第4話

23:45、バスターミナル。温泉街に到着したバスから乗客達が降り、それぞれトランクに預けた荷物を受け取っていた。凛とした空気に澄んだ星空の下。ヒノエはベンチに座り、髪の毛ぐらいきちんと乾かしておけば良かったと、少しだけ後悔していた。

「ヒノエちゃん、お待たせ!」

「法師さま、お待ちしておりました」

「固くならずに、普段通りに話して欲しいな」

見間違える事などまずあり得ないような坊主頭とラフな服装の、少しふくよかな男性。3ヵ月ぶりの法師さまは相変わらずだった。

「んじゃ、バス乗るぞ。便所行くなら今行ってこい!」

対等な立場の者や、目下の者へ使うものと同じ、高圧的な口調。法師さまのお気に入りの一つであり、ヒノエにとっても気楽なもの。すぐに空気は和やかになる。

「ははは、いつ聞いても良いねヒノエちゃんの切り替え」

「行かなくて平気か?寝ションベン垂れたら1週間そのネタで笑ってやる」

「ここのバスってトイレ付きだし、大丈夫だよ」

「チッ……」

わざとらしい舌打ちの直後、鈴の音が鳴る。バスが発車する五分前の合図だ。ヒノエは、法師さまに手を差し出す。

「ほらよ!」

法師さまに手を握り返され、バスまで手を引いて1番後ろのシートに2人、腰をかけた。

「このバス、高級そうだから人が殆ど乗ってないのかなー?」

「観光地から観光地?まで?直行する奴なんて滅多に居ないだけだろ」

「だよねー、ヒノエちゃん。ちゅーしよー?」

「フンッ!バスん中じゃ、してやんない」

じゃれ合っている間に、バスは出発の時間を迎える。午前零時。広場の鐘が鳴り、フシュウと音を立ててバスの扉が閉まった。


「ただ今、バスターミナルを出発致しました。到着は午前六時半を予定しております。到着まで、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」


バスのアナウンスが流れる。出発や到着の場所が流れない辺り、年季の入ったバスに修復を加え使い続けているのだとすぐにわかる。エンジンやタイヤの交換は出来る、細かいパーツも職人に依頼すれば修復可能。音声データは、復元せずに使わない部分を消してつなぎ合わせる編集程度の加工だ。道路によっては、オモテと何らかの勢力が拮抗している場所もあるだろう。そんな場面に出くわしたら、命の保証は無い。遅咲きで、未だに情報には疎いヒノエでも、その程度の事は知っている。


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