召喚獣のつくりかた
(°_゜)
廃城のグレイベアド
お嬢様と召喚術 1
私の前を子供の落書きみたいな雑な出来のパペットがよたよたと歩いて、10メートルほど進んだところで自壊していった。
「…………」
私は静かに自壊したパペットが魔素を散らして消えてゆくのをじっくり見届けてから、そのパペットを召喚したお嬢様を見た。
お嬢様は顔を真っ赤にしながらも頬を膨らませていて、それでいて涙目で私を見ている。
なんとも色んな感情が混ざった表情をしていた。恥ずかしいらしい。いくら見られた所で私にはどうすることもできないというのに。
このお嬢様の名前はコレット・ウォンテスター。大貴族ウォンテスター家の血統だ。
ウォンテスター家は代々「使役する」能力が非常に高く、召喚術や精霊術で聖の称号を得るような大魔導師を排出している。
先代ウォンテスター当主のギャレット・ウォンテスターは召喚術に秀でており、異界との橋渡しになるような大物の召喚を多く成功させるなど、当主になる前からその才覚が留まることを知らなかったという。
現当主のウォンテスターは精霊術を巧みに行うが、どちらかというと適正も本人も魔術よりも政治方面に関心があるようであまり目立ってはいない。
そしてその娘、コレット。
茶の髪を肩まで伸ばし、小綺麗な顔に若干のやんちゃさを残してはいるが澄ました顔をしていればきちんとお嬢様っぽく見える。だが中身はと言えばあんまり貴族らしい鼻にかかった感じもなく、庶民が何故か貴族の看板を背負ってしまったようなそんな印象だ。悪く言えばごっこ遊びのようにも見える。
そして本人も、その祖父も彼女のことを召喚術師だと言っており私もそうなのだろうという印象の元でやってきた。
だが当初からあった不安要素として、使役術の才覚に関しては全く話を聞いたことが無かったことがあげられる。王国の筆頭貴族に名を連ねるウォンテスター家の者で、その正式な血統で、大召喚術師の孫娘である。訳ありでもなければその話を全く耳にしないということがあるのだろうか。
とはいえ、かつてのギャレット・ウォンテスターが本当に規格外だっただけで、コレットもこのまま行けばいずれその才覚を世に知らしめ、王国にウォンテスター有りと言われるに相応しい看板を背負ったのかもしれない。
今回引っ張り出されてきたのはいくつかの不幸な偶然が重なってしまった結果だ。
魔族の動きが活発になっていて、王室付きの占術師も凶兆近しと予見した。故にヒト族としてもその対策を行うことにしたらしい。
そしてその一つが勇者召喚の儀と言うものだった。魔王に打ち勝つ力を持てしものを喚び出し、彼の者を以って魔王を打ち倒さん――。
故に、今代で勇者召喚の儀というものを行わなければならなくなった。
先代当主ギャレットはもういい年だしその負担に耐えられない。今代当主はそもそも召喚術はあまりできない。今代当主の息子と上の娘も父親に似て召喚術への適正はさほど高くない。そして期待がかけられたのが今代当主の下の娘、と言うわけだ。
その娘が駄目なようであれば先代当主が勇者召喚を行うしかないが、いくら天才と呼ばれたギャレットでも術の負荷に耐えきれず死ぬか失敗するかの可能性のほうが高いと見られている。
コレットは使役術自体がまだ非常に未熟で勇者召喚などとてもではないが行えない。そして対外的にコレットが未熟な為、勇者召喚は不可などとはとても言えない。
そして少しでも形にできるようにと内々で私が呼ばれたのだ。
ギャレットからの直々の指名であったので来たのだが、その人選には疑念を抱かざるを得ない。
一応、肩書上はギャレット付の護衛ということになっている。
何かの記録を漁って私のことが書いてあるとすればそこには「ギャレット・ウォンテスター付護衛官:イムカ」とそう書かれているだろう。そんな畏まったことはほぼしていないのだが。
肩書を脇に置いて放浪していた時間のほうが長かったし、王国騎士や教会の宣教軍のような型にはめたような生真面目さもない。
それに私は召喚術に明るくはない。もちろん私は使役術など使えない。呼び出された召喚獣かどうかくらいは見れば判るが、そんな才能は別に私じゃなくても持っているし、コレットのことを知ってはいたが面識もない。顔見せくらいはしたことがあるが、向こうは覚えてないだろう。コレットが召喚術師かどうか、そしてその腕がどれほどのものかなど知る由もない。今回前知識としてギャレットを始めとして周囲から教えられたものが全てだ。
そして放浪の旅を続けていた所を呼び戻されたのだが、それまで魔族領に居た私は本当にそんな対策がいるのかどうかすら疑問を抱いている。
だが。
今度こそ最後の頼みとなるだろうな、なにせ大仕事だーーそう言って少し寂しそうに笑うギャレットを見て、私は彼の頼みを聞くことにしたのだ。
---
そして王都から大分離れた辺境の街までやってきて、そのコレットと顔合わせして、どの程度までは使えるのかを確認してみようと思った結果がコレである。
「何か召喚してみてくれないか」
「私はまだ全然未熟で召喚なんてとても」
正直、私は最初のその会話だってさすがにウォンテスターの家系としてはダメ程度に捉えていた。つまり、平均的な召喚術師よりは遥かに上で、ウォンテスターの一族としてはまだ未熟という謙遜かと思った。
そして呼び出されたのがアレである。
どこの世界の何を喚び出したのかすら良く判らなかったが、その著しく魔力負担の低そうなそれですら10秒程度で消えてしまうのは……さすがにこいつには召喚術の才能がまったくないんじゃないかと思う。緊張してましたとか不調ですとかそんな言い訳で場を濁してくれたほうがまだ安心する。
「……あの、も、もう一回やってみてもいいですか?」
私の視線に耐えきれなくなったのか、さきほどまでむくれていたコレットがおずおずと言う。
「ああ」
正直、あの程度の召喚獣を呼び出す程度の腕では何をやっても誤差程度だとは思ったが、本当に偶々失敗したのだと僅かな可能性を考えて私は頷いた。
コレットは聖水を巻き、チョークで召喚陣を描き、呪文を唱えて最後に「サモン!」と告げた。
ギャレットが召喚を行う際にも何度か立ち会ったことがあるが、滅多にここまで丁寧にはやっていなかった。おそらく、召喚術の基礎なのだろう。
そしてそんな基礎に忠実な教科書通りの召喚術式を試みた結果は、
「ええええぇぇぇぇぇーー……なんでなんで!?」
コレットが頭を抱えて悲鳴を上げる。
「魚が三匹」
召喚陣の上で新鮮な川魚が三匹びちびちと跳ねていた。へぇー……こんなのも召喚できるんだな……。
コレットはほとんど泣きながら私と自分の召喚した魚を交互に見て、膝を抱えて現実逃避をし始めた。
そんな状況だったので、私だけが見ていた。
禍々しい気配を纏った影のように真っ黒な腕がゆっくりと陣から生えてきて、器用に手の指と指の間に魚の尾を三匹分引っ掛けてそのまま戻っていったのを。
これは――もしかして、あいつが喚び出されたものの、身代わりに自分のメシか何かを呼び出させたのだろうか。
コレットが舐められていることには変わりないが、少なくともあれは基礎の召喚陣で喚び出される類のものではなさそうだった。
私が考え事をしている際に若干立ち直ったらしいコレットが立ち上がり、
「今日はあの魚を晩御飯にしま……ああっ!? 消えてるーーーー!? 嘘!? あれも召喚獣だったの!?」
そう言って見るからに肩を落とす。
こいつは本当に才能がないのかもしれない。でもいずれうまく己が力を理解し、使役できるようになれば化けるかもしれない。
そんなコレットを見ながら思う。
……このお嬢様が最高クラスの召喚術を唱えてそれを成功させる、そんな日が本当にくるのだろうか。
召喚術のことを良く判らない私が、この召喚術初級から迷走するお嬢様が最高位の召喚術式が行えるようになるまで見守る……。
なるほど、確かにこれは大仕事だ。
---
「ど、どうすればいいんでしょうか……?」
コレットが首を縮め、おずおずと伺うように私を見上げながら言う。
屋敷に戻り、夕食を取りながら作戦会議になった。
作戦会議とは物は言いようだが、反省会だ。
「そうだな……まず現状把握からだ。君のポンコツ具合はどれくらいの人が知っているんだ?」
「ポン……コツ……」
コレットは虚ろな目で食卓を見つめていたが、すぐに気を取り直して頭を振る。
「ごほんっ。えーとですね、イムカさんとお父様、お祖父様、お兄様やお姉様、そこに控えているメイドのレッカや使用人のクラウス……大体その辺りでしょうか」
あ、でもあと何人か居る、とコレットは指で知っている人数を数え始めたが数はそう増えなかった。それくらいならばまだ許容範囲だろう。
「そう言えば、君の兄君や姉君では駄目だったのか?」
一応、事前に聞いていたことをコレットにも確認してみる。
「その……お兄様もお姉様もお父様と同じで召喚術への適正があまり高くなくて……」
「つまり、君が一番召喚術への適正が高かったと?」
コレットはおずおずと頷く。
一番適正が高くてコレなのか……。あと何十年か早ければ勇者召喚の儀もギャレットが行えただろうに。
「あのっ!」
コレットがテーブルに手をついて勢いよく立ち上がる。
「私……ポンコツかもしれませんけど、頑張りますから!」
「ああ。ギャレットとの契約だ。君が心折れない限りは付き合おう」
「はい! よろしくお願いします! でも何をすればいいんでしょう……」
「街に行って召喚術の先生でも探すか、……そうだな、ここより西に召喚術の試練の山があるからそちらへ向かってみるのもいいかもしれない」
少なくとも、せめてコレットに伸び代があることを確認しないことには私の心が折れそうだ。
「今のまま試練なんて課されたらとんでもないことになりそうなのですが……」
……確かに。
「その通りだな。しばらく慣らすのを優先しよう。そして活動の際の注意点だが」
コレットが姿勢を正す。
「ギャレットからは、ウォンテスター家ということを隠して行動して欲しいと言われている」
私がそう告げると、コレットは一人で「そ、そうですよね私みたいな落ちこぼれなんて……」といじけ始めたので言葉を続ける。
「一般冒険者の……召喚術師見習いとして世界を見てこいと言うことだろう。君の能力如何ではなく、君の持つ家格でこのような機会は今後来ないかもしれないからというギャレットなりの気遣いだろう」
コレットは落ちこぼれだから隠せと言われているわけではないと少し立ち直ったようだったが、正直、家名にふさわしい実力を持っていないからと言われても納得できてしまいそうだ。
それに理由までは聞いていないから、案外本当に家名に傷が付くのを避けた可能性だってないわけではない。さすがに口に出しはしないが。
「ではギルドで召喚術を使えそうな方を探して、教えを請うということでしょうか?」
「召喚術師は多くないからそううまく見つかるかは分からないが……見つからないなら見つからないなりに普通に依頼を受けて実践で磨いていこう」
私がそう言うと、コレットは顔を若干青くして躊躇いがちに頷いた。私も不安だが、当人も不安そうだ。それもそうだろう。実践で磨くも何も……今のところ実践で磨けるものがないのだから。
「あまり多芸ではないが実践でのフォローはする。ひとまず、明日はギルドに赴いてみよう」
私が補足のように言うとコレットはおもちゃのようにコクコクと頷いた。
「……お待ち下さい」
話は終わったとばかりに立ち上がろうとすると、それを静止するかのように壁際から声がかかった。
「レッカ? どうしたの?」
そこに居たのは部屋の隅に控えていた一人のメイドだった。……レッカ。こいつがコレットの実情を知る一人か。私は遠慮なしにメイドを観察する。
淡い灰色を含んだ白の毛色。あまり見ない色だが、染めているわけでもなさそうだ。北に居る体格の大きな狼の毛色に似ている。一見短髪に見えるが、編み込みのおかげでそう見えるだけで実際は私の印象よりは長いのだろう。
差し障りのない表現をすると、あまり凹凸のない引き締まった体をしている。メイドというよりは武人の体つきだ。
貴人であり、凹凸があってあきらかに戦闘慣れしていなさそうなコレットとは全く真逆の印象を受ける。
そしてレッカは、つり上がった目から放たれる鋭い眼光で私を睨めつけ、私に対する敵意と不信感を隠そうともせず伝えてくる。
「恐れながらお嬢様、御身の世話をさせて頂く上でその男と二人で過ごすなど認められません」
「過ごすって……それなら貴方もくる?」
お茶会に誘うかのようなノリでメイドに声をかけるコレットに、さすがに私も口を挟む。
「待て待て。遠足じゃないんだぞ。そう気軽に同行者を増やすんじゃない。家柄を隠すと言ったのを忘れたのか」
そして予想はしていたが、レッカというメイドは私を親の敵でも見るように睨みつけてくる。
「あなたはご隠居様の護衛とのことでしたが、正直私は信用していません」
レッカのすっぱりとした言い草に、コレットが慌てたように口を挟もうとするがレッカはそれを手で制して言葉を続ける。
「私は何度かご隠居様のお屋敷に足を運んで居ますが貴方のような胡散臭い護衛は見たことありませんし、そもそも雇い主を呼び捨てで呼ぶなど言語道断。ご隠居様からの連絡がなければこの私がお屋敷の敷居を跨がせることを許しはしなかったでしょう」
「俺はイムカ。ギャレっ……ご隠居の護衛をしていて、今回お嬢様のサポートを頼まれた者だ。……ほら、これでいいか?」
「何もよくありませんよ。ますます信用できません」
確かにこのメイドからしたら馴染みのない男なぞ胡散臭いだけかもしれないが、一体何故そこまで敵視をされているのだろうか。
「お嬢様をポンコツ呼ばわりするような不埒者に任せられるわけがないでしょう」
あっ、これか。
「判った判った、じゃあ満足するまで監視役としてお前も付き添えよ。それでいいか?」
「ええ、そうさせて頂きます」
レッカは当然とばかりの顔でしれっと言った。最初から口を挟んだのはそれが狙いだったのだろう。
「自分の身くらいは守れるんだろうな? 俺は遠足のお守りのために来たんじゃないからな?」
「あんまり失礼なことを言ってると貴方の首を斬り落としますよ」
仮にも客人に向かって首を斬り落とすとか言うお前の方がよほど失礼じゃないか、と言おうとしたが先程から口を挟もうとして挟めず、視線を右往左往させているだけのお嬢様が少し可愛そうだったのでここは折れておくことにした。
「それに」レッカがまだ言い足りないとばかりに追撃をする。「貴方の方こそ態度ばかり大きくていざとなったら私やお嬢様の後ろに隠れようとしても躊躇なく見捨てますので」
「ああ……」
思わず私は額を抑える。
謎の人選基準にポンコツ召喚術師、そして敵愾心むき出しのメイド。貧乏くじもいいところだな……。
せめてコレットが無才ではないことを祈りたい。そんなことを考えながら私はあてがわれた客室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます