お嬢様と召喚術 2



 翌朝。

 私は冒険者風な衣装に身を包んだコレットとレッカと共に、街のギルドへ向かっていた。

 コレットとレッカがひらひらの服だったりメイド服だったりで来たりしやしないだろうなと少し冷や冷やしていたが、そんなこともなく二人共冒険者らしいそれなりの格好をしていた。


 コレットはウェーブのかかった茶髪のせいでどことなく浮かれ気分が抜けてない感じだったが、ピカピカの装備一式含めて新米冒険者らしさがあるので問題はない。何故か上等な魔法使いの杖を持って嬉しそうにしている。

 レッカも問題はないのだが、使い込まれた黒ベースの装備に当人の髪色も黒なことがあり、闇に溶け込むというか陽の下を歩いているのが不自然な印象が拭えない。そしてふとレッカの携える剣の鞘が見慣れない弧を描いていたのでつい声をかける。


「メイドよ。珍しいな。お前、曲刀を使うのか」


「メイドではありませ……いえ、メイドではありますが貴方にメイドと呼ばれるいわれはありません」


 昨日お嬢様をポンコツ呼ばわりしたのがよほど頭に来たのか、一日たっても私に対する態度は冷たいままだった。


「レッカ、あのね、私は別になんとも思ってないから、もうすこーし仲良くして欲しいな?」


 コレットが朝からいがみ合う我々に先行きの不安を感じたのか、仲裁に入ってくる。

 レッカは少し不服そうにそれを聞いて小さく咳払いをすると、


「そうですね、すいません。少しムキになりすぎました。そうです、私は曲刀を主に使います。……あなたは? 何も持っていないようですが」


 雇い主の言葉だからなのか素直に聞き入れるレッカ。そしてそのレッカに水を向けられて、コレットも興味深そうに私を見ながら小さく頷いている。


「少し前までは魔法使いをやっていた。事情があってあんまりぼんぼん撃てなくなってきたのと、四属性魔術とかそういう基本的なところが使えないから街で武器を調達して前衛をやるつもりだ」


 レッカは私の言葉に何かを言おうとして黙り、口を開いて閉じ、葛藤の末に口を開いた。


「魔法使いだったんですよね? その貴方が急に前衛に? 確かに……貧弱とまでは言いませんが、そんな急に切り替えられるものなのですか?」


 レッカが言いたいことはよく判る。要はこう言いたいのだ。前衛ナメんな、と。

 今まで通り魔法を使えばいい話なのだが、実を言うと魔力が枯渇してきたのであまり使いたくない。魔術師のように寝たりすれば体力と一緒に快復すると言った性質のものでもないので、しばらく前からケチっている。


 手先は器用ではないが、幸いにして膂力だけはあるからなんとかなる。昔も一度前衛をやろうとしたがあまりにも自分が不器用だったものだから一度諦めた。多分私が曲刀のような小器用な武器を使おうものなら一日と経たずにへし折るだろう。

 大鎚とか金棒とか大剣とか、そういうのならまだなんとかなるし適当に振り回してるだけでも様になるとギャレットに言われたからその辺りを探すつもりだ。……もちろん、ギャレットも前衛経験などないのでおそらく雑な思い込みなのだが、些細なことだ。


「まあいいじゃないですか。それにほら、この中で一番足を引っ張ってしまうのは私でしょうし、大丈夫ですよ!」


 コレットが気を使ってか返答に詰まってた私を元気付けてくる。レッカが胡散臭そうな目を向けてくるがこればかりは仕方ない。


「あの、イムカさん」


「ん?」


「せっかくレッカも来てくれましたし、今日は三人で何か依頼があればそちらを受けてみませんか? もう少し自分で自分の召喚術を試してみたいんです」


「別に練習がてらなら依頼じゃなくても」


「せっかく冒険者生活するならお金! 必要じゃないですか!?」


 無理に依頼を受ける形式にしなくても、と言おうとしたら食い気味に返された。どうやら、お嬢様は結構この当面の冒険者生活を楽しみにしているらしい。別に楽しくなる要素は何もないと思うのだが。


「じゃあ、俺は武器を調達してくるからなんか適当な依頼を受けてきてくれ。街の門のところで落ち合おう」


「わかりました。……本当に大丈夫なんですか?」


 武器を調達してくるからって言うのが引っかかったのか、レッカが疑うような目で見つめてくる。


「大丈夫……仮に大丈夫じゃなくてもギャレット……じゃなくてご隠居から頼まれてるからな。責任持って付き合うつもりだ」


 レッカは呆れたようにため息をつき、


「いいですよ、もう。好きにしてください。昨日も言いましたが、私はお嬢様をお守りするだけですから。それと、ご隠居様と貴方がどのような関係なのか判りませんが、もうとやかく言いませんから好きに呼んで下さい」


「判った。じゃあ後でな」


 そう言って私とコレット達は一時別れた。



---



「デカい武器をくれないか」


 私は武器屋に入ると、カウンターに肩肘ついて新聞を読んで暇を持て余している店主に開口一番そう言った。


「いらっしゃ……なんだって?」


「デカい武器が欲しい」


「デカいって……」


「とりあえず大きければ何でもいい。何がある?」


 店主は紹介するより前に私を値踏みするように見た。


「兄ちゃんおつかいか? もし自分用のならカッコつけるより身の丈にあった武器にした方がいいぞ」


「いいから」


 客にあった武器を勧めるのも仕事だろうから文句は言えないが、その後もしばらく後々の面倒を避けるためか親切に忠告をしてくる店主をいなし続けてようやく目的の武器を紹介してもらえた。


「その辺のは筋肉しか興味なさそうなデカい大男が持つ武器なんだが……」


 まだぶつぶつ言ってる店主を尻目に、紹介された武器を見る。大鎚や金棒の類はさすがになく、大剣が五種類ほど。形はどれもほぼ同じだったが刀身の色からして魔力適正のある剣なのだろう。15000ニルの標準的な鋼色をした剣よりほかの剣はどれも数万ほど高い。


「雷適正のものはあるか?」


「その黒いやつだよ」


 私の問いに店主は顎でしゃくって答える。


「頑丈なのは?」


「一番左のやつだ」


 刀身に赤い文様のある剣。炎適正だろうか。……他と比べて耐久性に突出したものは特に感じないのだが、そういうものなのだろうか。


「それじゃないよ、その左だ」


 と、疑り深く刀身を眺める私に店主が言う。

 左?

 言われるがままに左を見ると、五種類の大剣の隣に柄のついた長い鋼の塊のようなものがあった。これはまだ鍛えていないものじゃなくて、ちゃんとした売り物なのか。よくよく見たら上に確かに値札がついている。


  鉄塊 2000ニル


 安っ……。


「それはなんか持ち込まれた鉄塊を加工するのが面倒になって柄だけ付けたんだ」


「それでいいのか……? 確かに頑丈そうではあるが……。まあいいや、こいつをもらうよ」


 そう言って私は代金を払おうと財布を出し……たところで店主が慌てたように言った。


「ちょっと待て、そいつはマジで重いんだ。悪いが兄ちゃんじゃ持てないかもしれないぞ」


 店主の言葉に試しに持ち上げてみる。確かにずっしりとしているが、持てないほどではない。


「少し大げさに言いすぎだぞ。確かに重い方ではあるがこれなら申し分ない。剣より単純で相性も良さそうだ」


「え、ええ……? まあそう言うなら……。ま、毎度」


 訝しげな目で私を見てくる店主を尻目に、鉄塊を担いで待ち合わせ場所へと向かう。



---



「ええ……?」


 武器を携えて現れた私を見て、レッカは若干引き気味な顔とさすがにないわと言わんばかりの声で私を迎えた。


「そんなもの調達してきたんですか……?」


「シンプルでいいだろう。剣技とかそういうのは俺にはセンスがない。昔やってみたくて修練したこともあるがどうにもだめでな」


 コレットはコレットでこれからの行程への緊張と興奮でキッラキラした目をしながら「格好いいです!」とだけ言った。こいつは単純でいいなあ……。

 そんな様子を見てレッカは頭を振ると、若干引き使った顔で、


「行きましょう。森に住むゴブリン五匹の討伐を受注してきました」


 そう言って先頭にたち歩き始める。

 ゴブリン五匹か……。

 森のゴブリンは動きが素早いから油断はできないが、単独行動が多いので初級討伐依頼として定番だ。二足歩行する生物を倒すという意味で冒険者としての登竜門ともなっている。


「コレット、一応釘を指しておくが我々は討伐じゃなくてお前の召喚術の向上、安定化が目的だからな?」


「もちろん判ってますよっ! お任せください!」


 コレットは威勢よく答えるが、昨日の惨状を見てしまうと何も任せられない。今日は気が昂ぶっているのだろうが、それがいい具合に働いて安定してくれればいいのだが。


 しばらく歩き、森にたどり着くと一旦立ち止まった。


「ではコレット、お楽しみの召喚タイムだ。何か今回の討伐に寄与してくれそうなものを召喚してくれ」


「わかりました。では、保護精霊を呼び出してみます」


「うむ」


「お嬢様、お願いします」


 保護精霊も同じく定番で……と言いたいところだが、最近は召喚術師自体がめっきり減っているので少し珍しくなっている存在だ。保護精霊は召喚術師を含む小規模な人数編成の際に不意打ちで飛んでくる矢や魔法などの攻撃を弾いてくれる存在だ。精霊、とは言うが召喚術師の使う術の一種のようなものなので厳密には精霊ではない。


「なあ、レッカ」


 コレットが持ってきた魔法の杖でガリガリ陣を描くのを横目に、小声でレッカに話しかける。


「なんですか?」


「あんたはお嬢様が召喚術を行うところを見たことはあるのか? 昨日のコレットの話からすると彼女の実力を君は知っているようだったが」


「いえ、これが初めてです。私が聞き及んでいるのはお嬢様がまだ召喚術師としては新米もいいところ、という程度です」


 コレットの召喚術が単純に召喚術初級者あるあるで済むなら全然いいのだが。

 そして術式を完成させたコレットが魔力を注ぎ、召喚を行う。

 陣に光が走り、そして、現れたのは……。


「え、なんですかこれ」


 レッカが現れた魔法生物を見て声を上げる。保護精霊が出てくると思っていたら現れたのは魔素で出来た実態のないゴブリンだった。

 コレットが陣とゴブリンを見て、最後に杖を見て首を傾げている。


 私はそこで昨日の惨状をレッカに話してやった。

 レッカは唖然とした様子で口を開いて何かを言いかけ、閉じ、頭を振り、首を傾げ、口を開いて閉じて開いて、そのまま暫く逡巡した後言った。


「お嬢様、お気を落とさずに」


 口調こそ冷静だったものの、傍目に判るほどレッカは動揺しており、コレットはコレットでずーんと落ち込んでいた。


 そんな二人の様子を見ながら、私は少し考えていた。

 もしかしたらコレットの精神状態が影響しているのだろうか。今からゴブリンを討伐するぞ、という意気込みを反映して陣が投影させた……? いやいや、召喚陣はそのような写し鏡のような役割など持っていなかったはずだ。それくらい召喚術に明るくない自分でも判る。

 大体それなら昨日の失敗作や魚を回収していったアレは何を考えて何を召喚しようとしていたのか。


 私が思案に耽っていると、魔素製のゴブリンが動いた。陣の中で剣を振るい、足で蹴りを繰り出し、再度剣で斬り上げる動作を行い……満足したように消えていった。


 コレットは今日も落ち込むのに忙しくてろくすっぽ見てはいなかったが、レッカは見ていたようで私と目を合わせる。今のはゴブリンの動きのトレース? もしかしたらどこかに居るゴブリンの姿だけを魔素で投影した……のだろうか。そう考えればしっくり来るのだが、そもそも召喚陣でそんなものを呼び出せるということ自体がしっくりこない。知らないだけでそういう用法もできるのだろうか。


「ええと……」


 と、継ぐ言の葉も特に浮かんでいなかったが私もなんとなく声をかけようと口を開く。集中すればもしかしたらきちんと呼べるのではないのか? と言おうかとでも思ったが、あれだけ基礎から忠実にやっている初心者まるだしの召喚術士にお前には集中力がないと言ってしまうのもなんとなく気が引ける。別に気が散っているようにも見えない。


 だがコレットは私が声を掛けたのを悪い予兆だと判断したらしい。

 涙目で私を見上げると、


「あのね、あのですね、違うんです、何が出てくるか判らないんです……っ!」


「「は?」」


 とんでもないことを言い放った。


 森を背にして正座したコレットはぼそぼそと説明をした。

 曰く、

 全く同じ召喚陣で、全く同じ召喚術式で、まったく同じ条件下でやっても成功例がなく、完全に全く違う何かが勝手に応えて喚び出される。

 ギャレットにもお前の召喚術は普通のものとは違うといった旨のことを言われた。

 そう言ったコレットの説明を聞いて私は立ち上がった。


「ダメだこいつには無理だ」


 ギャレットには駄目だったと伝えよう。世界にはどうとでも、なるようになってもらえばいい。私は東へ行って自分の捜し物をしながら余生をゆっくりと過ごすことにしよう。


 そんな私にコレットがすがりついてくる。


「お願いですうううううううう!! 見捨てないで下さいいいいいいいいい!!!」


「ええいやめろ離せ! 見捨てるとか以前の問題だろうが! そんなデタラメでどうして勇者なんて呼べると思うのだ!」


 レッカはレッカで、想像を超えすぎていたのか先程から一言も発しようとはしない。


「そのうち……」


「うん?」


「そのうち……気まぐれで勇者様が召喚されてきてくれたり……」


「そうなるといいな。検討を祈るよ」


「待ってぐだざいいいいいいいいいいいい!!!」


「おいやめろ鼻水つけるんじゃない! 仮にもお嬢様ならもう少しお嬢様然としたらどうだ!」


 コレットは鼻声ですいませんと答えてバッグから出したハンカチで涙と鼻水を拭う。


「もうほんとに、もう本当に、お兄様やお姉様と比べて私は頭もよくないのでもうこの召喚術もダメダメだと何も取り柄がないんです……」


「ダメダメだとっていうか既にダメダメでグダグダの極致だと思うんだが……」


 コレットは私の言葉をお嬢様然とした態度で無視し、


「それにお祖父様には忙しいお父様に代わりずっと面倒を見ていただいたので、期待に応えたいんです」


 そこだけは迷いのない本心であると言わんばかりに毅然とした態度で言った。


「私もお嬢様を支えたいのはやまやまなのですが、残念なことに私も召喚術には明るくありません」


 我を取り戻したらしいレッカが悔しそうな顔で言った。


「今のところ、召喚術に一番詳しいのはお前だ。お前はどうすれば自分が召喚術が上達すると思う?」


 問いかけながら自分でも考えてみるが、自分で昨日言った誰かに師事するという案はあまりよろしくない気がしている。

 ギャレットをして普通とは違うと言わしめるようなひねくれ召喚術者に、普通に召喚術が使える者に教えを乞うたところで効果のほどはしれよう。


「たくさんやれば感覚が掴める気がします」


 コレットの言葉に少し考える。おかしなことではない。上達とは反復であるとかそう言った意のことを私も聞いた。私の剣はその例に該当しなかったが、概ねのことは該当するようだ。コレットが私と同じ例外ではないことを期待するしかない。少なくとも、本人のモチベーションが続いているうちはそれに任せればいいだろう。


「一応聞いておくが。相当丁寧な手順を踏んでいるようなので大丈夫だとは思うが、基礎は問題ないのだろうな?」


 間違ったやり方を反復するだけでは、上達は愚か、変な癖がついた状態でそれが身についてしまう。


「はい、教本はもう暗唱できるくらいに読み直しましたから」


 それならば大丈夫なのだろうか。私は首を傾げる。そういう初歩論についてもいくつか聞いた。曰く、基礎が掴めていればいい。曰く、人に教わらないと独自解釈が挟まって変な癖がつく。曰く、自分のやり方で好きなようにやればいい。召喚術は一体どういう手が有効打となるのか私には判らなかったし、一般論的にどれを選べば解になるのかの機微までは掴めていない。


 助けを求めるようにレッカを見る。

 レッカが小さく私を見て頷く。


「お嬢様。私が信頼のできる召喚術師の心得のある者を連れてまいります。お嬢様の癖やら何やらを一度見ていただきましょう。お嬢様が把握されていない問題点があるのやもしれません」


「なるほど。では、そちらもよろしくお願いしますね」


 レッカの言葉にコレットは頷き、すんなりとそういう運びとなった。

 そのやり取りを眺めながら私も決意する。


 私も召喚術の基礎くらいは知っておかないといつまでたっても膠着状態のままだ。

 私がやるのもおかしな話だが、背に腹は代えられない。……勉強しよう。


 ……ああ、やはりこの話を持ってきたギャレットに文句を言いたい。何でこのような手間の掛かりそうなことを門外漢の私に頼むのだろう。手間の掛かりそうなことだから頼んだのだろうか。ギャレットの口ぶりから考えるとそんな気がする。本来コレットの教育だかお守りだかに当てられるような人材は他にいくらでも居たのだ。


 おそらく何か意図があったのだろう。あのひねくれ者の爺はいつも真の意図を上っ面のくだらない理由で覆い隠してしまう。

 文句は言いたいが、せめてその理由が判るまではこのポンコツお嬢様に付き合うとしよう。


「あの」


「どうした」


 私も帰って勉強でもするかと言う気になっていると、レッカが声をかけてきた。


「一応依頼という形で受注してますし、私がゴブリンを狩ってきますので……」


 完全に忘れていた。


「いや、俺も……」


 さすがにメイド一人に任せて待ってるのも気まずいなと思い言いかけると、


「そんな武器森のなかで振り回せないでしょう?」


 レッカは呆れたように言って、そのまま森の中に歩いて行った。

 私がコレットを見るような目で、私もレッカには見られているのかもしれないと思いながら私は鉄塊を持ち直した。

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