防げなければ全滅するだけだ。


 死体人形はひらりと跳躍して肉塊の上に飛び乗った。

 何をするつもりだ、と思う間もなくその答えが最悪の形で生えてきた。

 肉塊の下部から醜悪な腕がムカデのように無数に生えてくる。

 思いつく限りの醜悪を持ち寄って凝縮したような気味の悪さだ。絶対に魔族絡みであって欲しい。こんなものが実は人族の仕業でしたとか言われてしまったらもはや何のために魔族領へ向かっているのか判らなくなる。


 そしてこの巨体はさすがに私一人で留めることは難しいように思う。自分の持っている獲物でなんとかできる範囲を流石に超えている。

 肉塊は地響きするような振動と共に私の方へ向かってくる。

 足が多いためか、図体の割に速度がある。私の足では逃げ切れない。


「我が理よ、雷鳴の道を繋げ!」


 己の魔力に接続して部分的に魔力を呼び出す。

 地面を蹴って一気に跳躍した。入り口とは逆、レッカ達から引き離す方向へ飛ぶ。

 肉塊も流石に魔力で加速した状態の私に追いつくことは出来ないようだが、それでも制限のある範囲である以上、鬼ごっこのようになる。引きつけてから跳躍、を繰り返す。

 やがて再度引きつけて、跳躍しようとした所で肉塊は正面の口のような場所から粘液を吐き出してきた。思わず顔をしかめてしまうような刺激臭と共に、粘液が付着した岩肌から焼けるような音がする。一種の腐食液のようだった。


 私は壁に向かって跳躍、壁を蹴って肉塊の頭上に躍り出た。

 先程の死体人形が両腕を肘の球体関節の辺りまで肉塊に埋め込ませているのが視認できる。あいつを排除すれば動きも止まるだろう。

 だが肉塊もそれを良しとはさすがにしてくれなかった。

 素早く先程の口を上に向け、飛んでいる私に向けてツバを飛ばすかのように少量の粘液を勢いよく射出させる。

 咄嗟に木刀で払うが、この粘液はあくまで体液で魔術的なものではない。木刀は粘液が付着した部分を中心に折れてしまう。

 このまま私も肉塊に取り付いて死体人形だけ引き剥がせやしないだろうか。

 死体人形は肉塊と同化してしまったかのように身動きする様子はない。

 木刀を放り捨て、そのまま肉塊に降りる。


 次の瞬間、複数の腕が肉塊から生えてきて私の足を捕らえた。

 整備されていない下水道にいるかのような、鼻を突く悪臭。足から伝わってくる「弾力のある硬い何か」を踏みしめている感触は生理的嫌悪感を呼び起こす。

 私の足を掴んでいる手はどれも皮膚はなく、ほとんど骨だけだったり筋肉だけ露出していたり統一性はなく歪だった。

 強めに足を振ると、まだ魔力を纏った私の足のほうが強いのか肉塊からびちびちと嫌な音を立てて腕が剥がれる。

 だが再び足を付くと新たな腕がまとわりつく。このまま強行して近づいて行っていいものだろうか。

 一瞬迷う。


 だが迷うことができたのはその一瞬だった。肉塊が大きく揺れ、それと同時に私の足を掴んだ腕が同時に私の足を振り回し、私は肉塊の上からぶん投げられた。

 壁に叩きつけられるが、その勢いは大したことがない。

 すぐに態勢を立て直したが、武器を失ってしまったのが決定打にかける。

 コレットと旅を始めてから既に二度目だ。それ以前も私はちょくちょく武器を失っている。武器を大事に使え、と何度か言われたこともある。

 別に雑に扱っているつもりもないが相性の問題だとは思う。武器を身代わりに助かっていることもあるのだから悪いことばかりとは言えない。

 だが失ってからどうするかの手段を持たなければ確かに悪手と言われても否定できない。

 私と非常に相性の良い、私の魔力の伝導効率が非常に高い剣もあったのだが今は失われている。それは折れたわけではないからこの世界のどこかにはあるのだろうが、それを探すのは至難の業だ。

 これ以上どうやって足止めをするべきか。やはり逃げ回ってレッカたちを待つしかないか。

 そう考えていると、


「どけ」


 言葉と共に私の横をすり抜ける影。影は肉塊の足でもある腕を蹴るようにして駆け上がり、そのてっぺんに居た死体人形に持っていた槍を突き刺す。

 肉塊は数歩進んで、そのまま地響きを立てて胴体を接地させるとそこからもう身動きしなかった。

 一瞬人形たちを始末しきったレッカが助成に来たのかと思ったが、肉塊の上に立っていたのはあの神父だった。

 レッカたちの方へ目を向けると、そちらも神父が蹴散らしたのか見える範囲で可動している人形は居ない。

 コレットは戸惑ったように、レッカは警戒するように神父を見ている。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る