人形屋敷のラトリー

独白

 屋敷に戻って一息つき、今後について話し合おう――となったところで私はようやくオルガナと二人で会話する場を持つことが出来た。


「呪い? コレットちゃんはそう言ったのかい?」


 ああ、と私は頷く。私の事情に関しては特に話さず、コレットの経緯についてのみ話した。

 オルガナは眉根にシワを寄せて何事かを考えている。

 考えながら姿勢を変え始め、器用にも椅子の上であぐらをかく。短パンから覗くふとももが筋肉の付き具合といい非常に健康的だ。

 オルガナはそんな私の視線に気を向けた素振りもなく、


「なるほどね。納得がいったよ。呪いを受けてちゃあ通常の召喚術なんて使えるものも使えないわけだ。召喚術師が受ける呪いには詳しくないんだけど、耳に挟んだことはある。汚染によって精神が変質してるから契約した獣にも契約主というのが判らない、らしい」


「つまり、呪われる前のコレットと今のコレットはまるっきり性格が違うのか?」


「その可能性はあるね。いや、魂の色を変えるだけなら本質は変わらないのかもしれない。汚染によって精神が変質する、と言う状態がどのようなものかをあまり私も知らないから明確なことは言えないな」


 私もさっぱり判らない。


「例えば君が顔に大怪我をして治癒魔術もなく、外科手術によってなんとか治ったけど見た目がちょっと違うものになってたとする。そしてさらには記憶喪失になってたとする。そして君は今までとは違う見た目のまま、適当に付けた名前でまた活動し始める。でも見た目も違うし名前も違うから、中身は同じかもしれないけど周囲の人は誰も君を君と認識できない。……それの精神版じゃないかな、多分」


 オルガナは自信なさげながらも噛み砕いて言った。つまり精神の在り方が代わっていて契約した召喚獣が契約者として認識できないが、その精神の中身までは変わっているかわからないということか。


「それなら性格まで変わっているかどうかが判るのは昔のコレットを知っているやつだけ、ということになるな」


「そうなるね」


 オルガナが頷く。となると、機を見てギャレットに聞いてみるしかない。だが勇者召喚を形にできるようにして欲しい、というギャレットの言葉を汲むのであればかかっている呪いを解いて元に戻して欲しいという意味にも取れる。


「いずれにせよ」


 オルガナの声で私の思考が戻ってくる。


「コレットちゃんの呪いの元を断たないと、コレットちゃんは……」


「判ってる」


 呪いを解けばコレットが召喚術を取り戻せる可能性があるというのなら、私のやることは一つしかないだろう。

 あとはコレットにも話を聞く必要がある。


「しかし」


 私はそもそもの疑念を口にする。


「そもそもあんな小娘に呪いなんて掛けるヤツがいるのか? 呪いをかつて受けたってことは今よりもっと小娘だったんだろう?」


 私の問いはよほど頓狂な言動だったらしい。オルガナはへ、と鼻で笑う。


「呪いなんてねえ、他の誰にも理解できないようなしょうもない理由でかけたりするやつだって居るんだよ」


 確かにコレットちゃんにかかっている呪いを考えればそんな酔狂の類ではないんだろうけど、とオルガナは自分で補足する。


「精神汚染は基本的に魔族の術だ。呪いを解くには解呪法を探すよりも呪いをかけた魔族を倒すほうが早い……とされている」


 オルガナは若干暗い顔で言う。無理もない。一般的な認識としては、魔族というのはグレイベアドのようなはぐれの召喚獣よりも恐ろしい相手なのだ。

 精神汚染術など使う魔族に会う機会など殆どないはずだし、あったとしてもそれでお互い無事で生還していることのほうが珍しい。

 そして数ある魔族からその目的の魔族を探し出して倒すなどといったことは至難の業だ。


 解呪に至ってはなおのこと。そもそもの精神汚染術に対する解析が進んでいないので誰も判らないと言ったほうが早い。


「オルガナ。お前は元々コレットの召喚術不発の原因解明ということで呼ばれたわけで、原因自体は解明されたわけだがこれからどうするんだ?」


 私が問うと、オルガナはなんとも気まずそうな顔をする。


「乗りかかった船だ、最後まで付き合うよ、と言いたいところなんだけど、私も未だやることが残っていてね……」


 オルガナはそう言って言葉を濁すが、妥当なところだと思う。元々、そういう助っ人としてきてもらったのだ。


「いや、十分助かった。俺やレッカでは原因の特定すらままなかっただろう」


 オルガナは照れくさそうに笑う。


「そう言ってもらえたならわざわざ来て蹴られた甲斐もあったものだよ」


 それからオルガナはそうだ、と思い出したように話題を変える。


「魔族と戦闘になるのなら、レッカは連れて行かないほうが良いかもしれない」


「何故だ?」


「彼女は魔族領で命を落としかけて前の仕事を辞めたからね」


「そうか……だがコレットを俺に押し付けて自分は家で留守番なんてすると思うか?」


 私がそう返すと、オルガナは苦笑して、


「確かに今のレッカならコレットちゃん最優先だし、同行するかもね。まったく、死んでしまったか廃人にでもなってしまったかと思っていたらこんな裕福な所でメイドなんてやってるんだもの。人生どう転ぶか判らないね。ちゃんと何があったかもまた聞きに戻らないと」


 オルガナの笑みが苦笑から悪戯っぽい笑みに変わる。そして言い終わると立ち上がり、


「さて。じゃあ長居しても仕方ないし私はさっさと自分の用事を片付けに戻るとしようかな」


「世話になったな」


「レッカたちにも挨拶して私は行くよ。また会えると良いね、おにーさん」


 オルガナを見送ると私も懸念材料を片付けるべく立ち上がる。

 レッカの過去も気になるが、優先順位としてはそこまで高くない。



 そして私はコレットの部屋を訪れた。

 コレットは手紙を書いていたようだったが、私が訪ねると話の内容についても予想がついていたのか、手を止めて神妙な面持ちで私と向かい合った。

 いよいよ先延ばしにしていた核心に触れるべき時が来た。


「さて、コレット。お前の精神獣についての話を聞かせてもらおう。何故だ? 何故お前の召喚に応じない? 嫌われているというわけではなさそうだったが」


 コレットが何か思案する素振りを見せるが、返答を待たずに言葉を続ける。


「そして……」


 さあ、ここからが私の本題だ。


「お前にかかった呪いとは何だ?」


 コレットはびくりと肩を震わせる。そのまま暫く思い詰めたような顔で視線を落としていた。

 私は返答を待つ。

 何だかコレットが叱られた子供のように見える。

 少し待ってもコレットはうつむいたまま一向に喋りだそうとはしない。

 私の言い方が悪かったのだろうか。

 気づかれないようにため息を一つ、


「コレット。俺にお前のことを教えてくれ。知らなければ何も動きようがない。何があったのだとしても受け入れよう。お前が呪いを受けたのだというのなら解呪に走ろう。お前が表に出せぬ罪を犯したのなら共に背負おう」


 コレットは少しだけ顔を上げる。今から聞こうとしている話に恥ずかしい話でも混ざっているのか、少しだけ頬が紅い。

 コレットは上目遣いにおずおずと私を見て、


「何故そこまでして下さるのですか? 確かに、私も召喚術は取り戻したいです。でも、これはあくまで私の都合であって、その、イムカさんやお祖父様にとってもそこまで重要なのですか?」


「いや、お前の召喚術は……」


「判ってます。勇者召喚ですよね。なら、私の為にも仰って下さい。あくまでも私の召喚術を取り戻すのは大目的の為の手段なのだと」


 コレットは一体何にこだわっているのだろう。別に事実そうなのだからそう告げてしまうのは構わないのだが、安易にそう言ってしまうと何か取り返しがつかない気がする。


「ギャレットの意図は知らん。俺自身は別に勇者召喚などどうでもいい。俺が居るのはお前のためだ、コレット」


 コレットが頬をより紅く染めた顔を上げ、目を開いて息を呑む。

 力になる。そう言うつもりで言ったのだが何か食い違ってしまってはいないかとコレットの反応を見て私も少し不安になる。

 だが一度口からでた言葉はもう取り消せない。

 コレットは口を開こうとしてその口を震わせ、一旦閉じて唾を飲む。若干潤んだ目で私を見つめ、


「そ、その。私は……そんな風に言って頂いたことがあまりなかったので、すいません。少し私の感情が暴走してしまっている気がします。少しだけ時間を下さい……」


 さすがに縋るように言われてしまうと否とは言えない。

 コレットは部屋を出たが数分ほどで戻ってきて、落ち着いた様子で「お待たせしました」とだけ言うと元の椅子に座った。顔でも洗ってきたのだろう。

 座ってからもまた少しの間逡巡するかのようにうつむいていたが、やがてコレットは膝の上に置いた手を強く握りしめると顔を上げ、ぽつぽつと話し始めた。



---



 もう四年ほど前ですが、当時実家ぐらしをしていた私は自分で言うのも何ですが大変なお祖父様っ子で、どこへ行くにもお祖父様についていきました。

 いえ、もちろん行けないところもありましたけど……。

 お祖父様についていけるように召喚術も必死で学び、召喚術師としては新米とは呼ばれないくらいにはその力を使えるようになったおかげで、ある程度お祖父様に同行することができました。

 まだ未成年ということもあって、お祖父様は私のことを公にはしませんでしたが、時々些細な事で私を頼ってくれるのが嬉しくて私もたくさん頑張りました。



 ある日、お祖父様が魔族領で魔王召喚が行われる予兆があるということで調査に向かわれることになったんです。

 さすがに今までお供させていただいていたものとは危険度も段違いということもあって、私は同行させていただけませんでした。

 でも。

 私はお祖父様と一緒にいたくて、こっそりとついていったんです。

 家の人にも、お祖父様にも、お祖父様のお仲間の方にも黙って。


 魔族領に入るまでは緊張で心臓がバクバクでしたが、入ってからは意外とあっさりしたもので思ったより怖い場所でもなく、何だか単に異国の地に来ているくらいの感覚でした。

 お祖父様についていって、当の魔王召喚が行われるという場所に近づくに連れて私が思い描いていたものに近い、いえそれよりも何倍も怖い、いかにも思い描く魔族領と言わんばかりの雰囲気になっていきました。


 クオッグの大森林とは全く違う雰囲気の森でした。時期のせいもあったのかもしれません。

 草木が空の様子を完全に遮断している上、異常に寒くて静まり返り、近隣からは自分たちの立てる物音しかしませんでした。その音もすぐに周囲に吸い込まれていってしまうくらいに静かなところで、その初めて踏み入るその環境で私は恐怖より何か神聖さを感じて畏まっていたような気がします。もちろん、私の立てる物音でお祖父様たちにバレてしまうんじゃないかという恐怖もありましたけど。


 ちょっとお水飲みますね、すいません。

 ええと、それで……。

 開けた所の中心に巨大な召喚陣が描かれていて、その周囲には結界が張られていたのかお祖父様たちの持っていた明かりがふっと消えました。

 その瞬間の光景は凄かったです。一番印象に残っているのはそこかもしれません。

 天を仰ぐこともろくにできない森のなかで不自然に開けた場所、青白い月明かりが禍々しい印象の召喚陣を照らし出していて。

 これが魔王を召喚するための陣なのか、と少しの間見惚れていました。

 禍々しくはあったんですけど、その記述は美しかったんです。……こんな話、どこの教会でもとてもできませんね。

 第四魔王陣は確かにあって、それに術式がかけられた……つまり、使用された形跡もありました。でもそこには既に誰の姿もありませんでした。


 私たちが何かするより早く、お祖父様の精神獣が飛び出して唸り声を上げました。

 私たちの来た道、真っ暗な森の道の何処かから草木をかき分ける音、移動する音の「何か」が無数に聞こえてきたんです。

 誰かが松明をつけろ、と叫ぶのが聞こえました。

 多分教会騎士のルーベックさんだったと思います。

 そして従者の方が松明をつけると、「何か」が一目散にそちらに向かっていって……。


 その後は乱戦でした。

 「何か」は、明かりや音を目安にしているようでしたので、私は私を守るために飛び出してきた精神獣がどこか勝手に行かないように抱きかかえて震えて、お祖父様たちの隊列から少し離れた木陰でぶるぶる震えていました。

 お祖父様が……お祖父様たちは戦闘が始まると、私から離れるように戦いながら移動していきました。

 しばらく戦闘音は止むことなく続き、場所も離れ、私がようやく顔を上げたときには何かが焼けるような臭いや血の臭い、いろんな臭いが鼻をついて思わずむせそうになり、必至で声を殺しました。

 顔は上げたものの、怖くて怖くて動けずに首だけ回して周囲を見ていると開けた場所にあった魔王の召喚陣が光り出し、


 そして、


 ……そして、そこからの記憶が無いんです。

 気を失い、気がついたら家のベッドでした。


 お祖父様にとんでもなく怒られる――そう思っていたのですが、私の顔を見たお祖父様は私の頭を撫でて泣き笑いのような顔をしただけでした。

 お祖父様のあんな顔を見たのはあの時が初めてでしたし、あれ以降お祖父様はめっきり遠征に出ることもなくなってしまわれました。

 そしてある日お父様がお祖父様宅……私が暮らしていた家にやってきて、こちらの家へ移り住むようにと言われたのです。

 多分、私は愛想を尽かされたのだと思います。


 あの日以来私の精神獣も全く出てきてくれなくなってしまっていて、他の召喚術も全く使えなくなってしまっていて、私は召喚術師としての生命を亡くしてしまったのだと思いました。


 もしかしたらあの召喚陣から何者かが喚び出されて、その余波や召喚されたモノに何らかの呪いを受けたのかもしれません。それこそ魔族ですから精神汚染だったのかもしれません。ですが、私には何もわからないのです。


 ですから今回のことも、イムカさんが来られたのは再度お祖父様に認めていただく機会なのかもしれないと思い召喚術をまた頑張ろうと思ったのですが……。



 コレットはそこで言葉をつぐむと、残っていた水を飲み干してそのままうつむく。

 続く言葉は予想がつく。自分でも思った以上に召喚術を使役するのには支障が出ていたといったところだろう。


 私も少し姿勢を崩して思案にふける。

 愛想を尽かされた、か。そうなのかもしれない。

 そうであれば全てを知るギャレットが私にこの任を押し付けたのも納得できる。

 しかし、私にはイマイチ真偽の判断が付きかねる部分がある。


 魔族領に行くには少なくとも数日はかかる日程だったはずだが、その間本当にギャレット一行の誰にも気づかれず、その経過で関わる人間誰一人として疑問に思われず、ただ一人独力で目的地まで辿りついたのだろうか?

 可能なのか? 今より小娘で、ただでさえ抜けたところがあるようにみえるこの娘に?


 自分へ問いかけてみても返ってくる答えは否だ。

 そんな舗装された道を見守られながらてくてく歩いていくのとは訳が違う。

 疑問は付きなかったが、少なくとも今の争点はそこにない。

 私は幾つかの疑問点については脇に置いておくことにした。


「ちなみに、場所は覚えているのか? どの辺だったとか……」


「……はい。第四魔王陣跡、と今は呼ばれています。魔族領のニヤンデと呼ばれる街から近い場所でした」


 おそらく、記憶を失ったということを覚えていて、その直前までの経緯を覚えていたということはその辺りの記憶を頼りにそれを調べ上げたのだろう。

 話によると、第四魔王陣での魔王召喚は失敗した、とされている。……らしい。

 だがコレットの話を聞く限りでは、確かに魔王の召喚には失敗したものの、代わりにその規模の召喚陣で呼び出せる何かを呼び出してしまったように思える、そしてコレットのこの現状は直接何かされたというより、恐らく何らかの余波だ。

 正体不明と戦うのは流石に避けたいが、少なくともここにいては情報収集もままならないだろう。

 私が今後の計画を頭のなかで練っていると、コレットが再び口を開く。


「昔、お祖父様に頂いたものがあるのです」


 そう言ってコレットが私に見せたのは、ネックレスだった。

 碧い輝きを持つ小さな宝石がついただけの質素なものだ。紐の部分が若干擦り切れかけているように見える。

 中心についた宝石の中でオーロラのようなものがゆらゆらとはためいており、そこに落とし込まれた輝きが次々と色鮮やかに変化してゆく。


「綺麗だな」


 コレットは嬉しそうにはにかんだ後、徐々に表情を曇らせ、しまいにはじわりと目尻に涙をにじませる。


「この首飾りだけがお祖父様と私を繋ぐ絆のような気がしてしまって、私は――」


 宝石をぎゅっと握りしめるコレットを見て、私も自然と声色が優しくなるのを自覚しつつ言う。


「そんなことないさ」


 ギャレットもこんな気持だったのだろうか。

 少なくとも、ギャレットから孫娘に対して悪い事を言うのを私は今まで一度も聞いた覚えがない。

 ……もしかすると、ギャレットは贖罪のつもりで私を遣わしたのだろうか。願わくば、コレットが失ったものを取り戻せるように、と。真意は聞くまでわからないし、それが当たっていたとしてもやはり人選間違いであると思うのだが。


「昔のことをたくさん話して疲れただろう。一旦眠るといい」


「はい……」


 コレットも自分の感情に振り回されて疲れたのか、既に眠そうな目になっていた。

 特に引っかかることもなく私の言葉に頷き、ふらふらとベッドまで歩いていってそのまま倒れるようにして横になる。

 私はコレットから寝息が聞こえてくるのを確認すると明かりを消して部屋を後にした。



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