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 七中の正門前へと続く道を、鷲尾がきょろきょろと辺りを見回しながら歩いてきた。どうやら彼は、本気で流星と玉井さんの間に割り込むつもりだったらしい。

 鷲尾が犬の鳴き声を聞いたのは、七中まであと少しの場所だった。道は三叉路になっていて、その分かれ目に茶色の柴犬がいる。鷲尾と柴犬は確かに目が合った。柴犬が潤んだ瞳で、何かを訴えたそうにじっと鷲尾を見つめていた。

「何だお前、どうした? 野良じゃなさそうだなあ。迷子か? おおおよしよし、かんわいいやつめ」

 外見に反して、鷲尾は動物に目がないようだ。鷲尾がしゃがみこんで頬をすり寄せようとすると、柴犬は激しく吠えて抵抗した。

「そんな嫌がることねえじゃねえか……」

 柴犬は鷲尾のジーンズの裾に食いついて引っ張った。三叉路を七中とは逆方向に、鷲尾を連れて行こうとしているかのようだ。

「おいやめろよ、これ買ったばっかりなんだから」

 わんわん! わんわん!

「何だよ……?」

 柴犬は、鷲尾について来いとでも言わんばかりに吠え立てた。時々何かの匂いを辿るように、鼻を地面に近づけてひくひくさせながらどんどん走っていく。

 鷲尾はどんどん人気ひとけのない路地へいざなわれていった。道が舗装されていない砂利道に変わり、細い坂を上ったところで、寂れた小さな神社にたどり着いた。

 わんわんわんわん! わんわんわんわんわん!

「鷲尾くん! 助けて!」

 御神木の下で、鷲尾は玉井さんの姿を発見したのだ。

 浴衣姿の玉井さんは、いまにも泣きそうだった。彼女の周りを、見るからに柄の悪そうな男が五人、ぐるりと取り囲んでいる。

「誰だ? オレたちの仲間になりたくて来たのか?」

 リーダー格らしい派手な金髪の男が言うと、周りの男たちもゲラゲラと下品な笑い声を立てた。こいつらが嫌がる玉井さんを無理やり連れてきたに違いない。鷲尾も、彼女を助けたいのはやまやまだろうが、五対一という状況に躊躇ちゅうちょしているようだった。

 ドン、と花火の上がる音がした。

 男たちが一瞬その音に気を取られた瞬間、柴犬が金髪の男に猛烈な勢いで飛びかかった。不意を突かれた金髪は後ろに倒れて激しく尻餅をついたが、他の男が柴犬の横腹を蹴飛ばした。

 もう一つ、花火が上がった。

 柴犬の小さな体が土の上に転がる。しかしすぐに立ち上がり、再び男たちに牙を剥き、一人の男の腕に噛みついた。男は怒り、柴犬を乱暴に地面に叩きつける。それでも柴犬は諦めず、ふらつきながらもう一度男たちに食らいついていく。

「やめて! やめてください!」玉井さんが叫んだ。

 鷲尾は、ついに拳を固めた。

 花火が次々と上がる。

「いい加減にしやがれ!」強烈な回し蹴り。

「可愛い玉井さんとぉ!」――からの、かかと落とし。

「可愛いわんこをいじめるやつは!」上段突き。

「この俺が!」――からの、裏拳うらけん

「絶対に許さねえええええええ!」そして、渾身の正拳突き!

 一人一撃。躊躇する必要などなかった。鷲尾は電光石火の早業はやわざで、あっという間に全員を叩きのめしてしまった。

「大丈夫か、玉井さん? 変なことされなかったか?」

 玉井さんはこくりと頷いた。

「ありがとう、鷲尾くん……でも、どうしてこんなところに来てくれたの?」

「それは、さっきのわんこが……大変だ! あいつ、手当してやらねえと……」

 しかし、二人がいくら探しても、もうその場に柴犬の姿は見当たらなかった。

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