廃城 5

 オルガナとレッカは共にグレイベアドに蹴飛ばされて骨が数本折れていたものの、その程度で済んだ。

 コレットが治癒魔法をかけ、そのまま安静に横たえて二人が目覚めるのを私とコレットの二人で待っていた。


 コレットは少しの間無言で座っていたが、やがて立ち上がると部屋の隅にごろごろ転がっている冒険者の遺体から身元が判るもの、つまり形見や冒険者カードなどを集め始める。

 遺体は結構な数がある。

 私も手伝ったほうがいいのかもしれない。

 そう思い腰を上げると、


「イムカさんは休んでいて下さい。これは、その、なんかじっとしているのが落ち着かないので」


 コレットが弱々しい笑顔を浮かべて言うので私は再び腰を落ち着ける。

 結局オルガナやレッカが起きてからも、コレットは一通りの冒険者の遺物を回収するのをやめなかった。



 城から出て開放感と共に歩き始めたものの、誰もあの結界迷宮を突破する自信はなかった。

 ジグアタが迎えに来てくれたりするのだろうか、とも思ったが城を出て少し歩いてもそんな様子はない。

 大樹もまさか言っては見たものの、グレイベアド討伐がなし得るとは思っていなかったのかもしれない。

 周囲に転がっていた遺体の数がそれを物語る。

 だが討伐報酬として契約を求めに行くにしても、下手に森に突っ込んだら途中にある結界の狭間で永久に出られなくこともありうる。ジグアタ曰く既に森の住人でさえも何人かそうなっていると言っていたではないか。


 迂回しようにも結界の範囲が判らないから手のうちようがない。

 このまま屋敷まで一度帰ってしまうと言うのも手ではある。

 手ではあるが、一度帰ってはー終わった終わった、という気分になってからあの不快指数がやたら高い道のりを再度行く気にはあまりなれない気がする。


 そもそもである。

 大樹と召喚契約をすることが目的なのにそれをせずに帰る訳にはいかない。

 グレイベアド討伐で全員息があったのは本当に幸運でしかない。

 これに達成感を覚えるのは致し方ない。だが、これは最終目的ではないのだ。

 なんと言ったものだろうか。

 思案しているとレッカがこの場を代表するかのように口を開いた。


「先のコロボックルの祠まで行ってみましょう。そこで案内人やコロボックルに会えないようであれば……そのまま街へ戻りましょう」


「そうだな……」


 レッカの提案に消極的に同意する。損耗状況、残存体力等を考慮してもそれが妥当だろう。

 オルガナとコレットも異存はないようだった


 休憩を挟みつつ半日ほど歩き、祠にたどり着く。

 やはりというかなんというか、ジグアタやコロボックルがいる様子はない。

 声には出さなかったがコレットが落胆している様子が見て取れた。


 ふと私は周囲を見渡す。

 行き掛けに来たときと変わらず魔素は薄いままだったが、何だか空気の質が違う。

 小さな広場には、数時間前にコレットが浄化したアンデッドの残骸がもう何十年も前に朽ち果てた躯であるかのように苔に覆われ、地面と一体化している。


 そして、そう、生命の気配がなかった。

 城からここに至るまで、グレイベアドが居る時は声を潜めていたかのように大量の森の生物たちが音を奏でていた。そのせいで体感温度が三度は上がった気がしていたのだ。


 だが――ここではその声も遠い。

 ここだけ違う時間軸にあるような印象だった。これも一種の結界のようなものなのだろうか。

 祠を見るとその中心に青白い明かりが灯っている。


 何かあるのか?

 そう思い、私はコレットたちを尻目に祠に近づく。

 ぼんやりとした青白い光が輪郭をぼかすようにゆらめき、


『待っていたぞ』


「うわっ」


 くぐもったような、反響するような声。

 最初のときは木々のざわめきに擬態するかのように声が振ってきて、きちんと声と認識したらその後問題なく聞こえるといったような体裁であったが、今回は最初からきちんと声が声として作られていた。


 不意をつかれて思わずのけぞってしまった。

 くっくっく、と小さく笑うような声が漏れ聞こえてきたからわざとこのタイミングをあわせたに違いない。

 声が聞こえたのか、私の反応に驚いたのかコレットたちも集まってくる。


『まさか本当にグレイベアドを祓えるとはな、言ってみるものだ』


 私はそこでここに来るまでに考えたことを直接ぶつけてみる。


「……今までそうやって何人も送り出してきたのか?」


 コレットが小さく息を飲むのが聞こえた。


『いや、お前たちが初めてだとも。そもそも最近は召喚術師が減ったのか、外から誰か来るということがまずない。グレイベアドの所で死体の山でも見つけたのか? 我々はあれには何の関与もしていない』


 大樹の回答はあっさりしたものだった。考えてみれば納得も行く。何の得もなしに廃城へ行こうなどと言うやつはそうそう居るまいし、大樹が頼んだとして安請け合いして行くような所でもない。素直にギルドで依頼として受けて向かって討伐に失敗したと見るのが自然だろう。


「納得した。変なことを聞いてすまないな」


 大樹は言葉で答える代わりに木々をざわめかせる。風が吹いただけかもしれない。

 だが次の言葉はもうそれを引きずってはいなかった。


『さて。話は変わるが、そこの男の要求通り、”顔”を用意した。……どうせ木に顔でもついていてそれが喋りだすとかそんなことを考えていたのだろう』


 全くもってその通りだった。だがこの大樹のいう顔は顔としては正直20点くらいしか与えられない。


 と、私はそう思っていたのだが。


「はあ……本当にちゃんとそのまんま顔ですね。顔だけ浮かんでいて怖いですけど」


 レッカが感心したような声で青白い光を覗き込みながら言う。


「え?」


 私の戸惑いをよそに、コレットも物珍しそうに眺めている。


「あれ?」


「なるほど……そういう手段で顔を用意してくるとは予想していませんでした」


 と、オルガナ。

 私を謀っているのだろうか? 変な質問をした意趣返しか? それともこの青白い光は顔として及第点に値するものなのか?


「ちょっと待て、お前たちにはこれが顔に見えるのか?」


 私の言葉に三人共が言葉を疑うような目を向けてくる。


「これが顔に見えないって普段私達のことをどう見てるんですか」


 レッカが辛辣な事を言ってきて、大樹がその言葉の理由を説明する。


『今見せているのは認識魔法の一種だ。私の声から各々が浮かべる印象に近い顔を投影させているだけだ。そこの男は想像力がないか、正しく私の本質を理解しているか、特に何も思い浮かべなかったのだろう』


 なるほど……。確かに、私は声から顔は想像しなかった。そう言うのであれば浮かべてみるとしよう。一旦目を閉じて記憶を掘り起こす。


 私の中で大樹の声は商業都市ガムルンにいたクレッコという男の声が近い。鉱物商の男で、良くも悪くもこれと言った特徴のないへちま型の顔立ち。口ひげは商人っぽい威厳を出そうとしたらしいが正直付け髭にしか見えないと不評だった。

 私が滞在して交流を持っていた時期は結婚記念日をすっぽかしてしまったとかで、奥さんの機嫌取りに頭を悩ませて死にそうな顔をしていたが……ここまで思い浮かべる必要はないだろう、多分。


 そして目を開くと、なるほど確かに青白い光で作られたクレッコの顔が目の前にあった。

 光で出来た立体物のようにも見え、青白い光の粒で描画のように作られた顔立ちはまるで芸術ひ……だめだ、どう褒めようとしてもクレッコの顔が凡庸さを主張してきて湧き上がりかけてくる感動を潰しに来る。


 とにかく、嫌になるくらい再現度が高い顔が目の前にあった。もう少しうろ覚えで記憶しておけばよかったと後悔する。

 奴の顔で大樹の言葉を伝えられてもなんとも言えない気持ちになるだけなのだが、顔を用意しろと言ってそれに応えたにすぎない大樹に悪いので黙っておくことにした。


 気を取り直すために深呼吸をする。ここはまだレッカが酔ったほど魔素の気配が濃くはない。

 そしてそこまで考えて気がついたが、行き掛けにコレットは魔素が濃くないと話せないとかなんとか、そういったことを言っていたことを思い出す。


「このあたりは最初の場所とは大分離れているようだが、魔素が濃くないと対話も難しいんじゃなかったのか?」


『及ぶ力が落ちるだけで会話するくらいなら問題はない。それに普段はわざわざこちらから力が落ちる所へ出張る必要もないのでな』


「そちらが問題ないのならこれ以上言うことはない。本題に入ろう」


『いいだろう。こちらが提示した条件は果たされた。その娘と契約をしよう』


 その言葉を聞いてコレットの顔がみるみるうちに明るくなる。


「大丈夫なのか? 先に……危険があるとかそんなことを言っていただろう」


『こちらの問題だ。グレイベアドが片手間に倒せるやつではないことは理解している。こちらも応えねばな』


 気を使われたのか、はたまた答えたくない内容だったか内容に関しては聞けずじまいだった。

 ただ、危険を先に超えた以上は同じだけの危険を背負うと言っているのだ。グレイベアド討伐は下手したら落命するほどの危険だ。それと等価に値する危険がコレットとの契約にあるのだろうか。あるとすれば、それはやはり例の汚染に由来するものなのだろう。

 おそらく今尋ねた所で答えはすまいが、もしかしたら大樹はコレットを蝕む汚染についても心当たりがあるのかもしれない。


 そして契約の儀とやらを行うとかで私とレッカ、オルガナは広場を追い出された。

 適当な木に背を預けてオルガナに聞く。


「わざわざ追い出さなきゃ契約とやらはできないのか?」


「そんなことはなかったとは思うけど……まあやり方はそれぞれだから。儀式というだけあってそういう形態を重んじる契約主が居た所で不思議ではないと思うよ」


 そう言われてしまうと何も言えない。


「しかし……召喚と言っても大樹の何を喚び出すんだ? 木の一本や二本呼び出した所でそんなに有力なのか?」


 広場の方を伺いながらこぼした言葉に、レッカが反応してくれる。


「大樹との召喚契約では力の召喚……要はほとんど魔術のようなものです」


「それなら別に召喚契約などせずとも良かったのでは?」


「魔術として使役した場合と比較しても強力ですし、魔力の負担が殆どありません」


 ですが、とレッカは言葉を続ける。


「下手したら死んでしまう契約の危険性やかかる時間を考慮しても、通常の魔術をうまく使い分けるなどした方がいいとされてはいます」


 その辺りも召喚術衰退の一因とされていますね、とレッカは締めくくった。

 コレットの契約が終わると疲労もあって足早に帰路を急いだ。

 契約の成果に興味はあったが、コレットも疲れ切っていたし少しだけ力が戻ってきた、と言っていたので滞りなく済んだのだろうということで納得をしておいた。

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