2話(失望)

 竹田奏のお陰で良くも悪くも色々あったと言ったが、ほんとに奏なくしては今の自分は存在しないと思う。ただ、悪いイメージが強くもあるが。

 入学式を終えて、いよいよ普通に学校生活の始まる2日目。遅刻ぎりぎりで教室に駆け込んできた奏の一言目は「よっ!けいこー!」と私の名前だった。例のごとく私はただ「あっ、うん…。」としか返せなかったが、奏はそんなことを気にするふうでもなく「今日かーちゃんが寝坊してさー、もうちょっとで遅刻するとこだったー!あぶねー!」と話始めた。私は上手く返せなかったが、奏は保育園で人気者だったようで、周りに人が集まってきた。自分の周りに集まってきた訳じゃないとはいえ、人に囲まれることなんてなかったので少し恐怖に近い驚きを感じた。ちらっと奏の方を見ると、友達に向かって笑いかけている奏の笑顔が窓からの朝日を浴びて輝いていた。

 奏のやんちゃっぷりに驚かされたのはそれからしばらく月日がたった頃だった。相変わらず私には友達と呼べる友達がいなかったが、奏がいつもけいこー、けいこーと呼んでくれるお陰でみんなもけいこーと呼んで話しかけてくれる事が多かった。私もそれにだんだん慣れ、しっかりと会話を交わすことが出来るようになっていた。そんなある日。「マッキーペン貸してー。」と奏が突然言ってきた。断る理由もなかったので貸すと、おもむろに私の筆箱に落書きを始めた。私はびっくりしたし、なにより親に怒られると思い焦った。けれど、「やめて」の一言が言い出せなかった。自分の事を呼んで話しかけてくれるくれる友達を失いたくなかった。だからただ黙って見ていた。うるさくしている訳ではないので周りも勿論気付いていなかった。親には学校に置いてきたと言い張って隠した。初日はなんとかなったが、二日目、三日目と続くとふざけるなと怒られたし、それならば取りに行ってこいとも言われた。それでも行かなかったので叩かれたり、物を投げつけられたりもした。しまいにはこんな子に育てた覚えはないといって無視され、しばらく食事を与えてもらえなかった。それでも私は奏にやめてくれと言えなかったし、親や学校に本当の事を話すことが出来なかった。

 しばらくすると奏の落書きは筆箱だけでは及ばず私の洋服へ及んだ。最初は小さな線などで周りも気づかなかったが、次第に塗りつぶすような大きな物になっていた。それにはさすがに親も気付いた。毎日毎日そんな感じなのでその度に怒られた。けれどその理由を聞かれても何とも答えられなかった。週末には父にも怒られた。怒鳴り散らされ、物を投げられ殴られた。母はそのとなりで私を罵り続けるだけ。死んでしまえとか、根性が腐ってるとか…。どんなに辛くても助けてくれる人は誰もいなかったし、助けを求められる人もいなかった。ただ、耐えるしかなかった。母にはなにもしていない時にもこうして罵られる事があったので慣れてはいたが、父の暴力は久々だったし、理由を誰にもわかってもらえないのが辛く、ただむなしかった。やはり自分は親が嫌いだと改めて感じた。そして失望した。親にも、奏にも、自分にも。

 しばらくして担任が気付いてくれた。奏にも注意してくれたようで、奏も書くのをやめてくれた。担任は親にも電話したようで、家に帰ると親が全てを知っていた。「全部奏君だったんだね。最初からそう言えば良かったのに。」と優しく言ってくれることを少し期待した。でも、そんな自分が馬鹿だったのだろう。母にはまた怒られた。何が理由かはわからない。怒鳴り、罵られた。それから1ヶ月ほど食事がなかった。給食だけで生活するしかなかった。さすがに土日はきつかったが、話しかけて怒られるのは嫌だったので黙っていた。

 1ヶ月ほど経って、それを見かねたのか祖母と祖父がやって来た。祖父は私にいつでも優しかった。その時も私1人を連れて、近所のファミレスに行き「好きなものを食べていいよ。」と言ってくれた。久しぶりの優しさに涙が止まらなかった。私が外でご飯を食べている間に祖母が母に色々話したのか、翌日から食事を出してもらえるようになった。あのときの祖父母には感謝してもしきれない。

 こんな感じで小学校の2年間が終わった。修了式を終え、私は複雑な気分だった。奏のいたずらから離れられて嬉しい反面、奏のお陰で話しかけてくれる人が出来たので、奏とクラスが違っていたら…と不安だったのだ。そんな不安を抱え春休みは始まる。


2話(失望)-完-

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