第11話

「何か分かった?」

同じく、目を開いた法師さまはヒノエの顔を覗き込み、ごく自然に尋ねる。ヒノエは明るい表情で、ぐい、と大きく伸びをして社に背を向け砂利道を歩き出した。

「いや、なーんにもわっかんない!あ、お昼食べるならここの参道の茶屋が美味そうだ。太ったネコが三匹ぐらい出入りしてたトコ!」

ザリ、ザリ、ザリ、と音を立て、法師さまはヒノエの隣に並んで、共に元来た参道を歩く。

「んー、通りかかったらヒノエちゃん、教えて。この門前町で見る大人の猫は、みんな太ってる気がする」

「さっき写真撮ろうとして、法師さまが威嚇されてたトコね!」

「失礼な猫だよね。昼から茶屋でしっぽり一杯、その後に一発かますぞ!おーっ!」

「酔い潰れんなよ?潰れたら一発はナシになるぞ。私を期待させてハズしたら……」

「頑張るから、ヤバそうだったらストップかけて〜!」


戯れながら砂利道を抜け、石畳のある参道へ戻る。石畳の周りには、茶屋や土産物屋や饅頭屋、うさん臭い骨董屋などが並んでいる。先ほど開いていなかった店も何軒か、シャッターを上げていた。

石畳の道の真ん中辺りまで戻る。ダミ声の猫がオワァと鳴いたその場所で、ヒノエは足を止めた。

「さっき言ってた茶屋は、ここ。私、蕎麦食べたい」

「旅行なんだ、ケチケチしないで好きなの頼んでよ」

藍色の、年季の入ったのれんを潜る。通された席は、座敷席だった。


昼間から、茶屋で呑んだくれる気分の何と贅沢な事か!多少の賑わいはあれど、居酒屋ほどは騒々しくない。その空気は二人共通で好きなものだ。

テーブルの上には、徳利が数本。殆どが空になっていた。

「法師さま、いい加減呑むの辞めろ」

酔いが回り顔を真っ赤に染める法師さまが、中身の入っている徳利からお猪口に酒を注ごうとする。それを、片っ端からヒノエが奪って呑む。それを先ほどから何度も繰り返している。

「ヒノエちゃーん、僕、大丈夫だららー。あと一杯だけ……」

「ああもうウゼェっ!」

イラついたヒノエは、まだ中身の残る徳利を取り上げて、豪快に中身を飲み干す。

「おかわりー頼んでよ〜……」

「オネーサン!おあいそお願いしますっ!」

こうなったらキリが無く、法師さまは潰れて道で眠る程まで飲み続けてしまう事をヒノエは経験で覚えている。ヒノエはお冷やのグラスを片手に法師さまに近寄り、茹で蛸のような頬にぴと、と、グラスを当てた。

「アヒャアァ!」

「飲めよ、水だ!」

酔っ払いを相手にする様子に、先ほど呼び止めた茶屋の姐さんが心配そうに見つめてきている。

「お代は、コレでお願いします」

ヒノエは鞄からお札を一枚出して茶屋の姐さんに渡した。

「お返し、少々お待ちくださいませ」

「いや、釣りの代わりに最寄りの連れ込み宿を教えてくれないか?酔っ払いの介抱には一番気楽なんだ」

温泉街では時々、金銭の代わりに情報を対価として求める風習がある。外の世界をあまり覚えていないヒノエにとって、渡した札の釣り銭よりも法師さまを介抱出来る場所の情報の方が、今は遥かに価値がある。

「へ?はあ……連れ込み?少々お待ちいただけますでしょうか?」

キョトンと首を傾げた姐さんは、一度奥に引っ込んでから一枚のメモを手に戻ってきた。

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