吾輩はサーバルである

黒骨みどり

第1話 サバンナ地方

 吾輩わがはいはサーバルである。名前はまだない。

 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。サバンナ地方からやってきたサーバルということだけはそらんじることができる。なんでもサンドスターというもののせいで時々我々のような種族が生まれるという。我々というのは四足よつあしで地を駆け翼で飛翔し海を自在に泳ぐたぐいの記憶を持ちながら、りょうの足で直立し指のある手を使って饅頭まんじゅうを食べて生きている種族のことで、フレンズと自称しているが河馬に聞いたので間違いはない。

 木の上で微睡まどろんでいた時のことである。私は初めて奇妙な種族を見た。両の耳はあるが天邊てんぺんを向いた耳がない。かといって羽があるわけでも鱗を持つわけでもない。その後色んなフレンズにもだいぶ会ったがこの様な片輪かたわには一度も出くわしたことがない。のみならず大きなかばんを背負っている。己が何者かわからないとのたまうので鞄と呼ぶことにした。

 ここは吾輩の縄張りであるが鞄はどこから来たのか聞けばわからないとうので、仕方のないフレンズであるから図書館で調べるが良いと教えてやったのだが図書館がどこにあるのかもわからない。泣きそうな顔をしているのでフレンズによって出来ることと出来ないことは違うと告げて案内することに決めた。

 鞄は足が遅く跳躍もできない。悲しそうにしているのをなだすかして歩いているとうわぁと叫ぶので振り返ってみれば鞄がセルリアンに襲われている。これはいけないと自慢の爪でセルリアンを切り裂いてやれば鞄も人心地ついたようで笑みを浮かべた。鞄が無能であると云い出す度に吾輩はフレンズによって得意なことは違うと云ってやった。特に分別ふんべつなど無い。フレンズは各々おのおのが違うことをしているから隣人としていられる。四足よつあしで地を駆けていた頃はトムソンガゼルを食らったものだが今ではフレンズである。饅頭を食べればいいので襲う道理はない。

 疲れて木陰で横になっていると鞄があれこれと話しかけてくるが吾輩は疲れている。もし吾輩がいなければ鞄はセルリアンに襲われて死んでいたかもしれんのである。思い返せば按摩あんまでもしてくれればよかったのに、鞄は吾輩の爪がすごーいなどと云うのだから嬉しくなってしまいそのような要求はできなかった。吾輩が疲労困憊ひろうこんぱいであるのに対して鞄は余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった顔立ちである。動きはのろいが丈夫なフレンズのようで無能ではない。しかしセルリアンと戦えないのではジャパリパークで生きていくのは難しい。丁度大きな木があったので登る練習をすればゆっくりと登れたので逃げるくらいはできるであろう。

 我々はジャングル地方へと歩いて行く。喉が渇いたので池の水を飲んだ。吾輩は口をつけてぐいぐい飲んだが鞄は手を使って器用にすくい飲んでいる。木には登れたので猿や樹懶なまけもののフレンズかと当たりをつける。ここで我々は河馬かばと遭遇したのである。河馬は心配症なのでセルリアンが多く出ていることを教えてくれたが吾輩もそれなりに戦えるから大丈夫であろう。鞄にあれこれと質問した挙句あげく、きみは何もできないのだねなどと云い出す厚顔こうがんには閉口へいこうしたが、自身も水辺みずべくせに泳げないのだから気にするなと云っていた。

 河馬と別れてしばらく進むと目印の板が見えてくる。これを過ぎればほどなくしてジャングル地方との境界に辿たどり着く。すると鞄が板に取り付けられた箱の中から地図を取り出してみせた。吾輩は長年ここで暮らしているがこのようなものはとんと見たことがない。鞄自身も驚いているようだが図書館までの道行みちゆきに役立つであろう。

 ジャングル地方との境界には巨大なセルリアンがいて魂消たまげたが、けることはできそうにないので吾輩が倒すよりほかない。このセルリアンはあんまり大きいし吾輩を見るやいなや叩き潰そうとしてくる。弱点の石も見当たらないからこれは駄目だと思って逃げ回っていた。しかし図書館への道をふさがれるのには我慢ができん。吾輩は再びセルリアンのすきを見て跳びかかった。すると間もなく投げ出された。吾輩は投げ出されては跳びかかり、跳びかかっては投げ出され、何でも同じ事を四五遍しごへん繰り返したのを記憶している。その時に鞄が先の地図を折りたたんで空にただよわせてみせた。セルリアンが地図に気を取られたのを機と見るや吾輩の爪がうなりを上げる。セルリアンの触腕しょくわんが鞄に向かっていったが、後から聞くと河馬が助けてくれたようだ。どこまでも心配症なフレンズである。とかく吾輩の爪は巨大セルリアンの石を貫き、サバンナ地方を鞄が出ていくこととなった。別れを告げると鞄は泣きそうな顔をしていたが、地図を折りたたんで空に浮かべるなど大した技を持っている。ジャングル地方のフレンズも親切にしてくれるから心配無用であると送り出した。

 それと、次会う時はサーバルちゃんと気軽に呼んでくれたまえと付け加えたが聞こえたかどうかはわからない。

 しかし長い一日であった。トムソンガゼルや兎と狩りごっこをしても四足の頃の記憶から我輩を恐れてしまうので、あまり気分が良くない。その点鞄といるのは楽しく、旅という目的があるのもよろしい。鞄がとぼとぼと歩いていく背中を思い出す。縄張りへと帰る足が止まる。振り返ればまださほど遠くへは行っていないと見えた。吾輩が静かに鞄の後を追いかけて驚かしてやると、目をつぶって運を天に任せたような顔をするので、どうしたと聞けば食べないでくれと云う。吾輩は友達の声も忘れたかと少し怒った。すると鞄はサーバルさん。と安心した様子なのでサーバルちゃんと呼びたまえと再び云ってみた。さっき別れたばかりではあるが、もう我々は友達である。断られたら吾輩が泣くところであったが鞄は快諾かいだくしてくれたので、二人仲良く旅を続けることにした。

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