第3話
(ああ、昔は学校とかって男と女でトイレ分かれてて、どっちに入ればいいのかわからないでさ、学校行かなくなったんだよねぇ)
人は何故、湯船に浸かると昔を思い出したり、ロクでもない妄想をしてしまうのだろう。今はのヒノエも、例外ではない。
(学校、か……うーん、今ってオモテじゃそれ機能してるのかなぁ?)
どこの国と戦っていたのか分からない戦争が起きる前、世の中が不穏な空気に満ち溢れ、不条理な法律が乱立されていた頃。ヒノエの家族は「消えて」いった。残されたヒノエは、路上の語り部から温泉街の話を聞いて、独り温泉街を訪れたのだ。戦争が終わったと、どこからともなく聞いた時には今の下宿に住んでおり、その時に手紙を送った旧友が優子だった。
「法師さま指定の門前町、あそこって優子のアパートの近くじゃないか!」
温泉で血行が良くなるのは確かだが、頭の回転まで早くなるとは限らない。けれど今、ヒノエの中では頭の整理がひと段落ついた事も確かだ。
ザブン、と、音を立てて湯船から上がる。慌ただしく脱衣所に戻り、身体をバスタオルでザッと拭いてから元の服を羽織る程度に着て、ヒノエは部屋に戻った。
部屋の時計は23時少し過ぎを指していた。脱衣所できちんと拭ききれていなかった部分を念入りに拭き、出していた着物に着替える。山あいの地の夜間は冷える、年季の入った羽織りも忘れずに羽織り、もう一度紙に目を通した。
コンコン、コンコン……
ドアをノックする音に、ヒノエは返事をしながら部屋のドアを開けた。
「ヒノエちゃん、明日から街の外に行くんでしょ?これ持ってお行きなさい」
「おばちゃん、ありがとう!」
手渡されたものは、コンパクトなサイズのポーチに纏められた、おばちゃんお手製の応急処置セットだった。下宿のおばちゃんが、街の外に行く住人には必ず渡している応急処置セット。世話好きな下宿の住人の気質は、おばちゃんの気質から移るものだとヒノエは常々思っていた。
「それと、洗濯物があったら廊下に出しておいてね。大丈夫よ、下宿費用はヒノエちゃんのお給料からちゃんと差し引いて貰っているんだもの」
ニコニコと笑う様子に、つられて表情は明るくなる。ヒノエは脱ぎ捨てていた衣類を拾い、近くの袋へ詰めておばちゃんに手渡した。
「いえ、今から出るので〜っと、洗濯物、この袋の中のでよろしくっス!」
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