第6話
「本日は、ご利用頂きまして誠にありがとうございます。間も無く目的地に到着致します。どなた様もお忘れなきようお気をつけ下さい。それでは、長時間のご乗車、お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております」
到着が近い事を、バスのアナウンスが告げる。
「起きろ!もうすぐ着くぞ!」
先に目覚めたヒノエは、法師さまの無防備な頭を軽くひっぱたく。寝ぼけまなこでゆるりと起きる還暦ほどの男性の様子は、安心しきっている時の仕草だ。
「朝から暴力振るわないの……ハゲちゃうじゃないか」
「法師さまに髪の毛生えてるの、私は見た事無いぞ!」
バスの速度は緩やかになり、少し荒んだ門前町の景色が目に入る。バスは、ターミナルを兼ねている古びたビルの入り口付近に停車した。
リンっ……と、鈴の音が鳴り、バスの扉がフシュウと音を立てて開いた。
「ご乗車、お疲れ様です。帰りの便は6日後の午前中になります。良い旅を!」
「長時間の運転、ご苦労様です。ゆっくり休んで下さいね!」
ヒノエは、運転手の言葉に笑みを浮かべて答えた。手を繋いでいた法師さまは、微妙な表情で少しにやけている。ニヤケ顔を見たヒノエは、法師さまの頬をムギュッと抓った。
「ニヤニヤして気色悪い!」
「いやだってヒノエちゃん、今のあからさまに営業の声だったから、面白くて……」
「アンタ以外にゃ社交辞令は必要だろ?途中、何が起こるか分からない長時間の運転手だ。多少の労いをした方が、少しでも仕事を続ける気にもなるって事。巡り巡って自分の為だろうに」
「で、私用の場所は近いの?」
「歩いて十五分ってところかな。ついでに朝飯たかりに行く」
男物に改造した着物姿の妙齢の女性と、ラフな格好の壮年男性。ハタから見たら親子にでも見える組み合わせ。久々に訪れた門前町では、多少目を引くものの、早朝と言う時刻から気に留められる程の人通りも無い。
古びたビルやアパートと、参道の鳥居の前を通り過ぎ、暫く無言で歩く。空は明るくなっているものの、空気を取り巻く薄い灰色はどこまでも続いているかのように見えた。
ふと、ヒノエは一軒の小さなアパートの前で足を止め、引っ張るように手を繋いでいた法師さまに目を向ける。
「このアパートの、二階。階段側に洗濯物が干してある所だ。つまんなくても私は知らんよ?」
「いや、いい。微妙にくたびれた生活感のある風景、僕は嫌いじゃない」
「そうか」
細く急な鉄製の階段を、上がる。かん、かん、かん……普通に登るだけで、古い鉄の階段は音を響かせる。ずっと、変わっていない表札に、ヒノエは安堵しつつドアをノックする。
「優子、朝だ!起きろ!」
よく通る声で呼びかける。数秒立たないうちに、内側から慌ただしい音がして、勢い良くドアが開いた。
「あー、悠、久しぶりぃ〜?とりあえず中、入って……ん?後ろの人は?」
優子の視線は、法師さまに向けられる。法師さまも、優子から出た「悠」と言う名前に目を丸くして一瞬固まっていた。
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