第5話

「法師さま……着いたら行きたい場所があるんだけど、いいかな?」

山あいの、暗い道をひた走り揺れるバス。揺れに任せてヒノエは法師さまの体に寄りかかり、頬を軽く引っ張りながら告げた。

「ヒノエちゃんの行きたい場所が、僕の行きたい場所だよ」

温泉街に居る時と変わらぬ法師さまの言葉に安心しきったヒノエは、悪戯な笑みを浮かべた。

「ばーか。お決まりのデートコースじゃねぇよ。私用だ。アンタだから頼めるんだよ」

「そこに可愛い女の子は?」

「大抵の女の子は可愛いだろーに……私みたいな中途半端な体じゃねぇからな」

俯いて、途中から小声になる。ヒノエだって本当は、女の子らしい可愛い女の子になりたかった。だが、その願いは叶わず。昔の馴染みのある土地へ向かうのだ。多少の事ではナイーブにならないものの、ピンポイントで触れて欲しくない出来事もあった場所だ。気分が急降下したりも、する。

バスの音以外、暫くの間、音が消えた。沈黙を破ったものは、法師さまの手のひら。黙りこくるヒノエの髪を、優しく撫でる手のひらだ。

「バカだなぁ、ヒノエちゃんは。僕、可愛い女の子はみんな好きだよ?ヤりたいと思うよ?……でもね、ヒノエちゃんに対しては、可愛くて好きで、ヤりたいと思うだけじゃないんだ」

頭を撫でる手のひらに、一瞬ビクリとしつつもヒノエは照れくさそうに横目で法師さまを睨みつけた。

「じゃあ、何なんだよ一体……」

「うーん、色々とね?世界の範囲が広がる気がするんだ。だから、広くなった世界を一緒に見に行きたいって、今回予約したんだよ」

「……マジ、頭おかしいよな」

ボソリと呟き、ヒノエは顔を背ける。悪い事は言われていない。未だに自分に向けられる好意は、照れ臭くかんじてしまう。

「ま、私もいきなりの呼び出しだったし、法師さまの1人や2人連れて行っても平気だろうな。って事で、早く寝ちまえ!」

「はいはい、おやすみなさい、ヒノエちゃん」

隣の坊主頭にブランケットを投げつけて、ヒノエ自身もブランケットを被り丸くなって眼を閉じる。



深夜のバスは、山あいの道を抜け、荒れ果てた黒に近い灰色の道を明け方までひた走っていた。

ヒノエ達が目を覚ましたのは、外が明るくなり始め辺りが白に近い灰色に変わっていった頃だった。

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