第7話

「まあ気にすんなって。優子、中に入れてくれ。荷物を置き去りにした覚えは無いが、来てやったんだ」

「いやいや、後ろのおっさん何なのよぅっ」

あからさまに狼狽えた様子で、優子は天然パーマのショートカットがぐしゃぐしゃになる勢いで首を横に振る。

「仕事関連の人だ。コイツが居なけりゃ、ここには来れなかったんだぞ。朝食ぐらい出して欲しいものだよ」

「……悠、かなり横暴な性格になったね」

諦めたように優子はアパートのドアを開けたまま、ヒノエ達を中に招き入れた。古びた廊下から部屋に入ると、想像以上の散らかり様だった。

「部屋。昔と変わらずきったねーなぁ」

「汚いと思うなら、ご飯食べるテーブル周りを片付けて?あと……出来たら布団を畳んで、ゴミ捨ててきて、服を畳んで、それから……ああ、無理ならやらなくても、ごめん!」

はぁ。と、ヒノエの口からはため息。法師さまは散らかり放題のテーブル周りの片付けをスルーして、布団と散らかった衣類を畳み始めていた。

「ヒノエちゃんも最初は服を脱ぎ散らかしっぱなしにしてたけど、ここまでじゃなかったなぁ。懐かしい」

テーブルのものを退ける作業から始めるヒノエの上を通過し、法師さまの言葉は台所でパンを焼いている優子に届く。

「ヒノエちゃん?って……あの、どなたの事ですかぁ?」

ヒノエは内心めんど臭く思い、露骨に嫌そうな表情を浮かべ、テーブル周りの食べ終わった菓子袋やアイスの棒、使用済みのティッシュをゴミ箱に捨てていく。

「私の今のお仕事での名前。ちょっとした階級制度があるの。で、先代の名前を継いだ。土地柄、職や階級によって先代の名を継ぐ風習がある。悠は、もういないんだ」

「ああ!そういう意味か。ヒノエちゃんが、花ですらなかった時の名前が、悠だったんだね」

頭の中で何かが繋がった法師さまは、嬉しそうに確認するように、大きな声をあげて、笑った。法師さまの隣には、きっちり畳まれた布団や衣類、タオルの類いが積まれ、散らかり放題の部屋の中に畳一畳分ほどのスペースが出来ていた。

「階級?風習?花?うー……私にはサッパリだなぁ」

「優子は……来ても馴染めないと思う。常識にとらわれて、的はずれな事ばっかり言うの、来ても致命傷だ」

「遠いしね。行けないと思う。パン焼けたの持って行って平気?」

ゴミを捨て、ものを退けたテーブルを見てヒノエは半目になる。目の前のものは、ホコリとベタつきの激しいテーブルだ。

「先に台拭きが欲しい」

「うそ〜!そんなに汚いなんてショックぅ」

「汚いと分かるなら綺麗にしろ。最低限、新居では清潔を保てよ……」



台拭きでテーブルを拭った後、奇妙な組み合わせの三人で、質素な朝食を頂く。トーストに、ジャムに、カップスープ。温泉街での生活が長いヒノエには、珍しく思えるメニューでもある。

「で、優子さ……私が置き去りにした荷物って?」

トーストを齧り終え、カップスープをチビチビ啜りながら、本題に入る。

「ごめん!ほんっとにごめん!」

大声での、いきなりの謝罪に、法師さまは固まり、ヒノエは理由を聞くよりも先に苛立った。

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