3話(別れ)
ようやく学校が終わって春休み。そんな矢先に悲しい事が起こった。3月27日、私は両親、弟、祖父母、叔父、叔母と食事に出掛けた。私が唯一甘えられる存在だった祖父もいたので、リラックスして過ごすことが出来た。祖父も私の事を可愛がってくれ、食事中も隣の席でずっと話を聞いてくれていた。その優しさが嬉しかった。幸せだった。
その晩家に帰り、風呂に入っていると突然風呂場の電気が消えた。驚いたが、すぐに戻ったのできっと弟のいたずらだろうと気にせずにいた。しかし、風呂からあがり弟に尋ねると「知らない」と言われた。両親にも「そんなことしてるの見ていないし、リビングの電気は消えなかったから気のせいじゃないのか」と言われた。あれは絶対気のせいじゃない、確かに消えたんだ、その言葉は自分の中に飲み込んで、「そっか、ごめんなさい」とだけ答えた。そのやりとりをした直後、母の携帯に叔母から電話があった。母の第一声は「え、なんで、どうするの、どうしたらいいの」だった。深刻な顔をした母の顔を見るのは久々だったので、なにかまずい事があったのだろうと言うことが推測出来た。それから少し経ち、電話を切った母は「お父さんが倒れたって。今救急車呼んだみたい。とりあえず今から行ってくるから。何かあったら連絡するからそれまで家にいて。」と父に言い、家を飛び出して行った。ショックだった。ただただショックだった。いや、ショックすら感じられていなかったかもしれない。数時間前まで隣の席で食事していたのだから。私に優しく笑いかけてくれていたのだから。父も弟も無言だった。それが怖かった。半ば放心状態な頭の中をふとよぎったのは、先程の停電だった。あれは祖父が何かを知らせてくれていたのではないかとそう思った。母達は気付かなかった停電。ならば自分が今すぐにでも祖父の元へ行くべきなのではないか。そう思った時だった。家の固定電話が鳴った。母からだった。父はしばらく電話越しに母と話し、そして言った。「病院行くよ。」と。それが何を意味しているのかわからない年ではない。けれど、理解出来なかった。理解したくなかったのだろう。それからの数時間は記憶があまりない。ただ病院へ行き、どこか部屋で待たされた。今にして思えば、待たされるということはまだ生きていたのだろうと思うが、その時はそんなことを考える余裕がなかった。しばらくして奥の部屋に通された。そこには祖父がいた。しかし、私の知っている優しい笑顔はそこになかった。顔を触らせて貰ったが、びっくりするほどに冷たかった。涙なんて出なかった。どこか違う場所に連れていかれ、そこで会った祖父は既に柩に入れられていた。両親や弟、祖母はそこで一旦家に帰ったが、私は叔母とともにそこに置いていかれた。祖母と叔母の計らいで、祖父が大好きだった孫を側にいさせてあげようとのことだったらしい。祖父の柩のある部屋の横には1畳半ほどの部屋があり、そこで寝て良いと言われたが、とても眠れる心境ではなかった。悲しいとか辛いとかではなく、何も感じていなかったように思う。ただ側で泣いている叔母にどう接したらいいのだろう、そう思っていた。
眠れたかどうかは覚えていない。ただ明るくなったころに両親や祖母が戻ってきた記憶がある。その日の記憶はそれと、そのあとに父に自販機で買って貰ったピーチネクターの味だけ。妙に甘ったるくて、舌にまとわりついてくる感じがして気持ちが悪かった。堪えようのない吐き気がした。けれど、トイレに駆け込んでも吐くものはなにもなかった。それもそのはず。昨日の夕飯以来、飲み物含めて何も口にしていなかったのだから。その日以来私は甘いものが苦手になった。
それからはきっと火葬などが行われていたのだろう。だが、それまでの記憶は鮮明にあるのにその日から数日の記憶はない。次の記憶は、それからしばらくの間、何も口に出来ず、眠れずの生活が続いたこと。何かを口にすればすぐに堪えようのない吐き気が襲ってきた。その当時通っていたメンタルクリニックで精神安定剤を処方してもらい、それでなんとか眠ることが出来るようになった。しばらくして、食事もまた摂れるようになった。しかし、なにかの穴を埋めるように暴飲暴食が止まらなかった。もともと標準よりやや太っていたのが、祖父の死の直後に急激に痩せ、食事を摂れるようになった途端に急激に太った。太ることに罪悪感があると言う人がいるが、罪悪感なんてものは微塵もなかった。なぜなら普段太っていることで母に「気持ち悪い、豚、デブ」と言われていた私に対して祖父だけは「ちょっとくらい太っている方が可愛い」と頻繁に言ってくれていたのだ。いつでもそんな言葉が胸に浮かび、自分の暴飲暴食にストップをかけられなかった。その結果がこれかと最近は自分の体型が嫌になることもあるが、これが大切な祖父を失った幼き自分なりの悲しみのやりどころだったのだろう。
最初で最後の唯一の理解者を失った私はここから完全に孤独になった。せめてもう少し、私が祖父に感謝を伝えられるまで生きていて欲しかったなと今は思う。遅いかもしれないけれど、ありがとう。自分なんかの事を好きだって言ってくれて、可愛いがってくれて、優しく笑いかけてくれて…。本当にありがとう。
やっぱり言葉じゃ感謝って表しきれないんだな。感謝と後悔で涙が止まらない。
3話(別れ)-完-
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