第10話

先の戦争の爆撃を逃れ、大きな木が茂る地帯は、人口の少ない山間部以外では珍しい。この参道も含めた神社の近辺は、そんな珍しい場所の一つだった。

風に揺られざわめく木々の下の、古風な広告の入ったベンチに二人は座り、饅頭を食べている。目の前には参拝客が行き来し、土産物屋の店先では丸々と太った猫が気持ち良さそうに眠っていた。


「美味いな、この饅頭!黒糖入ってんのか、匂いで甘さが引き立ってる!」

ヒノエは優子の家での苛立ちを忘れきった様子で饅頭に夢中になっていた。隣に座る法師さまも、同意するように頷き、饅頭を食べ終えてから口を開く。

「ヒノエちゃん、食べ物屋だけはハズさないんだよねー。いつも美味しい店を当てるんだもん。僕が選ぶと微妙なものばっかりでさ、食べた後に気まずくなんの」

「ははっ、日頃の行いってヤツじゃない?」

「運の使い道が偏ってんだ、きっと。神社でカミサマに祈ってあげるよ。ヒノエちゃんの頭が良くなりますようにって」

「テメっ、五月蝿いぞ!」

仲の良い親子にしか見えない二人はベンチを後にし、参道を進む。途中、法師さまは太った猫たちの写真を撮ったり、ヒノエは散歩中の犬に着物の中へ入られたりと、動物と縁のある平和なひと時を過ごしていた。


長い参道の先に、大きな社が見えた。広い空間は木々に覆われ、足元は砂利道に変わる。手水社も無い不思議な造りをしている。

「法師さま、外の神社ってこんな風だったっけ?温泉街のとは、だいぶ違う……」

「ここが少し特殊なんじゃないかな?鈴も、賽銭箱も置いてないね」

辺りを見回せども、祀られている神様の解説も無い神社だった。砂利道の端の二人の脇を通り過ぎ、老齢の参拝客が社の前に行き、祈りを捧げている。上を見上げれば、木々の間に青い空が見えた。戦争の後、見える場所や機会が激減した、澄んだ青空。

「なんつーか、私にはちょっと敷居が高い気がする。きっと、ここは祈る事で安らぎを得る為の神社なんじゃないかなぁ?」

法師さまの手が、ヒノエの手首を掴む。ザリザリと音を立てて、社の前に進んでいく。

「ヒノエちゃんも、手を合わせて?頭が良くなるお願いは、しないでさ。ただお祈りすればいいんだよ」

「あ、うん」

社の前で釈放された手を合わせて、ヒノエは少しの間、目を閉じた。


こんなにも穏やかな時は、久しぶりだった。日常の慌ただしさも、殺伐としたものも、たった数秒でも遮断されるだけで、抱え込んだ要らないものを手放せた開放感に浸れた。そう、 目を開けた時、ヒノエはふと思う。

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