廃城 2
野営場所はジグアタのねぐらの直ぐ側だった。
森の中で結界に隔離されている一角があり、その結界を抜けると森の住宅街とも呼べそうな場所に辿り着いた。
主に森に属する亜人種が暮らす場所であるからか、樹木の根本や中腹、木の幹かと思えるほどぶっとい枝の上にこじんまりとした家がいくつも見えた。
ジグアタのねぐらはそのいくつもある枝の上にある家のひとつだった。家というよりは小屋と呼ぶ方が近いかもしれない。樹木の中腹にある家なんかは言うなれば秘密基地とでも呼んだほうがいいのかもしれない。こじんまりとしていて、多分私は体格的に中にすら入れない。
枝の上にある家というのはコレットの何かをくすぐるのか、是が否にでもと見たがったので、レッカと一緒にジグアタが招き入れていた。
「見た目以上に広くて素敵です! イムカさんは見なくていいんですか!?」
と、コレットがこれを見なければ人生損をしていると言わんばかりのテンションで詰め寄ってきたが、私は自分が登ったらハシゴが千切れそうだからという心底どうでもよさそうな理由で遠慮した。高所恐怖症の気があると思われたに違いない。
私は粛々とその下で野営準備を進める。
更にジグアタが簡単なものですがと我々の分の晩飯も用意してくれた。感謝代わりにレッカが備蓄から保存はできて、あまり森では食さない魚類などを交換する。
少し賑やかなのが気分を高揚させるのか、普段からこうなのか、ゆらゆらと頭を左右に小さく揺らしながら、食事を終えて片付けを行うジグアタは小声で鼻歌を歌っている。
コレットとレッカが再びジグアタの家の中に入り、私は下で早々に横になっていた。
グレイベアド。
生き残ることを考える。
避けられるのなら避けるのが一番だ。だが避けられないのならどう立ち回るべきなのか?
手持ち無沙汰の手慰みにそんなことを考え始めたが、私はグレイベアドのことを全く知らない。どれくらいの体高を持つ狼なのか? 魔術は撃ってくるのか? どれくらいの速度で動き回るのか? どんな場所で迎撃するのか? 他に知らない手はないのか?
立ち回りもクソもあるものか。
王都から手練の冒険者が来れば討伐できるのかもしれない。そいつらさえ返り討ちにしてしまうかもしれない。少なくとも、この近郊に住む冒険者のレベルでは返り討ちにされる程度の実力を持っているということは判る。だが奴の強さに関しての天井が全く見えない。
誘い込んで何も情報を外に持ち出されないように封殺しているのだとすれば、想像より遥かに危険だろう。
いざとなればレッカとオルガナを囮にしてでもコレットを逃さないといけない。コレットを逃してさえしまえば後は私が倒すか一緒に逃げるかすればいいだけだ。
だがパーティを犠牲に生き延びてコレットは立ち直れるだろうか?
平然としているようならそれはそれで狂っているとは思うが、ショックで廃人になられても困る。
ああ、本当に。
このまま寝静まった頃合いを見てコレットを簀巻にしてそのまま連れて帰りたいくらいだ。
もっとも、そんなことをしたところで取って返すに決まっているからやりはしないが。
「ねえおにーさん、起きてるかい?」
泥沼の思考に浸かっている私に、オルガナが歓楽街の客引きのようなノリで声をかけてくる。
「ああ、どうした?」
私は思考を外に追いやって体を起こす。
気分転換にはちょうどいい。
オルガナは少し周囲を警戒して、聞こえる距離に誰も居ないことを確認すると、
「おにーさん、実はそんなに強くないんだろ?」
「急に何の話だ」
「歩き方も全然戦士っぽくないし、かといって凄い魔力を感じるでもない。それに魔道士に片足突っ込んだ格好のまま大剣担いで前衛職だって言うのも酷く悪い冗談みたいだ」
…………。
ええと、これは、この状況は何なんだ? 私は糾弾されているのか? 憐れまれてるのか? 何かを疑われているのか? そもそも、装備に文句を言うのなら出立前に言って欲しい。そうすれば一応それらしい格好くらいは揃えてきたのに。
一応、私としてはこれで問題ないだろうというざっくりした見立ての元に装備を選んで……いや、ちょっとだけ嘘だ。問題ないだろうと思ったのは本当だが、問題ないだろうと思ったがゆえに特に装備は選んで居なかった。
てっきり、コレットもレッカも何も言わなかったから他人から見ても問題ないのだろうと勝手に思っていたのだが。
私の葛藤をよそにオルガナは言葉を続ける。
「別に君が何者でも私は別にいいんだ。悪い人ではなさそうだし」
「何が言いたい?」
耐えきれずに私は口を挟んだ。
オルガナは真正面からじっと私の目を見つめ、
「君とコレットちゃんを私とレッカが守るよ。本当にヤバそうになったら君がコレットちゃんを連れて逃げるんだ。私とレッカはなんとかなる」
「え……あ、ああ……」
何かを私は言おうとしたが、その何かは言葉になりきれずに意味をなさない言葉として口から出る。
言われずともそのつもりだった、とさすがにここで言えるほど無理解ではない。
「コレットちゃんの召喚術はヘボヘボのヘボだけど、あの子は白魔術を使えるから生きてさえいればなんとかなる」
「そうなのか」
私はコレットが白魔術を使えるということに驚いた。そうか、召喚術しか使えなくてその肝心の召喚術が使えないというわけではなかったのか。
ふむ。
どうやら、私のコレットに対する理解の低さも若干問題があるようだ。今はグレイベアドの件をどうにかするのが最優先というスタンスには変わりないが、この件が終わったらもう少しコレットのことを知る努力をしよう。そう決めた。
オルガナは私の驚きに対して別の受け止め方をしたらしく、
「君はギャレット様の護衛……なのかはよくわからないけど、ウォンテスター家の監視役なんだろ? そんな人が死んじゃあ外聞も悪いしね。コレットちゃんにビシビシあたるような人なら別にそれでも良かったけど」
監視役ではないぞ、と否定しようとしたが、外部の立場になってみれば私は監視以外の何物でもない。
油断が大敵なのは判っているが、狼やその下っ端の亡霊共に追われたくらいで私は死にはしない。まさか私が守られることを告げられるとは思わなかった。だが実際諸々の出力が下がっている今、何でもかんでも力技で解決ということにはできないのだ。
「お前がそこまで心配しているのは、城が危険な所だからか? それとも俺が弱そうだからか?」
「うーん、両方かな? ……あのね、まさか本当に行くことになるとは思ってなかったから言わなかったんだけど、廃城の大狼は召喚獣の疑いがあるんだ」
「ほう」
召喚獣と聞いて若干気が昂ぶる。
「召喚者が居るということか」
私の言葉に、オルガナは残念そうに首を振った。
「聞く限りでは、獣に殺されたらしい」
そうか、と少し残念な心地で私は言葉を返す。召喚者が居れば単純に暴れる召喚獣討伐なんてやらずともすんだかもしれなかったのに。
「どういう類の召喚獣なんだ?」
「狼の召喚獣ということしか判らない。城自体もアンデッド共が居て厄介だけど、グレイベアドまで辿り着いてまともに生還した人が居ないから詳細情報があんまり判ってないんだ。王の間に篭って出てこないから、討伐の難易度は最高難度だけど優先順位的には高くないのもあって今日までずるずるとね」
「やはり行かないほうがいいのでは? まともじゃなくとも生還した人がいるのならせめて話だけでも聞きに行ったらどうだ」
オルガナが隠しもっていた情報を聞けば聞くほど、どんどん行きたくなくなってきた。
本当にグレイベアドがボス狼なんぞではなく、召喚された獣であるならそれはもう強いとかそういう次元ではない可能性がある。
獰猛化したはぐれ狼なら変異種でも体高2メートルくらいで、簡単な魔術を使う程度だろう。とはいえ、それでも体高2メートルもあればコレットくらいならひとのみできるかもしれない。
だけどもしそいつが、オルガナの言うとおり誰かに喚ばれた獣だと言うのなら少し事情が違ってくる。
具体的には大体全部のスケールが3倍になる。体高も6メートルになって、複雑な術式を使ってきて、なおかつそれらに加えて予想もつかない攻撃をしかけてくる、くらいで考えておいたほうが良いだろう。
元があまりにも強大ならその能力に制限が掛かったりするものだが、大抵は召喚サークルを経て”獣”となることで本来では出し得ない力を持つのだ。
相手がそんなレベルになるなら、どんなものでもいいから事前情報が欲しい。
だが、オルガナは小さく首を振る。
「記憶をなくしてたり、逃げる途中で脳を吸われて廃人になったり、恐怖で人格が壊れてたりとかそういう意味だから多分無駄足になると思うよ」
「グレイベアドは王の間から出てこないんだろう? 城の周囲に散った亡霊共を少し蹴散らして帰ろう」
オルガナは苦笑交じりにため息を一つ、
「私にも行きたくなさが露骨に伝わってくるようになってきたよ。でもコレットちゃんが何よりあの調子だからね……。
本当にここはマズそうっていう感覚を抱いたらすぐに帰ろう。正直、実を言えば私もおにーさんに同意見だ。グレイベアドまで行ったとしても本当に召喚獣なら契約なんて結べないし、そうじゃなくても契約を結べそうな前提がゼロだからね」
おそらくコレットもグレイベアドとは契約を結ぶとかそういった気負いはないのではないかと思う。
もうあくまで大樹との契約を結ぶための試練みたいな捉え方をしているに違いない。
「適当なところでコレットちゃんを連れて帰って、首に縄付けてでも精神獣を召喚してもらう。それでコレットちゃんがまともに召喚できなくなっている理由を見てみよう」
そして話は徐々にコレットの精神獣の話に移ってくる。
「そもそも、精神獣に限らず、契約した獣がまともに召喚できなくなるという状況はどういう状況下で起きうるんだ?」
「召喚獣に嫌われたりだとか、深刻な精神汚染受けたりだとか……」
私はオルガナと二人首をひねる。
コレットを脳裏に思い浮かべて、召喚に応じなくなる程に嫌われたりだとか精神汚染を受けただとかそんな様子が思い浮かばない。
実は感情がなくて上っ面で作っているだけとか、想像を絶する程の残虐性を持っているとか、そういった事情でもあるのだろうか。
さすがにないと思う。
「こればかりはコレットちゃんが教えてくれないことには何もわからないねえ」
「まあ、まずは我々が心を開いて貰わないことには始まらないわけだ」
オルガナは私と同じ結論になったのか、楽しそうにくすりと笑う。
「そういうことだね。ま、死なないように頑張ろう。おやすみ」
オルガナは話は終わりとばかりに立ち上がると、私から離れていった。
ジグアタの家から僅かに漏れ出るコレットのはしゃぐ声を聞きながら、私も再び横になる。今度は無駄なことを考えずに眠れたと思う。
---
翌日、早朝から行軍を開始した我々にジグアタが恐る恐ると言った様子で言葉を切り出す。
「すみません、少しだけ寄り道してもいいでしょうか?」
「構いませんが、何かあったのですか?」
まだ顔中にべっとりと眠気を貼り付けたコレットが首を傾げながら問う。そのまま目を閉じて眠りに落ちていきそうな顔をしていた。
ジグアタは浮かない顔で、
「廃城近くに知り合いが居るのですが、その辺りもすこーし前に要警戒区域になってしまって……。普段は近寄らないよう言われているので様子だけでも見ておきたいなと」
私はどちらでもいい。そう思ってコレットを見ると、コレットも私を見ていた。コレットは私を見て頷く。自分で言えよ、と思いながらもコレットが自分から言い出す様子がないので仕方なく口を開く。
「……判った。様子を見ていこう」
「! ……ありがとうございます!」
ジグアタも断られるかもしれないと思っていたのか、安堵の表情と共に嬉しそうに答えた。
そして進み始めてすぐに、大樹がジグアタという道案内を付けてくれた理由が判った。
天然の悪路となっていた初日と違う意味で複雑な道になっていた。
幾重にも張り巡らせられた結界が迷路を作っていたのだ。森は森で場所によっては土が柔らかく足が沈み、幻惑の結界に紛れて罠や敵意を持った森の獣の気配がピリピリと感じられる。
だが幸いにも結界の効果なのか、外界の天気のせいなのか昨日よりは湿度が低く、その分だけマシに思えた。
ジグアタは森を生活圏とするだけあってか、時折考える仕草は見せるものの滞り無く進む。ジグアタのおかげか罠にかかったりや森の獣に襲われることもなく進むことができた。
とにかく作れる幻惑系の結界を総員でデタラメに作ったような密度で、特にひどい所は三歩歩くごとに違う結界の気配がする。レッカが特に相性が悪く、結界酔いという酷く珍しい状態になっていた。
「さすがにこれは侵入者防止とかそういう意味合いがあってもやりすぎじゃないのかい?」
オルガナが呆れたような声でジグアタに問う。
ジグアタは四本の腕で器用に草木をかき分けながらも苦笑気味に、
「いえ、この辺りは昔から結界の密度が濃いので、結界魔術を覚えたみなさんが面白半分にどんどん追加するんですよね」
「誰か止めさせてくださいよそれは……」
死活問題になっているレッカがぐったりした顔で言う。
ジグアタが酷く真面目な顔で、
「いや、もうここまで増大するとどうにもならないんですよ。多分森のみなさんも何人か結界に閉じ込められてるでしょうし、もう森では大樹様みたいに結界が自由意思を持つようになって勝手に増えてるだけだと主張する方もいらっしゃるくらいでして……」
それは本当にどうにかしろ。
結界をそんな雑にというか変な使い方をするやつは初めて見た。もし結界が可視化したら奇っ怪な構造物のように森に鎮座していることだろう。
「結界が多すぎて眠くなってきちゃいました……」
「お前はいい加減に起きろよ」
あろうことか自分の寝不足を結界のせいにしようとしだしたコレットの額を私は指で弾く。
「いたっ!? ひどい! 何で私だけわるいこ扱いなんですか!?」
「お前は昨日からはしゃいでて寝不足なだけだろうが。朝からずっと眠そうな顔してて何で一緒に被害者ですみたいなツラしてるんだよ」
コレットは、う、と一瞬顔を引きつらせ、それでも強がるようにあまり育っていない胸を張る。
「お、思ったより私のことをきちんと見てらっしゃいますね! いいでしょう、その見守り力に免じて私が折れますよ、ごめんなさい、仰る通りです」
開き直るのかと思いきや、コレットは素直に……と言っていいのかは迷うところだが、ぺこりと頭を下げて謝る。
寝不足からかどうも変な調子になっているらしい。
果たしてこのまま廃城へ踏み入ることになったらと考えると凄く不安だ。不安要素をこれ以上増やさないで欲しい。
「そういえば、ジグアタ」
「はぁい?」
「廃城には今日中に着くのか」
「いえ〜。今日中はさすがにちょーっと厳しいんじゃないでしょうか」
私はその回答を聞いて少しだけ安心した。
それを受けて遠いんですねー、と呑気にコレットが言う。
最悪自分の墓標となるかもしれないのに、この能天気さというかクソ度胸というかよく判らないものは素直に凄いと思う。
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